エリュテイア
紅茶貿易店
第1話 どこを捧げますか?
急にやばいという気持ちが込み上げ「遅刻する!」と目を覚ます。しかしすぐさま違和感に気づく、見慣れない部屋……勢いよく体を起こしたせいか少し頭が痛むが部屋の中を歩き回る。扉はひとつ、窓はない、小さな棚がひとつ、部屋の大きさは8畳程度といったところだろうか、朝が早いせいかとても静かで見慣れないところにいることも相まって妙に不安になる。外の様子はどうなっているのかとドアノブを回すが鍵がかかっているようで開く様子がない。それにこの扉自体に鍵がついてないように見えた。
「おはようございますっ」
張り詰めた空気に突如聞こえた声に体をビクつかせる。スピーカーのようなものはないが確かにはっきりと耳から声が聞き取れる。それは少女のような声でこの緊張感もあってどこか不気味さを感じた。
「えっと、名前は……ようちせつ?」
「要 智雪だ」
「かなめともゆきさんですね。了解しました」
少し不気味さが晴れた。少女は「まあ間違えは誰にでもありますし」と気を取り直すと文章を読み上げるような感じでしゃべり出した。
「要 智雪さん。今からあなたに聞きたいことがあります。この度は初めて参加するということで丁寧かつスピーディーに事を進めていきますのでよろしくお願いします。それでは質問ですが、あなたは体の一部を捧げるとしたらどの場所を捧げますか?」
「体の一部を捧げる?」
「はい。これから始めるゲームに参加するために必要なことですので必ず答えてください。捧げる場所は目、耳、口、腕、手、足から選んでください。ちなみに2つあるものは1つだけでも構いません。もちろん両方でも良いのですが最初はあまりおすすめできません」
いきなりなんだ。これは心理テストか何かだろうか、心理テストをしてゲームに参加する。一体どんなところへ来てしまったのだろうか、夢にしてはあまりにもはっきりしすぎて嫌でも現実なのだとわかってしまう。友人のドッキリかと思ったがさすがにここまでやるようなやつらでもないし……誘拐!?いや、だとしたら家族はどうしたのか、実家暮らしだから誰かが気づくはず。セキュリティも万全だし無理に入ってこようとすれば物音はなるだろうし俺自身気付けたはず……とはいえ俺の部屋に入ってきたならなんで気付かなかったのか。運ばれたりすれば当然気付くはず。そうこう考えているうちに「退屈なので早くしてください」と急かされる。とはいえ体の一部を捧げるといわれてもどこも捧げる気にはなれない。しかし答えなければ進みそうもないし……そもそもおすすめできないとかどういう意味なのか、まあ片方だけでも良いなら
「……左耳」
「左耳ですね。最初なので妥当といったところでしょうか。ではあなたの左耳を頂きますね」
「は?」
あれ、今こいつなんて言った?左耳を頂く?意味がわからない、頂くって何だ、心理テストじゃないのか、体の内から冷やされるような寒気感じ、急に恐怖を感じた。……次の瞬間
「ん?……あれ」
今まで聞こえていたはずの左耳が全く聞こえなくなってしまった。水が詰まったとか、耳栓をしたとかそういう感じではなく完全に何も聞こえなくなった。ふと左耳に触れてみるとそこには耳がなかった。綺麗さっぱり消えていた。
「なんだよこれ!どうなってる、何が起きた!」
「うわっ大声はやめてください。びっくりしますよ。あなたが今捧げたではないですか、そして要 智雪さんに左耳を頂いた代わりに……こちらを差し上げましょう」
棚の上に突如姿を現した一本のサバイバルナイフ。恐る恐る手に取ると模造品などではなく棚も傷つきしっかりと切れる本物だった。
「そんなことより耳がどうなっているのか」
「質問は最後にしてください。とにかく棚の上にある物に注目してください」
「これは一体……」
ナイフどころか耳のことが気になりすぎてしょうがない。だが、どんどん話が進んでいってしまうので今はとにかく話に集中する。
「ナイフです。切れ味良いやつですよ。もうすぱーっと切れちゃいます。それで相手をどんどんやっつけちゃってください」
「モンスターでも狩るのか」
この武器で相手をやっつける?これから相手にするのはモンスターとかで、狩りでもするのだろうか、学校で見つからないようにゲームをしている連中を思い出す。それは少し面白そうかもしれないと思った矢先、信じられない言葉を聞かされる
「モンスター?なんですかそれ、相手は人です。人間ですよ」
「人間だと!?……人を殺すってか?」
「はい。そうですが?」
さも当たり前のように少女は告げる。だめだ理解できない。さっきから展開が早すぎてなにがなにやら……今手にしたこのナイフで人を……。そんなことができるはずがない。耳は消えるわ人は殺せだの。やっぱり夢だ。これは夢。疲れてんだよ。疲れすぎて悪夢でも見ちゃってんだ……。そうでもなきゃ……そうでもなきゃ……狂ってる。
「初めてここに来た人は皆同じ反応をしますね。まあ何人か良くも悪くも例外はいましたが……。とにかく夢でもないですし現実です。ん~抵抗があるなら無理に殺さなくっても生き残れば良いだけですし、深く考えずにまずはやってみてはどうでしょうか」
「今が現実なら俺の家は家族はどうなってる……どうすれば帰れるんだっ!!」
「ち、ちょっと!だからいきなり大声を出さないでくださいよ。ずっと喚き散らしていたりずっと冷静なら驚きはしませんが、低めのトーンからだとうわっとなるじゃないですか。はぁ……要 智雪さん。とにかく家や家族のことは生き残れてから考えてください。どうすれば帰れるのかというご質問に対しては5時間です。5時間経過した時に鐘がなりますのでそこまで逃げ切れればおのずとわかるはずです」
「5時間か、わかった。それと」
それと、と言葉を続けようとしたところ「まって」と話を止められる。
「面倒だから。もう話すの疲れた」
「はぁ?おいおい質問は?他にも聞きたいことがたくさんあってだな」
「スピーディーに事を進めていくって言ったでしょ!」
「丁寧とも言っただろ!」
「うっ…………細かい事言ってますと禿げますよ。とっとと部屋から出て行ってください。ちなみに!私の声が途切れてから5分以内に外に出ないと爆発しますから!バ・ク・ハ・ツ!いいですね?はいではスタート!」
「爆発まで5分前」
急に機会音声に切り替わり部屋の中のいたるところにデジタル時計のような文字が浮かび上がりカウントダウンが始まる。結局質問に答えることもなく消えた少女。取り付く島もない。だが今わかるのは、この状況から察するに爆発するのも嘘ではなさそうだとうことだ。仕方なくドアノブに手をかけゆっくりと回す。今度はドアが開き光が差し込む。思わず目を閉じ部屋から出ると廃墟のような場所に出た。振り向くとすでに部屋は消えていてどこを見渡しても瓦礫の山で、またしても別の場所へ来てしまった。
(モンスター?なんですかそれ、相手は人です。人間ですよ)
少女が言っていた言葉を思い出す。倒す相手が人間なら相手も俺を狙ってくるはず、あまりに見通しが良い場所だったのですぐさまその場を離れ身を隠す。そこまで寒いはずじゃないのに鳥肌が立ち心臓の鼓動が早くなっている。正直怖い。でも……あいつの言っていたことが本当なのかどうなのか、ただの脅し、アトラクションか何かの演出だったのかもしれない。ありえないとしてもそう信じたい。そう信じないと精神的にもちそうにない。現状、あまり実感がわいてないこともあり辛うじて冷静でいられているが、この先どうなるか。
「おい!待ちやがれ!!」
息を潜める。見つかったか!……いや、あの言葉だと誰かを追いかけている?様子が見たいが下手に動いて見つかるのは御免だ。徐々に足音が遠のいていくのを確認して通りに顔を出す。走り去っていった方向に目を向けると遠くの方に人が見える。やはりここには存在が自分だけじゃなかったし、声も聞いたことのない全くの他人だった。やっぱり本当なのか、そして左耳から音が全く聞こえないということも変わらずだった。今から5時間……生き抜かなくちゃいけないのか……。とにかく同じところにとどまっていても落ち着かないので、十分に警戒しながら慎重にその場から立ち去ることにした。
鐘が鳴るまで残り4時間55分……
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