第5話 ふみの決心 

 一日置いて、坂田がやって来た。

 ふみが坂田の妻に呼ばれたのは、表向きは婿娶りをした一人娘の生んだ孫娘を見に来てほしいと言うものだった。


ふみ 「お姉さまもお元気で、赤ちゃんもそれはかわいく楽しかったで

   す」


 と、土産にもらった菓子を見せながらも、縁談のことは黙っていた。

 そして、父の播馬が坂田の話に苛立っているところへ母もやって来た。


坂田 「これは加代殿。もう、お加減はよろしいので。ご無理はなさらぬ

   よう」

加代 「ありがとうございます。ここのところは何とかやっております」


 加代は弟、兵馬と入れ替わるように、ここ二、三年病気がちであった。


加代 「殿、何をその様に難しい顔をなさって」

播馬 「何でもない。まったくもって話にならぬ故、そなたは下がって休

   むがよい」 

 

 坂田は加代にも、ふみの縁談の話をするが。さすがに加代も言葉がなかった。


坂田 「では、三浦殿はこのまま、ふみ殿を仁神にくれてやるおつもり

   か」

播馬 「だからと言うて、にわか武士、いや、呉服屋などに大事な娘をや

   れる訳がないわ。あのような、金で士分を買うような男になんぞ」

坂田 「確かにその通りでござるが、これが実にしっかりした男で、子供

   の頃より侍にあこがれ、そのために努力して来たのです。また、十

   五歳で父を亡くし店を継いだのですが、こちらも中々のもので、以

   前より店は繁盛しております。その間にも武士になるための勉強も

   しており、立ち振る舞いなど、そこら当たりの武士よりよほど武士

   らしい男ですぞ」

播馬 「私は決して商人を馬鹿にしておる訳ではござらん。ならば、さら

   に店を大きくし、金儲けをすればよい。それを武士の世界にしゃし

   ゃり出るとは…。そう言う根性が気に食わぬのだ」

坂田 「いや、侍になった理由の半分は、腹違いの弟に店を譲るためで

   す。このように心やさしき男です。さらに、良いことには姑との同

   居はありませぬ」

加代 「えっ、それはどう言うことです」

坂田 「先ほども申したように、この男の母親は後添えです。じゃからと

   言うて、この親子兄弟、決して仲が悪い訳ではありません」

加代 「では、今は?」

坂田 「今は屋敷を構え使用人と暮らしておる。故に、一日も早く妻を迎

   えたいわけです。まあ、妻のおらぬ家など、如何ともしがたいです

   からな」


 坂田は、ふみの方を向く。


坂田 「いかがかな、ふみ殿。確かに、武士としてはいささか物足りぬか

   もしれぬが、そこは、ふみ殿が一人の武士を育てるつもりで。それ

   こそ、家風もふみ殿が作れば良いのです」


 ふみには、姑で苦労した母の気持ちが動いたことが見て取れた。坂田もそれに気づいたようだ。


坂田 「まあ、男ぶりも良く、金もあり、うるさい姑はいない…。と、良

   いことばかり並べましたが、世の中に欠点のない人間などどこにも

   おりませぬ。また、この坂田には良いことばかり並べ立てると言

   う、仲人口なるようなものは持ち合わせておりませぬ。実はこの真

   之介と言う男、欠点と言いますか…。それがいささか、遊び人でし

   てな。なじみの芸者もいるようで。まあ、あれだけの男ですから、

   女も放っておかぬという次第でして…。しかるに、この男の人徳と

   言いますか、これまでに女といざこざを起こしたことはありませ

   ぬ。だが、この坂田!ふみ殿を迎えるに当たっては、遊びも程々に

   致すよう、きつく釘を刺しておきます。ここのところはきちんとお

   約束致します!」

播馬 「坂田殿!先ほどより聞いておれば、何やらこの話、すでに、まと

   まったような口ぶりでござるが、私は断じて承服致しておらぬ。い  

   や、はっきりとお断り申す。このようなふざけた話は即刻お取り下

   げ願いたい」

坂田 「では、お気の毒に。ふみ殿はあの仁神へ参られるのか。それはそ

   れは…」

播馬 「仁神家へはきちんとお話を致し、側室の件はきっぱりとお断りい

   たす所存である」

坂田 「それが通じる相手ですか。ご母堂の喪が明けるのはいつですか

   な。あやつはその日を今や遅しと待っておるのです。喪が明ければ

   すぐにでも、ふみ殿を略奪にやってきますぞ」

播馬 「その時は命に代えても、ふみを守ります」 

坂田 「守れますかな。はっきり言います。無理です。気持ちだけで守れ

   ますかな」

播馬 「では、あの呉服屋なら守れるとでも」

坂田 「それは、いや、あの男には知恵があります」

播馬 「仮の話ですが、万が一にもあの呉服屋に、ふみをくれてやること

   にしたとしても、それをあの仁神が黙っておりますかな。商人の浅

   知恵であの仁神に太刀打ちできるとでも」

坂田 「ですから、喪が明ければ早々に輿入れするのです。その言い訳と

   して、真之介がふみ殿に懸想をし、気が付いた時には強引に連れ出

   してしまい、どうしようもなかった、とでもとするのです。仁神も

   まさか、一応は武士である 男の妻に手は出さぬと思いますが」

播馬 「じゃからと言うて…」


 その後も播馬と坂田の堂々巡りの話は続いたが、ふみは意を決した。


ふみ 「参ります。その真之介殿のところへ輿入れ致します」

播馬 「ふみ!」

加代 「ふみ…」

播馬 「たわけたことを申すでない!」

ふみ 「但し…」






























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