第3話 ふみの難題
ついに、返事をしてしまった…。
ふみは本田真之介と言う町人上がりのにわか侍に輿入れすることを承知してしまう。
先日、父の親友でもある坂田光俊の妻の利津から、茶の誘いを受けた。坂田家はここ何代か女系が続いている。二年前に婿を娶った娘にも女の子が生まれている。娘と共に赤ん坊をあやしていると、利津が入って来た。
利津 「まあ、ふみ殿。わざわざお呼び付け致しまして…。それで、母上
はお元気ですの」
ふみ 「はい、お陰さまで。ここのところは調子もいいようです」
利津 「それはよろしゅうございました」
利津は、ちらと娘の方に目をやってから、ふみに向き直る。
利津 「そうですね。ここはもう、単刀直入に申し上げます。近く、坂田
がふみ殿に縁組の話を持っていきます」
ふみ 「えっ…。あの、でも、それは」
やはり、縁組と聞けば嬉しかった。だが、それは先ず、家の当主である父親に話を通すのが筋なのに、それを直に当のふみに伝えるとは…。
利津 「ええ、でも、この話は、ふみ殿にもお考えいただきたいのです」
ふみ 「……」
利津 「相手の名は本田真之介。歳は二十五、これが中々の美形でして。
ふみ殿とならお似合いです。但し、御家人です。実家は呉服屋」
ふみ 「……!」
それはつまり、侍株を金で買ったと言う、俗に言うにわか侍ではないか…。
だが、それを父の播馬が承知するだろうか。いや、する筈がないのは火を見より明らかでないか。
利津 「やはり、これでは不足ですか」
ふみ 「いえ、でも、父が…」
利津 「しかし、ここが思案のしどころです。酷なことを申し上げまるよ
うですが、ふみ殿には二つに一つの道しかないのです」
ふみ 「でも、おば様、何より父が承知するとお思いですか」
利津 「この際、それは置いておきましょう。では、お聞きしますが、ふ
み殿はこれから先、どうなさるおつもりで。よもや、あの男の側室
に参る所存ですか。それとも、このままどこへも行かず、ずっと実
家暮らしなさるとか」
ふみは、旗本筆頭の家柄である仁神家から、側室にと望まれていた。それも、ふみの美貌の噂を聞きつけた嫡男が直々家にやって来たのだ。だが、いくら懇願されても祖母は反対した。業を煮やした男は配下を引き連れ、ふみを奪還するためにやって来たが、それにしては、どうにも屋敷内の様子がおかしい。何と、その夜、祖母は臨終を迎えていたのだ。いくらなんでもこれではと、男たちは引き揚げるしかなかった。
その祖母の喪が明けるのがひと月後に迫っていた。
利津 「だから、こうして申し上げているのです。もうすぐお祖母様の喪
が明けます。その喪が明けるのを待ち望んでいるのはあの男だけで
はありません。私の調べましたところでは、あちらの正室も側室方
も、ふみ殿が参られるのを手ぐすね引いて待っているとか。ふみ殿
が参られれば、ご自分たちはお払い箱同然ですものね。でも、本来
でしたらご大身のお家の側室。決して悪い話ではないのですけど、
相手があの…」
ふみも初めてあの男に会った時、舐めまわすように見つめられた時の気味悪さを思い出していた。あんな男のとこへ行くなど死んでもいやだけど、かと言って、町人上がりのにわか武士では…。
そんな、ふみの思いを察したかのように、利津は尚も話を続ける。
利津 「確かに、にわか武士ではご不満と思いますけど、この真之介と申
す若者、これが姿形が良いだけでなく、落ち着いた中々の人物なの
です」
ふみ 「では、おば様は、その方にお会いになったことがあるのですか」
利津 「子供の頃より存じております。賢くて性格も良く…。はっきり言
います。かなりの資産家です」
この資産家と言う言葉に気持ちが動いたことは確かだ。
利津 「無論、祖父の代より受け継いだものもありますが、あれだけの大
店になったのは、ひとえに真之介の才覚です。今は弟が店を継いで
おります。この弟と言うのが腹違いでして、この弟に店を継がせる
ために、侍になったと言う噂もあるくらいです。その様な気遣いの
出来る男です。もし、輿入れして、ふみ殿が内助の功を尽せば、妻
の実家に知らん顔するような男ではありません。何より、私たちも
付いております」
ふみ 「でも、父が…」
利津 「ですから、こうして一足先に、ふみ殿にお伝えしているのではな
いですか。本当に、顔が良くて金があって気もやさしい。こんな優
良物件、そう、あるものでもありません。若ければ私が、いえ、婿
娶りしなくてよいなら、私は娘をやっております」
娘 「ええ、今からでもいいと言ってくれるなら、行きたいですわ」
ふみ 「……」
利津 「あら、まあ、私ばかり話しまして。何か、お尋ねになりたい事が
あらば、何なりと」
ふみ 「でも、父が…」
利津 「そのことでしたら、近いうちに正式な話として、お父上に申し上
げます。でも、ふみ殿もそれまでに、ようくお考えになってくださ
いませ。何しろ、一生のことですから」
と、その後も利津の真之介褒めは続き、ふみが帰った後、襖が開いて坂田が出て来た。
坂田 「実のところ、どうであった」
利津 「まだ、何とも。でも、気持ちは動いた様ですから。殿、後のこと
は頼みましたよ」
坂田 「まかせておけ」
と、胸を叩く坂田だった。
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