さとるちゃん
宗谷 圭
さとるちゃん
突然だが。俺の娘の名前は、「覚」と書いて「さとる」と読む。女の子なのに? とよく言われるが、女の子なのに覚だ。おかしい事は、自覚している。
しかし、娘が生まれた時、俺は冷静じゃなかった。
妻が懐妊したと知った時、何故か俺は「生まれてくる子は男の子だ」と思い込んでいた。そして、姓名判断の本を買い、占いサイトに課金して画数を占った。俺と妻両方の幼稚園、小学校から大学までの卒園アルバム、卒業アルバムで同窓生の名前を総さらいして良い奴の名前、変な奴の名前、嫌な奴の名前をリストアップした。そして、「命名覚」と書家の先生に頼んで書いてもらい、そこまでやったところで娘が生まれた。
……うん、先走り過ぎたな。妻にも両親にも義両親にも、上司にも同僚にも部下にも呆れられた。今では、本当に反省している。
ただ、ここまでやっちまったからには、後には退けない! 当時の俺はそんな事を考えてしまって、周囲の反対を押し切り、娘に「覚」と名付けてしまった。……うん、本当に心の奥底から反省している。漢字一文字だし、「なんとか太郎」とか「なんとか助」とか、どう見ても男の子にしか見えない名前にならなかったのが不幸中の幸いだろうか。これならまだ、「男の子みたいだけど、今時は女の子にこういう名前も有りなのかもね」と言ってくれる人もいる。
……重ね重ね言うが、本当に心の奥底から反省している。嘘じゃない。
さて、くどくどと前置きをして娘の名前の話をしたわけだが……。この名前のせいだろうか。娘は、ちょっと変わった特技を持っている。……いや、これはもう特技ってレベルじゃないな。特殊能力と言うべきか。
どう特殊かって? ……ほら、公園で遊んでいた娘が、俺の方へ駆け寄ってきた。可愛いだろう?
「パパ。今さとるの事、カワイイって思ったでしょ?」
これだよ。本当に、覚は可愛い。小首を傾げて言う姿も、とっても可愛い。……いや、そうじゃなくて。
覚は何故か、相手が頭の中で考えた事を、口にする前に読み取ってしまう事ができる。嬉しい事も、楽しい事も、怒っている事も、悲しんでいる事も、秘密にしている事も、何でも。頭に思い浮かべてしまえば、それが最後。全て覚の知るところとなってしまう。
会社の休み時間に同僚とエロ本談義をした事をうっかり思い出そうものなら
「パパ。その女の人、何ではだかで寝ているの?」
などという危険極まりない質問が飛んでくる。この時、近くに妻がいようものなら一巻の終わりだ。こういう危険があるから、浮気だってできやしない。……いや、するつもりは無いけど。
これって、あれだろ? 妖怪さとり、って言うの? あれと同じ能力だろ?
あぁ、もう。可愛い可愛い我が娘は、何でこんな能力を持って生まれてきちまったんだか。……やっぱ、俺が「覚」なんて名前を付けたせいかなぁ?
ん? 覚が、俺の腕を引っ張っている。どうしたんだろう?
「ねぇ、パパ。お腹空いたぁ。……今日はお外に食べに行くんだよね?」
おっと、やっぱりバレていたか。そう……今日はちょっと良い店に外食に行くんだ。最近会社の業績が良くて、臨時ボーナスが出たからな。一家の大黒柱として、たまには家族に良い物を食べさせてやらないと。
しかし、今日外食に行く事は、まだ妻には内緒だ。何とか言いくるめてオシャレはさせて、店の前に着いたところでびっくりさせる。帰りに、花屋に寄って花を買っても良いな。……うん、良い。良いね、サプライズ。
「……良いか、覚。今日お外に食べに行く事は、ママには内緒だ。シーッだ。良いな?」
「なんで?」
「そうすると、あとからママが、もの凄く喜んでくれるからだよ」
そう言うと、覚はとても可愛くにっこりと笑って、「わかったー!」と良いお返事をしてくれた。ママが喜ぶ顔、見たいんだろうなぁ。可愛いなぁ。考えている事が何でもわかってしまうから、覚にはサプライズをしてやれないのが残念だ。
「あ、ママー!」
突然、覚が嬉しそうな声で叫んだ。見てみれば、たしかに妻が公園に入ってくる。しかも、ばっちりとめかしこんで。
「……え? あれ……何で?」
目をぱちくりとさせている間に、妻は俺と覚の目の前までやってきた。そして、俺の腕を取って「ほら、そろそろ行きましょ」とか言ってくる。
「……え。どこへ?」
問えば、妻は「やぁね」と苦笑した。
「今日、外食に行くんでしょ?」
「え。何で……」
何で知ってるんだよ。臨時ボーナスが出たのは昨日、外食に行こうって決めたのは今日の朝。覚以外の誰にも、この話はしていないぞ。妻は、臨時ボーナスが出た事すら知らないはずだ。
俺は覚の方を見るが、覚はぷるぷると首を横に振る。あぁもう、その仕草も可愛いな。
覚は話していない。俺も、誰にも話していない。妻は何も知らない筈。なのに、俺がサプライズで外食に連れて行こうとしている事を知っていて、ばっちりめかしこんでいる。
……まさか……。
「臨時ボーナス、良かったわね。あ、私、お花よりもケーキの方が良いわ。覚も、お花よりケーキの方が良いな、って考えてるわね?」
「うん!」
……まさか……!
「あなた、まさか、って考えてるでしょ?」
お前もか。
(了)
さとるちゃん 宗谷 圭 @shao_souya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます