あるクズの見た風景

@wazennukio

第1話 人は金が無いのに何故パチンコを打ちたくなるか

 彼は世の中のあらゆることが嫌いだった。


 戦争、貧困、環境汚染、汚職、薬物、ヤクザ、調子に乗った大学生、自分より背の高い奴、自分より稼いでそうな良いスーツを着た男、夜の駅のホームでイチャつくクソバカカップル、毛虫、ゴキブリ、地震、雷、火事、オヤジ、枚挙に暇がなかった。

 

 そんな彼は、今朝起きてからパチンコが打ちたくて打ちたくて仕方がなかった。


 玉をジャンジャンバリバリ出したかった。


 そしてその玉をお店のカウンターでよく分からない四角の板に交換して、その後なんやかんやして小金を手に入れて、焼き肉を食べて、ビールを飲んで、女の子が何の努力もしない歩いて喋れる生ごみな自分をお金を払うだけでちやほやしてくれるお店に行って、家に帰ってモルツの缶ビールを開けて少しネットで動画サイトを眺めてから、風呂にも入らず歯も磨かず万年床に筋弛緩剤をケツ穴から三リットル流し込まれたトドの様に倒れこんで寝こける一日を過ごしたかった。


 上記のプランを思いついた時、その素晴らしさに身震いした。やはり自分は天才だと思った。シナプスがスパークして、脳細胞が躍動して、天使の歌うハレルヤが聞こえた。


 ちゃぶ台の上に一昨日の夜から鎮座している、セブンイレブンで購入した1リットル紙パックに入ったジャスミン茶を牛のように飲み干した。

 そして子犬にかぶせたら七色の泡を噴いて天に召される事うけ合いのフレーバーがする一回も洗ったことのないニット帽をひっかぶり、黒のダウン、灰のスウェットパンツ、健康サンダルをつっかけ、彼は街に出た。


 平日の朝、会社や学校に向かう人達から電信柱の麓にぶちまけられた吐瀉物をつつくカラスを見るような目で見守られながら、彼はいつものパチンコ屋に並び、開店を待った。


 やがてパチンコ屋のガラス戸が開き、彼を含む戦士たちは、勝利をその薄汚れた手に掴むため店内に突撃した。


 残酷な天使のテーゼが流れる店内、午前中こそ盛況だったものの、一人、また一人と、財力が尽き、幽鬼のような顔をしながら店から撤退していった。

 しかし彼の座る台の液晶に映る半裸の男は、奇声を上げながら迫りくる敵達を指先一つでダウンさせまくり、それに比例して台は水のバルブがぶっ壊れたマーライオンの如く玉を吐き出し続けた。


 結果、彼の周りには鉛球がパンパンに詰まった箱が、さながら経済成長を遂げた発展途上国の高層ビルのような勢いで建ち並んだ。彼はその日大勝利を収めた。


 サラダ油に三日漬け込んだような鈍い光沢を放つくたくたの彼のボロ長財布は、諭吉氏の一斉入居で膨れ上がった。たまたま彼の遊戯していたパチンコ屋の近くに、たまたまパチンコ屋で貰った何に使うかよくわからない小さな金の入ったプラ板を、たまたま高額で買い取ってくれる店があったのだ。玉々。


 彼はそのまま一人で高級焼肉店に入り、これをそのまま傷口等に貼ればその傷をも癒すのではないかと思うほどきめ細やかな光沢を放つ生肉を焼き、辛口のビールを喉奥に流し込んだ。


 そして店を出て、新宿の排気ガスが鼻孔を撫でるのを感じると、そのまま中央線に飛び乗り、中野で降りて、いつものキャバクラに頭から突っ込んだ。


 絶妙な薄さの水割りを飲み、緊張しない程度の丁度良い顔面の娘達とどうでも良い話をして、彼は帰路についた。


 途中レンガ坂を上がり、建ち並ぶお洒落飲み屋を横目で一瞥し、セブンイレブンに入り、銀河高原ビールと角ハイボールと揚げ鳥と堅揚げポテトを買った。


 ふと気づくと、右目から涙が頬を伝っていた。鼻水が止まらなくなり、啜り上げる音は、何時しか嗚咽に変わっていた。


 彼には何もなかった。

未来もない、希望もない、お金もない、友達恋人いた事ない。

ナイナイ尽くしの30歳だった。彼は明日命を絶つつもりだった。


 一話 了


 

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