12 漸くたどり着く

 瑠璃が仄香とともに引き込まれたのは建物(?)の一部で、飾りのない白い部屋だが、窓だけはある。

 その窓を通して見えるのは建物(?)同様、不可思議で異形な怪物だ。

 最初に怪物が見えたときには瑠璃が知る上野公園が背景にあったが、忽ちそれが無に変わる。

 いや、白一色に退行する。

 ついで、その白を建物(?)の背景が染め直す。

 まるで砂漠か海のように……。

「人がいるわ」

 と冷静にそう指摘したのは仄香だ。

「どれどれ。……ああ、見つけた」

 と窓に身を寄せて瑠璃が確認。

「でも動きがヘンだな」

 するといきなり世界がグラと揺れ、空気感が変わり、また世界がグラとする。

 まるで時間を奪い返すかのように……。

 あるいは遥か昔に聞いた遠い耳鳴りを思い出すかのように……。

 あくまでも、グラ、で、グラ、としながら変化が続く。

 ……と次に怪物と建物(?)が舞い始める。

 その舞がやがて交わりに移り、

「こんなふうにセックスを見物することになろうとは思わなかったよ」

 と瑠璃が呆れ、

「そうね」

 と仄香が同意。

 怪物と建物(?)の交わりは互いの存在を一つに重ね、

「わっちたちは、きっと邪魔者だろうな」

 瑠璃が指摘したとき、すでに仄香とともに風に運ばれている。

 強いが優しい風だ。

 砂の匂いがあって塩の匂いがある。

 それに何よりも気持ち良い程度の湿り気があって、

「なるほど生命の匂いか」

 けれども最後はかなり乱暴に投げ出される。

 が、そこには土があって草まで生えている場所だ。

「いってえな、オマエ大丈夫か……」

 と瑠璃が尋ね、

「アンタこそ平気か……」

 と仄香が瑠璃を気遣う。

「驚いたな。空から人が振ってくるとは……」

 と最初に瑠璃が確認した人物=浦辺吉正が驚き、

「大丈夫ですか……」

 と夫の傍らに立った妻の美紀が瑠璃たち二人に手を差し伸べる。

 すると当然のように、

「まさか、和臣さん……」

「そういうきみは仄香か」

 かつての夫婦が互いを確認して感涙する。

 そして、そのときにはもう村瀬百合の姿は赤ん坊に変わっている。

 浦辺美紀の腕の中に抱かれ……。

 生後三ヶ月といったところか。

 顔は全体的には母親の仄香似。

 けれども和臣の面影が目眉に柔らかく宿っている。

「なるほど。最後に感じた風は生命の湿りか」

 と浦辺吉正が指摘し、

「はい。じゃあ、まずママに抱っこね」

 と妻の美紀が仄香に赤ん坊を渡す。

 気付くと辺りには上野の森が戻っている。

 怪物と建物(?)は消えている。

 仄香が和臣に赤ん坊を渡し、

「ほうら、パパですよー」

 と愉しげに言う。

 そんな元夫婦の幸せそうな姿を浦辺夫妻と高橋瑠璃が優しく見つめる。

 が、その三人の男女にとって世界が親しさを欠く。

 排除作用が生じ、彼と彼女たちが足元から僅かずつ消えて行く。

 不意にそのことに気付くと仄香と和臣が同時に、

「ありがとう/ありがとう」

 と声を発する。

 その両親の言葉に赤ん坊が反応し、きゃっきゃら、と笑う。

 ついで仄香と和臣が瑠璃と美紀と吉正に静かに頭を垂れる。

 ……と次の瞬間、生者三人の姿がゲーム世界から掻き消える。

 死者二人と幻の子供の姿をそれぞれの胸の中に納めつつ……。


 浦辺夫妻と高橋瑠璃の三人が現実世界に目覚めるまでに交わした会話がMAZE提供の機器内に残り、その処理がゲームマスターに委ねられる。

 だから以下の会話はなかったかもしれない。

「震災ですか……」

「ええ」

「お二人とも……」

「はい。まあ、日時も場所も懸け離れていましたが……」

「あなたは両方のお友だち……」

「いえ、女性の方です。旦那さんのことは良く知りません」

「画家だったのかな」

「彼女=仄香の話によれば……」

「わたしやっとわかったわ。わたしたちの方が闖入者だったってことを。この物語の……」

「さあて、それはどうだろう」

「でも目覚めれば一人。冷たくはないけどマシン・ベッドの上」

「ええ、そこだけは間違いないでしょうね」

「ねえ、あなたのお母さんって、あなたを生んですぐに失踪していたりしていない」

「なんだよ、藪から棒だな」

「いえ、ちょっと考えてみただけ……。でも、わたしたちまた会えるといいわね」

「今度はどうした。きみの言葉とも思えないが……」

「そうね、あなたの仰りたいことを先に言っただけですから」

「なるほど。では、それは次の物語の中でということに……」

「本当にムカつく人ね。それは、わたしの科白のはずよ。この物語を終わりにするための……」

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