第2話 見知らぬ鉱石

「おい!待ちやがれ!!」

 落ち着け、相手は特別足が速いわけではない。なんとか逃げ切ることはできるはず、とにかくここでやられるわけにはいかない。うるさく喚く男相手に気を散らされないようなるべく焦らず物事を考える。場所が大通りのうえ、ここまでうるさいと他の人に気付かれやすい。このままじゃ自分自身がやられかねないため近くの建物の中に入り、左右にたくさんの部屋がある中、奥の階段を駆け上る。相手はそれほど距離を離されていた訳でもないのに姿を見失ったようだ。やはり、と思うことがある。自分は足音を消して行動することができると。最初に見知らぬ部屋で目覚めた時、自分がまるで空を歩いているようにまったく音を鳴らすことなく部屋の中を歩いていた。ジャンプをしても思いっきり踏み鳴らしても。説明をしてくれた子によれば参加者全員が持つ能力のようなもので、それぞれ効果の違う鉱石を体に埋め込まれているらしい。場所は右側の腰の骨の部分にいつの間にか埋め込まれている。全く違和感がないから気付かなかったが、足音のことを聞いたら特別に教えてくれた。このチャンスを生かさないわけにはいかない。

「コソコソ隠れてねぇで、とっとと出てこいよ!」

 自然と武器を持つ手にも力が入る。左目と右耳、そして口を失ったが弓を手に入れることができた。たくさん失ったり両目両耳など丸々捧げることでより強い武器が手に入るそうだが、今の状況でこの武器だとそれ以上はどうなるのか……チームでもなければとてもチャレンジする勇気はない。やられなきゃやられる。これは一種のゲームのようなもの。バーチャルリアリティでも体験したことがあった。ほんとに武器を握るリアリティはなかったが、これはゲームだ。ゲームなんだ。殺しても大丈夫。落ち着け……。足音を消しつつ男の場所を確認する。一つずつ部屋を確認する男に狙いを定め次に通路に出てきたところを狙うよう集中する。

 そしてその時は訪れる。通路に出てきた瞬間、矢は放たれ男の右脇腹に突き刺さる。

「ぅ……がぁあああ。痛ぇ、くっ……そ…どこに隠れてやがる!」

 男は苦しそうな呻き声を発し立っていることもできずにその場にしゃがみこむ。必死に周りを見回しているがこちらには気付いていない。次で確実にとどめを刺す事ができる。

 だが本当にいいのだろうか、あそこまで傷を負わせたのならとどめを刺さなくても勝手に死んでくれるかもしれない。今のうちに安全を確保するためにこの場から立ち去ったほうがいいのかもしれない。

 しかしやはりこのままにしておくわけにはいかないと再び弓を構える。理由は、あの部屋で説明してくれた子によると倒した相手から鉱石が手に入るという情報だ。つまり足音を消すという便利能力プラス更に便利な能力が手に入るということらしい。この世界で生き抜くためには自分の体を多く捧げ強い武器を得ること、そして倒した相手から能力を奪い欠けた部分を補い戦い抜くこと……。

 呪文のようにこれはゲームだと頭の中で繰り返し再度男を狙って弓を引く。そして脇腹を押さえる男の首に矢が刺さる。もはや声にもならないうめきを発した後、もがきながら床に伏せそれから次第に動きが弱くなり最後には止まった。大量に血を流し服を真っ赤に染め上げる。

 やってしまった。いや……違う。1キルと考えよう。これはゲームなんだから。自分に言い聞かせるように男に近寄る。鉱石があるとすれば自分と同じ場所なのだろうかと血まみれのズボンを少しだけ下ろす。男が男を脱がすという状況に多少気持ち悪さを感じながらも親指の第一関節程の大きさの鉱石が姿を現す。自分が持っている灰色の鉱石とは違い赤色の鉱石を男は持っていた。一体どんな効果があるのかと思うのと同時にふと、この鉱石をどうやって取り外せばいいのかと悩んだ。まさかナイフとかで掘り出すとか……そこまでえぐいことをさせられるのかと考えたが、手ではどうやっても取り外すことができない。しょうがなく弓の先でほじくってやろうと嫌々掘り起こそうとしたその時、突然男が姿を消した。驚くあまりそのばからしばらく動けず、そしてはっとしてすぐに身を隠す。誰かの仕業なのだろうか、自分は狙われているのか、しかし一向に相手は姿を現さず、時間は流れていった。生きるか死ぬかの戦いで勝てたというのに何もないのかよと、こぶしを作り地面を殴った。


 鐘が鳴るまで残り4時間30分


 ここまで来ればひとまず大丈夫だろうか、要智雪は先ほどの瓦礫の大通りの端から荒々しい叫び声が聞こえた方とは逆の方向へと移動し茂みに身を潜めていた。運が良いのか悪いのか、あれから全く人を見かけずに、また声を聞くこともなかった。近くに建物があるが入るべきだろうか、茂みに隠れているとちょっとした動きでカサカサと音が鳴るのが厄介なため、やはり建物の中に入っておくべきかと周囲を確認して走った。しかしこの行動は最悪だった。

「誰っ!?」

 やばっ!っと建物の中に入った後、先客の発した声にどうしようかと周りを見渡し隠れるところを探す。入った直後には人影はどこにも見当たらなかった為、相手も位置は把握し切れていないはず、おおよその場所は見当付かれているかもしれないが、慌てて外に走るのは危険だと判断しイスやらテーブルやらよくわからないものの下に転がり込む。そこは案外更に奥へと進んで行けそうで音を立てないよう慎重に進む。なにせ武器がナイフしかないのだ。戦い方も知らない俺が真っ向から勝負を挑んだらかなりの確立で負けるはず。

 そして瓦礫が上手いように体を隠し安全に様子をうかがえる場所まで移動できた。さて気になるのは先ほどの声の主が一体どこにいるのかだが……声的には女性だったが、気配も全く感じない。さっきの声は声ではなく瓦礫の音だったのだろうかと思ったが、さすがにどう聞き間違えても女性の声には変わりなかった。

 辺りを見渡していると摩訶不思議なことが目の前で起こる。ずっと見ていた何もない場所に突如彼女は姿を現したのだ。パッと、まるでスイッチ1つで切り替わるように突然。現実じゃありえない、いや、ここにいる状況が現実ではないと嫌でもわからせられるが、さすがにこんなことがあってたまるか、反則過ぎる。姿が消せるなら俺のナイフだってすごい効果を発揮するはずだ。……その効果が使えたとして誰かを殺すなんて事はできないが。とにかく末恐ろしい人だとよく目に焼き付けておく。……といっても顔が見れない。服は……モスグリーンのスカート?そしてベージュの靴。いたってどこにでもいそうな服装だ。俺と同じようになにがなにやらわからない状態でここに連れてこられたのだろう。

 彼女は足をしきりに動かしていることからかなり周りを警戒しているらしい。そして彼女の右腕がないことがわかった。右腕を捧げた代わりに貰った武器は見る限りではわからないがどこかに必ずあるはずだ。

「こんにちは、お嬢ちゃん」

 突然聞こえた声に彼女はピクリとも動かなくなった。一体何がどうなっているのか下から見ても他に姿は見えないが確実に声は聞こえる。

「あなたは……」

「ふむふむ。そうだよねー、先に名乗っておかないとね。僕は霧島斎賀。君を殺しに来ましたあ」

「今までずっと君の事を見ていたんだけど武器はどうしたのかなあ」

「武器……ですか」

「そうそう。武器。見るからに武器は持っていなさそうだよねえ……よっと」

 霧島斎賀と名乗った男は上から降ってきた。下からでは様子がわからなかったが上にいたのか、2階から飛び降りてきたのだろうか。

「右目が」

「ん?あー右目ね、君は右腕だったよね……なるほどなるほど、貰える武器は失った数だけでなく捧げた場所によっても異なるってことか。とはいえ僕は実にラッキーだ。君はあの部屋に武器を隠していたね?そして……僕はこれと、これ。それにもう一つ。全部で3つの武器を持っている。これがどういう意味かわかるかな」

 男は静かに彼女に近寄る。彼女も近寄られるごとに一歩一歩後退していく。このままでは彼女の身が危険だ……とはいえ武器3つも所持っていうことは他にも誰か倒してきたということだろうか、彼女の「えっ」という反応から隠していたことも確からしい。それも盗ってきたのだろうか。どうにか助けられればいいんだけど。いやそもそも彼女は姿が消せるはずだ。なぜ消さないのか、相手に姿が見られなければ逃げることもできるはずなのに。

「武器を持っていないまるごしの君には最小限痛みを抑えて殺してあげよう。というわけでさようなら」

 荒廃した瓦礫の建物の中で彼女の叫び声が響き渡る。


 鐘が鳴るまで残り4時間10分


  





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