第6話 ワタシは貴方でアナタは私

?:「でも、おかしいとは思いませんか?」

A:「何が」

?:「嗚呼、やっっと私の話を聞いて下さるのですね」

私に話し掛けてくる影は嬉しそうに、表情は窺えないが恍惚とした顔をしているのだろう。口ぶりからして。

A:「アナタは誰かなんてもうどうでもいいわ、話は聞いてあげる」

?:「おぉ!!それはそれは。ありがたきお言葉ですねぇ

はぁ~、これでやっと…あの人も…私の仕事も片付きますよ…やれやれ……」

影はわざとらしく両手を上げて、ぶつぶつと訳のわからない事を呟いた。

考える事を放棄したはずだったのに頭はいつしか「ここ」の事を考えていた。

「ここ」は「どこ」だろう。Eさんは居ない。

私はあの部屋にあった、私が寝ていたベッドの上に寝間着姿で布団を被ったまま影と話していて、ベッドしかない様に見えるがちゃんと空間は「そこ」にあり、壁もちゃんとある。壁の色は白に全て統一されている。傷一つなく純白で清潔感漂うが、こんな殺風景でカオスな状況なのだから気が狂いそうにもなってくるし、どこか狂気じみた印象を私に与えていた。「この」空間そのものが。

視覚を支配されているとさえ思う。思うだけだが。影が言っていた「あの人」の意味も「仕事」もなんの事だがさっぱり分からない。

この空間に私と影の二人(この場合、人に換算してもよいのか判別不能だが影はあくまで人型だったので換算する事にする)居るというのに、私一人だけが取り残された少し昔を思い出させるようなそんな気持ちになった。

思い出させると言っても古いテレビの砂嵐のように肝心な部分はいつも見えないのだが。

A:「あの人って誰?仕事って何?悪いけど私まだ働きたくないわ」

完全に自己の世界に入り込んでいたのだろう、話し掛けた途端肩をびくりと震わせた。

?:「いえいえいえいえ~!!!!!!そんな滅相な!!!!!

私、横暴な人間ではないのですから!あれは独り言ですよ!!!

どうぞ~、お気になさらずに…」

影なのだから表情もくそもないのは百も承知だが、どうにもこうにも

胡散臭くていたたまれない。手玉に取られているような感覚。憎たらしい。実に腹立たしい。

?:「そう!!」

!?

ビシッ!!とまるで効果音が聞こえてくるぐらいのキレッキレの動きで影は私を指さす。

A:「な、何よ。人に指を指すのは無礼よ」

?:「これは失礼。ですがアナタ今、『手玉に取られているような感覚』と思いましたよね?」

なぜ分かったのだろうか、などと考えても埒が明かないと推理できた。ここは無抵抗になろう。

A:「えぇ、思いましたとも。ホント腹立つ」

?:「ですよねですよね」

うんうんと頷く影。

A:「いや、アナタにだけどね?」

?:「えぇ!?」

この場合アンタしか居ないだろ。

A:「逆に誰が居るっていうの?」

?:「Aさん、それは間違っていますよ。「そもそも」を「思い出して」下さい。

アナタはあの日の記憶がありますよね?」

あの日…ね…

Dが「死」んだ日

Dが「居」なくなってしまった日

Dを「殺」した日

ぐるぐると。ループ。戻りは少しだけするけど進みはしない。

時計の針はとうの昔に壊れてどこかに旅に行ってしまったようだ。

?:「ああ!!もうこの際だから言いますけど、私アナタの考えも分かりますんでよろしく!本題に戻りますが、それも間違っているのですよ。たしかにDは「死」にました。アナタの「目」から「居」なくなりました。ですが、アナタはDを「殺」してなんかいない」

A:「アナタに何が分かるっていうのよ!!!!」

布団をこれでもかと言うほどに強く握りしめる。憎しみ、悲しみ、悔しさ、寂しさ

負の感情と共に矛先を影ではなく自分に向けたまま。その感情の中にはもちろんあの日も含まれていた。無論、これまでの全て。

?:「人の話を聞けっつてんだ」

暗く低く響いた声が聴覚を刺激した。

鼓膜を振動させて。だが、その声音に私のような負の感情もなければ矛先もどこにも向いていなかった。負の感情も矛先に向いていた弓も、消えてしまったような。

私を縛っていたモノが無くなって、フワフワしたよな心地にさえ至った。

驚き、驚愕。

何も言えなくなってしまった。

涙も出ない。

影は一つ「コホン」と咳払いをすると話を再開した。

?:「一時の感情に全てを支配されてはいけません、もう少し冷静になってください。まぁいいです。戻しますよ。アナタはあの日、涙を流さなかったでしょう?

つまり、「記憶」の「中」ではDは生きているんです。生きている…はずなんです」

A:「はず…?」

?:「ええ。ですが、「涙」を流していないのにも関わらずアナタは深く「D」の事を考えようとすると思い出せなくなってしまうのです、精神が病んでしまった大きな要因は実は「幸福な頭」なんですよ。そして本当の事はここから先にあるのですが私と一つ「約束」をお願いしたいのです」

A:「はいはい。なんでもいいわ。どうせこれも…」


?:「【私】は『アナタ』で【アナタ】は『私』」

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涙をなくした少女 @penntomino121

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