5、舞姫

永遠のアイドルなど存在しない。


少女がそれを知ったのは14歳から7年間人々に利用され続けた内のいつ頃だったのだろうか。


俺は友人の志摩しま 良太郎りょうたろうの営む探偵事務所でタバコの灰柄を机の端に集めて小さな堤防を作りながら、ラジカセから流れてくる曲に耳を傾けていた。


「おい、とび、サイバーパトロールの資格取ったんなら手伝えよ」


「志摩、タバコなんて吸ってんじゃねーよ」


「おい、耳ついてんのかよ」


「受動喫煙って言葉知ってますかー」


俺と志摩は噛み合わない会話を交えてから、三日間寝床を提供してくれた友人の志摩に多少の恩を感じたため、彼の言うサイバーパトロールの仕事を手伝うことにした。


俺の友人の志摩の営む探偵事務所は、外から依頼が来れば必ず依頼を受けるのだが、今のこの時代人に頼るのがバカらしくなるヤツが増えたため仕事の依頼などほとんど来ない。


だから、政府が常に行っているネット通信を妨害しようと企むハッカー共のサーバーを崩して潰す仕事を基本的に行っていた。


そして、金に困ると俺は友人のハッカー殺しの手伝いをするわけだ。


アルファベットと数字の羅列を見た。


二日酔いのせいだろうか、気持ち悪い。


「あっ、あとで厄介なヤツの相手してやっから、ちょっと外の空気吸いに行ってくるな?」


「おい、お前逃げんなよ」


「はいはぁーい」


「お前なぁー、そう言ってこの前逃げたんだから前科持ちだって事忘れんなよ」


「ちょっと、外出てくるだけだって。恩を仇で返したりしねーよ」


俺は探偵事務所のドアを開いて、散歩に出て行った。


外では政府公認アイドル。

赤波あかなみ 美愛みおが華やかに巨大モールの壁に貼り付けてある大画面モニターに映されていた。


ーーーもう8年もコイツはアイドルなんかやってんのかよ。


赤波 美愛とかいうアイドルは、歌手に疎い俺ですら知ってる超大人気アイドルだった。


天才発掘だとか言って、カラオケとかいう設備で歌っているところをどっかの会社がオファーしたとか何とか。


ネットでは、不思議なパワーを持っているだとかこの惑星プラネットの人間じゃないだとか噂をされていた時期もあったが、21歳の時にAーleasesとかいう団体に所属したとか、要するにソロでは活躍できるほど人気が出なくなったからグループに所属させてみようという本人にとっては大分キツい対応を事務所にされたのだろう。


昨日にその子は引退したそうだが引退するアイドルが数日、はやし立てられる事は良くあることだ。


こんなに詳しかったら音楽情報に疎くなんか無いだろって言われた事が基本的に志摩にあった。


14歳の頃チケットが余ったからとファンクラブの奴に無理やり連れて行かされて一度だけ彼女のライブに足を運んだ事があった。


その時、異様なくらい輝いていた彼女への老若男女わらずのファンの盛り上がりように動揺が俺は隠せなかった。


何がここまで彼女に大勢の人間が魅了されるのか

疑問を持ち、俺は彼女が今後どうなるか心配になった。


なぜなら、彼女が本心で歌っていないように見えたからだ。


歌には本当に疎かった。


でも、人が心に何かを秘めていると判断する目はあるはずだと思っていた。


きっと、裏に何かある。


そう考えて、CDや歌について調べまくったが政府公認だけあってガードが固いせいだろうか。


何も出なかった。


何も出なさすぎて逆に怪しかった。


ある程度、散歩を終えて事務所に戻ろうと路地裏に出たところ、路地裏の丁度入り口に窓がカーテンで覆われたワゴン車が止まりガラリと開くと等身大のマネキンを捨てるように、一人の女性が放り投げられて、またワゴン車は去って行った。


あまりにも、一瞬の出来事で状況の理解に苦しんだ。


とりあえず、近くに寄ってみたが本当にマネキンか人形のようにピクリとも動かなく、少し肌の露出された服を着ていて、最初強姦などそういった類のものかと思ったがそういった形跡も無かった。

とりあえず、事務所が近かったため女を運んで探偵事務所に帰った。


「で、翔、お前は、俺の事務所のソファーにコレを運んできたってわけだけど、それって、ジョークか?」


「本当だ」


「・・・はぁ」


「俺は探偵をしているが、ヤバイ案件と同じくかそれ以上に面倒な事になるかもしれないぞ」


俺は、連れてきた女を見た。


「おいおいおいおい、まさかと思うが海斗かいと気づいてねーーのか!?」


「いや、うん。分かったよ、お前がアイドルオタクだと思ってた俺は本当に誤解してたわ。すまない」


「ん?」


「その子!」


志摩は俺の私物の赤波美愛のソロアルバムを俺に見せると叫んだ。


「赤波 美愛じゃん!!」


俺は志摩からアルバムケースを掻っさらい表紙と見比べるが本人だとはイマイチ思えない。


「いやいやいや、そんな訳ないだろ」


俺たちが終わりのない討論を進めているとソファーに横になっていた女が目を覚まし口を開く。


「あっ、あの~、すいません」


14歳から22歳まで全く変わらないフールートのように透き通った声が、俺が毎回欠かさずに買ってディスクが擦り切れるほど聴いてきたCD音源の声と同じものが真下で空気を震わせたのだ。


「・・・」


俺たち2人は彼女の普通の声に魅了された。


女はアルバムケースを見ると無邪気にぱーっと笑顔になる。


「わーーー!アルバム買ってくれたですか!」


「海斗、折角だからサイン書いてもらえよ」


「おっ、おう」


女、赤波美愛は慣れた手つきでアルバムケースにマジックペンを走らせた。


「どうぞ」


歌っている時よりも彼女らしい自然な笑顔だった


「これからも応援お願いします!」


「あっ、ありがとうございます」


「でもー、私引退したんでした!忘れてた~!」


彼女が17歳の時送ったら貰えたサイン付きアルバムを知り合いから見せてもらったが全く違うサインで、その2年後にも、ある店に飾ってあったサインも覚えているが今手元にあるサインと3つとも全部異なっていた。


無一文の彼女は知り合いのスーツのお姉さんがいるからと専属事務所に帰って行った。


「少し、散歩してくる」


俺は彼女を尾行しようと思った。


そんな俺を事務所の看板の上から、真剣な顔で見つめる志摩良太郎はPCを見た。


去る元アイドルを他人の自分が追うなど、やっている事はクズだと分かっていた。


しかし、美愛が路地裏でワゴン車から落とされたのを見るかぎり安易に彼女のいた専属事務所なんかに帰らせてしまってはいけないと気づいた。


全力で走った。


尾行といっても大分距離が離れてしまっていた。


結局、彼女の専属事務所の入り口で追いつくことになった。


「はぁ、はぁ。」


元アイドルの赤波美愛だというのに、警備員に止められていた。


「帰るぞ」


俺に気づいて振り返った彼女の手を強く掴んで引っ張った。


「少しの間は俺が面倒見るから」


「海斗さん、昨日までいた事務所に入れなくって~」


事務所の窓から鋭い視線を感じたが、相手にしないで事務所まで連れ帰ってきた。


「海斗さんのお友達さん!海斗さんに少しの間お世話になろうと思います!」


「おお、良かったですね」


美愛は連れ戻してきた海斗の横で楽しそうに語る。


「美愛さんは、生年月日と生まれた都市とかって記憶にありますか?」


「えーーーっと、生年月日は私の公式プロフィールに書いてあって、生まれた都市は~忘れちゃいました~」


「自分じゃ分からないと?」


「うーーーーーん」


志摩は俺の方を見る。


「ちょっと、美愛さん余り物で今日の夕飯作っててくれますか?」


とりあえず、彼女には聞かせたくない話をするかもしれない。


「はいっ!」


「海斗、お前は彼女の事を調べる為に彼女の専属事務所と政府の公認って部分を関与して繋がりについて調べたんだろ?」


「ああ。」


「だから、俺は彼女のデビューした年の政府の動向だけを調べたんだが、ちょっとヤバいとこまで深く踏み込んで調べると・・・」


「これは!」


画面の文字に俺は驚愕した。


『他惑星の歌手と平均寿命と活力について』と書かれていた。


「その1人目の研究材料が彼女ってわけか」


「その彼女が引退したって事は、新しい人間を手に入れたか彼女の歌が効果を発揮しなくなった」


そんな遠くの惑星の一切関係のない事情の為に、一人の女性の人生が狂ったというのか。


「狂ってる」


俺は怒りが込み上げてくる。


「もう、ココには彼女には居場所など無い。しかし、惑星の回る速度によっては彼女の元いた世界にも居場所はもうない。惑星間を移動する技術だって確立されていないっていうのに」


「こんなのしか、作れなかったけど良かったですか?」


「おお~、家庭料理って感じでいいですね!」


醤油で芋を煮込む料理など初めて見た。


そう、彼女は確実にこの星の人間では無い。



***



俺はアパートに2人で住む為の部屋を借りた。


『少しの間お世話になる』は少しから大分になり、ずっとに変化していったのかもしれない。


仕事の傍ら俺は時々志摩と一緒に美愛の情報を調べたが新しい情報は得られなかった。


しかし、当の本人である元アイドルは毎日初めて見るものや出来事に目を輝かせていた。


日中は常に橙色の空にすら目を丸くして、黒くなった夜空と密集されたビルディングを眺める彼女の横顔は歌っている時の笑顔よりも魅力的で可憐だった。


俺が窓からそれらに目を向ける彼女に声をかけるとゆっくり振り向き、微笑んだ。


そんな彼女の頭を前後に優しく撫ぜて思った。



彼女の体温を感じながら健気な彼女の背負わされた傷心の全てを拭いさりたいと。

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現代御伽話短編集 未旅kay(みたび けー) @keiron

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