4、狭間喫茶店

「履歴書持ってきました。」


初のバイト先になる予定の喫茶店に俺は履歴書を渡した。

見た目より若そうな茶色いエプロンを着たマスターは俺が渡した紙を後ろにある戸棚の鍵付きの引き出しにしまった。


「じゃあ、来週から決まった時刻に来てくれ。まぁ、何かあったりシフトの変更があったら連絡してくれ。」


無愛想なマスターは、仕事についてまとめた二、三枚の紙の束を渡すと二階に上がっていった。


「宜しくお願いしまーす。」


初めてのバイトで緊張していた割には履歴書を渡して即日採用とは、こういうものなのかと考えてしまう。

無愛想なマスター、見た目では年齢がいくつかは分かりにくいが考えているより若い気がする。今後仲良くなれたら聞くことにしたい。


ーーー可愛い店員さんだ。


バイト初日、1日目の最初に感じた事に対して自分の仕事に対する向かい方が分かってきた気がした。

面接の時にはいなかったウエイトレスが落ち着いた暗色のエプロンを着けて客に珈琲や料理を出している。


「どうぞーー。」


にこやかに、ロングスカートを振りながら素早く動く。


ーーー今まで、この二人だけでこの喫茶店を営んでこれた理由が分かる気がする。


俺は、高校の頃から趣味でたしなんで淹れてきた珈琲の技術を活かしてネルドリップをしていると、カウンター席の白髪混じりのおじいさんが愛想よく話しかけてきてくれた。


「そこのにいちゃん、新入りかい?」


「はい。今日が初めてなんです。」


すると、横からマスターが落ち着いて口を挟む。


「源蔵さんは常連さんなんだよ。」


常連さんと話せたなんて、さいさき良さそうだ。


マスターが奥の部屋で注文されたパンケーキを焼きに行ったのを見計らって、源蔵さんはカウンターざまに顔を寄せて小声で話しかけてきた。


「女の子のウエイトレスさん。あの子はね、恋人いないみたいだからね。頑張れや。」


「別に、そこの彼女目当てでここに勤めた訳じゃないですよ!」


確かにウエイトレスさんは可愛いと思うが、そんな不純な理由ではない。

趣味でずっと淹れてきた珈琲の技術を少しでも活用できるバイトは何かと考えたら喫茶店に辿り着き、バイト求人誌を眺めていて、魅力的な時給だったからここの面接を受けたのだ。


「どうぞ、カフェモカです。」


「おお、ありがとさん。」


満足させられるだろうか。


初めて人に珈琲を出した。


香りを味わいながら、源蔵さんはズズズッと珈琲を飲む。


その瞬間、感じた。


ーーーこの人はマジな人だ!


鼻腔で珈琲の芳醇な香りと共に舌で珈琲の酸味を味わう。


珈琲のプロが飲む飲み方と同じだ。


さすが、喫茶店の常連客を名乗るだけある。


「少年よ。ベリーーグット。」


ーーーヤバい!!泣きそう!!


すると、カウンター席から少し離れたゴツいタンクトップを着た男性客からも、源蔵さんと同じものをという注文を受けた。


さっきから、コーヒーカップが似つかない(偏見だけど)客が優雅にコーヒーをすすっていた。


ーーー最近、カフェって流行りなのかなー。


今日のバイトを終え、マスターとウエイトレスさんと俺で店内の掃除をしながら小会議が行われた。


「あっ、どうも。仕事中で挨拶もまだでしたよね?」


可愛らしいウエイトレスさんは申し訳なさそうに丁寧に話しかけてきた。


「私は、#三竹__みちく__#と言います。」


「彼女は、ここで長い間働いているから、何でも尋ねればいいよ。」


マスターは、落ち着いた口調で話す。


「あっ、あと言い忘れてたんだけど、君はカウンターで料理と珈琲の作業をして貰うから、出たり入ったりするの面倒だから運ぶのは全部彼女に任せてくれ。もし、よっぽど大変そうだったら、この店の半分に区切って入り口側の客だけに運んでくれ。」


半分って、何を言ってるんだこの人は。


「あっ、はい。」


三竹さん一人で料理を運ぶなんて大変だろ!っと、言いたい気持ちを心の中のコーヒーミルで粉砕させた。

しかし、最初の日からマスターと悪い雰囲気にもなりたくなかったので臨機応変に対応していこうと思った。


「よし、今日もバイト頑張るぞ!」


バイト三日目。


今日はやけに混んでいた。


「今日は宴会客の団体さんが入っているから、少し早めに来て仕込みを手伝って」というマスターの申し出に快く受けた。


初めて裏の厨房に入った。


大きな冷蔵庫が二代とコンロが三つあるだけだった。


前の日に渡された料理のレシピ通りに、パエリアを初めて作る。


「三竹さんも料理出来るんですね?」


ーーーしまった!白々しかったか!?


「私だって料理くらいできますよ!」


笑って答えてくれた。


ーーーいい子だ!!!


早めというのが3時間前だったのに、驚いたが時給が弾むんじゃないかという期待は苦学生の自分には心も弾んだ。


マスターと二人でカウンターでカップを磨いたり、追加オーダーに動いたりして団体客の方が接客が楽だった。


「今日もお疲れ様でした。」


「君も随分慣れてきたみたいだね。これからも、よろしく頼むよ。」


オーナーから初めて褒められ、次からも頑張れそうだ。



俺がここでバイトをして三カ月経った。


お客さんと仲良くもなり、仕事中に世間話も出来るようになった。


「にいちゃんの淹れる珈琲は相変わらず美味いなぁ~。」



しかし、三ヶ月経って変わらない事があった。


俺は一度も客に珈琲を直接渡した事が無かった。


些細な事なのかもしれないが、一度も無いのだ。


そんなある日、いつも通りバイトを終えて家の前に着いた。


「あっ、鍵の入ったポーチが無い。」


鍵が入っているという事もあるが、ポーチは妹が修学旅行の土産で京都で買ってきてくれたお気に入りのモノだった。


ーーーしょうがない、取りに行くか。


仕方なく、バイト先の喫茶店に引き返した。


「あれ?電気が付いている」


あれ?ここって夜も営業してたんだ。案外たまたま、特別営業でもしているのかもしれないと思った。


すると、窓から三竹さんが見えた。店内は客で賑わっている。


「三竹さん、お昼から働き詰めじゃん!!」


華奢な女性が何時間も歩き回るのに違和感も感じた。


三竹さんの身体を心配した一心でドアを勢いよく開ける。


すると、三竹さんはビックリしたような顔でこちらを見る。


「三竹さん、働き過ぎですよ!」


俺は三竹さんの方へ歩き、オードブルを奪うと忘れ物の事も忘れて奥の席のお客さんですね、と言って運びに行った。


俺は、喫茶店の半分を超えてしまったんだ。


マスターに以前言われていた、ある意味の境界線をまたいでしまった。


気づくとそこには爬虫類が服を着たような生き物が脚を組んで、コップ一杯の珈琲を飲みながら俺が運んでくるオードブルを待ち望んでいた。


「え・・・。」


爬虫類の前で棒立ちになってしまった俺を見て、爬虫類は俺からオードブルを奪い取るとむさぼるように食らいついた。


「にいちゃん、珈琲淹れに来たのかい?」


「うおおおおおおおおおおおおお!」


俺は目の前の光景に声を上げた。


周囲を見回すと、そこには人の姿をした生物は存在しなかった。


いや、人は何人かいたが何食わぬ顔で虎や鳥、猫の頭を持つ生き物と会話しながら、様々な肉や飯を食べていた。


「三竹さん!!!」


思わず声を荒げて、癒しのウエイトレスに自分の知っている現実を求めた。


それは、俺の知っているウエイトレスでは無かった。


銀髪のよく似合う猫耳と尻尾が生えていた。


「どうかしましたか?」


一瞬、これはこれでアリかもと思った自分に腹パンを食らわして入り口から外に走って出て行った。


「あれ?」


そこには、いつもの日常的な、人間の街が広がる。


突然走って出てきた俺に、驚きの目を向ける通りすがりの人たちを見て安心する。


「疲れていたのかな・・・、あっ、鍵。」


改めて、喫茶店息を整えて入る。


もちろん、客に出しているいるものは派手だけど中には人しかおらず俺の働くバイト先だった。


「おい、客に向かって奇声を発したって?」


「すっすみません。」


軽く不機嫌そうな声でカウンターからマスターが落ち着いた声で話しかけてきた。


「忘れ物を取りに来たんですけど・・・。」


「君には話しがある。ちょっとおいで。」


店の調理場の椅子に腰掛けるとマスターは顔を曇らせて話を始めた。


「僕は君に半分を超えるなと言ったよね?」


「はい・・・。」


「もう、三ヶ月もココで働いていて君の淹れる珈琲は評判がいいから辞めろとは言わない」


「はい・・・・。」


「でも、君は見てしまったんだよね?」


「まるで異世界でした。」


「そうか、ちょっと待ちたまへ。」


すると、マスターが突然俺の目を手で覆い、それを外した。


「うわっ!!」


すると、そこには虎がタキシードを着ていた。


「安心しろ、君を喰ったりはしないさ。」


「まっ、マスター、何なんですかココは?」


「わたしは珈琲が好きだ。」


「え?」


「私が初めて珈琲を飲んだのは二十五年前のことだ。」


「はっはぁ。」


「こちらの世界に、私は迷い込みある喫茶店に入り初めて珈琲を飲んだ。感動ものだったよ。その店の店主と仲良くなって珈琲の淹れ方を学んだ。」


「こちらの世界?」


「君たちが住む世界のことだよ。」


「僕らは、半分がこちらの世界でもう半分は君の知らない世界で喫茶店を営んでいる」


「信じられませんよ」


「君はまたいだんだよ境界線を」


「でも、カウンターから見たら全員お客さんは人でした!」


「知り合いの魔法使いに頼んでね。見る側によって客の容姿の見え方を変えてくれと。」


頭がこんがらがったが、先ほどの経験を踏まえるとありえなくもない話だった。


それから、五ヶ月がたった。


俺は正社員になっていた。


え?どこかって?当たり前だ。この喫茶店だ。


正社員採用の理由は、夜も働けることだった。


何よりの決め手は三竹さんが猫耳メイドだからだ。


冗談ですよ、確かに爬虫類だったらショックですけどね。


マスターと、腹を割って話したら客が人でも異世界人でも爬虫類でも良くなってしまいました。


そうそう、あの常連さんですけどね本当は若い勇者でしたよ。


秘密を知っている何よりの決め手はマスターの珈琲へ対する愛に共感を持てたからかもしれないです。


それじゃあ、今日も冒険の武勇伝の話を聞きながら猫耳の三竹さんを眺めつつ好きな珈琲を淹れてきますね。


そう、ココは異世界とこちらの世界を挟む狭間喫茶店ですから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る