第7話 真之介の難題 二

 真之介は実家へと走った。

 これは大変なことになった。


真之介「のぶ、のぶ、お伸!」


 真之介は妹を呼ぶが、二階の部屋にもどこにもいなかった。階下に降りると手代の鶴七と亀七がいた。


鶴七 「これは旦那様、お帰りなさいませ」

真之介「お伸はどこだ」

亀七 「お嬢様でしたら、今しがたお花のお稽古に行かれました」

真之介「それはいつのことだ」

鶴七 「つい、先ほどですから、そんなに遠くへは行ってないと思います」

真之介「すぐに呼び戻せ」

鶴七 「えっ、でも、この前は風邪でお休みしたので、今日はお友達に会えるとか

   で、嬉しそうにお出かけになられました」

真之介「何でもいいから、呼び戻して来い!」

亀七 「いつもの用心棒も付いておりますけど」

真之介「うるさい!行けと言ったら早く行け!首に縄つけてでも連れ戻せ!早く行け!」


 鶴七と亀七は、いつにない真之介の権幕に弾かれるように飛び出していく。


お弓 「あら、真之介さん」

真之介「おっかさん…」


 嫁入り前の娘に何かあっては大変と、どこの親でも年頃の娘の行動には神経を尖らせるものだ。おかしな噂が立っただけで嫁入り傷になる。それが大店の娘ともなれば尚のことであるものの、真之介の母のお弓の娘に対する「警戒心」はいささか度を越していた。

 今は嫁いだ姉の時もそうだった。どこへ行くのも一人では駄目、付き添いが女中だけでも駄目。屈強な男の護衛が二人、護身術の心得がある女が一人。これが外出時の最低条件だった。家族で遠出する時には、普段の護衛に加え、腕の立つ浪人者が同行する。真之介の剣の腕など端から信用してない。 

 今日もお伸は三人に囲まれるように歩いていた。


鶴七 「お嬢様ぁ」

亀七 「お嬢様ぁ」


 その声にいち早く反応したのが、護衛の弦太だった。


亀七 「お嬢様、ああ、苦し…」

鶴七 「旦那様がお帰りになられてえぇぇぇ」

亀七 「お嬢様をすぐにもお戻りになるようにと」

鶴七 「とにかく、すぐとのことです」

お伸 「お兄さまが。今日はお花だって言ってくれなかったの」

鶴七 「ちゃんと伝えました」

亀七 「なのに、首に縄を付けてでもとか」


 楽しみにしていたことだけに、お伸はこのまま引き返したくはなかった。


弦太 「お嬢様、戻りましょう」

壮太 「そう致しましょう」


 この壮太と言う男、波の男より頭一つ抜き出た大男で、その存在だけでも威圧感がある。弦太の方も壮太ほどではないが、男としても大柄であり、着物の上からでもその筋肉質なのがわかる。この二人にお妙と言うお伸付きの女中にしても、真之介がすぐに戻れと言うのは何かあったに違いないと容易に想像できる。


お伸 「でも…」

鶴七 「さあさあ、お嬢様。私とご一緒に」


 と、鶴七がお伸の手を取らんばかりに近づいてくるのを、お妙が睨みつける。


お伸 「お兄様がそうおっしゃるなら。では、鶴七、お師匠さんのとこへ行って、

   今日もお休みしますって伝えて」

鶴七 「えっ、私が?」


 お伸たちと亀七は今来た道を引き返していくが、亀七がざまあ見ろと言う顔で振り向く。

 鶴七は納得がいかない。顔立ちだって悪くない。いや、イケメンの部類に入るし、話だって面白いとお伸も喜んでくれる。こんな時のために、とっておきの話を用意しているのに、まるで小僧みたいな用を言いつけられるとは…。


----まあ、亀は足がのろいからな。

----鶴は途中でドジョウなんか追いかけるなよ。


 そして、帰宅したお伸と母のお弓は、真之介からとんでもない話を聞かされる。


お弓 「真之介さん!そんなお話はすぐにもお断りしてください。あなたは妹がどう

   なっても構わないのですか。妹を危険にさらしてまで、お武家の娘を妻に迎

   えたいですか。私は絶対に許しません!そんなこと、そんなこと…」


 どんなに言葉を尽くしても、仔細を至って簡略は話したのだが、母のお弓には通じなかった。いまにも真之介に掴みかからんばかりの権幕で捲し立ててくるのだ。 


真之介「いや、おっかさん、何とかしますので、しばらくの間ご辛抱ください」

お弓 「何とかって、相手はお旗本ですよ。あなたに何が出来ると言うのです。で

   すから、そんなお話はすぐにもお断りしてと言ってるじゃないですか!お金で

   済むならいくらでも出します。何だったら、今から千両箱の一つでも担いで

   お行きなさい!」

真之介「わかりました。しかし、今すぐという訳にも行きませんので、今しばらく

   お待ちください。しばらく…。お伸、済まないな」


 それだけ言って立ち去ろうとする真之介の後をお伸が追って来た。


お伸 「お兄様」

真之介「いや、本当に済まない」

お伸 「これからどうなさるおつもり」

真之介「それは。ない知恵絞ってみる。おっかさんのこと、頼む」

お伸 「私は大丈夫よ。でも、その姫様もお気の毒な方ね…」


 そうなのだ。

 あんな男に目を付けられたばかりに身動きとれないでいる、ふみ。

 それを、自分もそんな立場に置かれたらと、思いやるお伸。

 そして、今はヒステリックに娘を呼ぶ母。

 何とかしなくては…。













































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