3、エンドレスアイドル

真っ白の壁の研究室で私は目覚めた。自分が誰なのかすら思い出せない。覚えている事といえば、唇から漏れる多くの歌の主旋律と歓客の声だけだった。




「繋がったぞ!」


「こ、これは、何なんだ!この頭の中を迂回うかいするメロディーと綺麗な歌声は。」


科学者たちは言葉を失う。大きなモニターの並んだ1つに乱れな画質の中に1人の少女の姿が映し出される。その中の少女が可愛らしくウインクした。




少女の名前は、赤波美愛あかなみ みお。14歳の中学生だった。


「ねぇー、おばちゃん!あの機種残しといてくれてる?」


「この時間帯にカラオケに来るヤツなんてあんたぐらいよ。」


午後4時、家に荷物を置き飛び出し、ツバメの如く見事な旋回を駆使しカラオケドッグス札幌店の自動ドアの反応直後ギリギリを通り抜ける。


「たまには、友達の1人や2人連れて来なさいよ。」


「友達連れて来たら、沢山歌えないじゃ~ん!」


可憐な三つ編みを振り回しながら美愛はメガネをしっかり指の甲であげる。


いつもの9番ルームの扉を開くと水筒からお茶を飲む。水筒を持ち込むのは週に4回も通う常連客である、美愛のみが許された特権である。


マイクを握り締めて大きく息を吸う。成長途中の胸のあたりを膨らませ、横隔膜を押し上げて腹式呼吸を行う。

その後、素早く曲を入れるとその曲をイントロ状態で一切スルーしながら何曲も歌をタッチパネルで検索、送信を断続的に段取り良く行い20数曲予約する。


改めて曲が流れてくる。大きく息を吸ってステップを踏んで、歌う。


2時間弱歌い続ける。水のように澄んだ声、誰に向けられた訳でもないスマイル。Jポップから演歌、アニソン、ボカロ、洋楽。1人でこれだけのジャンルを歌い続けるレパートリーの多さ。多種多様。ライブさながらの動きも組み込んでいる。


「フゥ、フゥー。」


お茶を全部飲み干し、少し額を光らせる汗も美しい。


「じゃあ、また来るね~!」


おばちゃんに手を振ると14の少女は夕飯を食べ終えるとピンク色のベットに体を入れる。父子家庭だ。そのため、自分で適当に夕飯を作って食べ、週末1人で掃除を行う。そんな彼女にとって、数時間のカラオケは癒しであり、父の元同級生のおばちゃんが受付をしているという安心感ももっていた。


そして次の日。また、朝日が彼女を包む。

学校を友人と笑いながら過ごし、部活をこなしに個々がばらけていくなか、玄関まで走る。


「美愛!今度、何人かで田中の家に集まるんだけど美愛も来てね!」


「あぁー、サトミ!わかった~~!」


美愛は軽く答えると、急いで駆け抜けていく。


叶うことのない約束を友人と交わして。


いつものように、カラオケドッグスに着く。そして、おばちゃんと世間話程度の会話を交え、いつもの9番ルームの扉を開いた。


その瞬間だった。美愛の身体を真っ白な光が包み込む。


「うっ、眩しい。」


目がくらんだ。しかし、それで目の前にいつもの9番のカラオケルームの真っ暗な電気を点ける前のテレビ画面だけが明るく光っていれば良かった。しかし、そこには真っ白な壁と大きなモニターに繋がったキーボードの並んだ広い部屋に立っていた。


すると、途端に両腕をスーツを着た女性が掴んできた。


「あなたの歌が必要なの!」


気付けば、沢山の人達の前で歌っていた。緊張で声がいつものように出ない。でも、気持ちがいい。輝くスポットライト。黄色い声援を送る観客。『美愛!美愛!』なぜ、私の名前を叫んでいるのか。そんな事は今はどうでもいい。2、3曲。少し前のJポップとアニソンを歌い終えると拍手が私を包んだ。


「みんな~。ありがとうございまーす!」


気づいたらまた、あの大きなモニターがある部屋に戻っていた。すると、さっきのスーツ姿の女性と何人かの研究者のような白衣を着た男性が目に涙を浮かばせて感動しているようだった。何人かは泣きながら拍手をしている。


「さすがね、初めて大衆の前で歌ったのにあれだけ歌えるなんて、素晴らしいじゃない!」


「いや、偶然ですよ。」


少し嬉しかったみたいに頬を染めながら美愛は、健気けなげに笑う。


「リーダー!地域の活力値が上昇しています!」


「いいじゃない!その調子で上がってくれることを祈りましょう。」


「すいません。これ何なんですか?」


美愛は手を控えめに頭の上へ持ち上げながら首を傾けて質問する。


「これを見て。」


肩を掴んで指を差す女性の言われたままに指を差された右側のモニターに目を向ける。


美愛の今までどこの国にも見た事ないような規則的な建物と、そこには大きな半透明のガラス板に自分がカラオケで歌っている姿が映し出されており感動や興奮している通行人が沢山映っていた。


「きゃあ!何なんですかこれは。」


勢いのままに右側のモニターに駆け寄りその中の状況に顔を真っ赤にする。


「何って、あなたの歌っている姿じゃない。」


「何でこんなに恥ずかしいことをするんですか!」


「恥ずかしいって、あなたさっき、ステージにテレポートさせたら見事に歌い終えたじゃないの!」


見事といえば、聞こえはいいが、年端もいかない少女に突然ステージで歌えというのは酷な話だ。しかし、美愛が反論する間もなく女性が告げる。


「あなたの歌は、この国を救う事になるのよ。」


「さっきの数値、あなたも見たでしょ。この国ではね、人の生命力や活力が日々減っていくのが観測されているの。」


美愛もさっきの縦のグラフを思い出す。


「でも、さっきのは盗撮じゃないですか!犯罪ですよ!」


美愛の主張は間違えていない。


「盗撮って、あなたねー。あなたの場所じゃそうかもしれないけど、こっちは惑星単位で事が重大なのよ。あなたのイチプライバシーなんて考慮してあげれるわけないじゃないの!」


すると、今まで黙って見ていた1人の研究者が口を挟んだ。


「君の歌には特殊なパワーがあるんだ。だから、君の力を貸して欲しい。」


「私の歌なんて、大袈裟おおげさすぎますよ。」


美愛はそう呟いて、ふと窓に目を向けた。

そして、それと同時に悪寒おかんが少女の背中を走り過ぎた。


「ここ、どこですか?何なんですか?」


窓からは外は真っ黒い無重力の闇に包み込まれている。それは絶対に並の中学生が見る景色ではない。


少女の問いに答えず研究者がまた1人口を開く。


「君の声で君の世界の歌でないといけないんだ。」


「あっちゃ~~。もう、何言ってんのよ。」


スーツの女が面倒そうに頭を掻く。


「ここはあなたの住んでいる世界じゃないのよ。」


美愛は思考が間に合っていなくても、自分の置かれた立場への恐怖だけは身を震わせるほど理解できた。


「もう、帰れないわよ。もう、あちらとコチラを繋いでいるホールは閉じたんだから。」


「え・・・、じゃあ、私は帰れないんですか?」


それから、赤波美緒は歌い続けた。幸い、自分の歌っていた音源がコチラに持ってこられていたために、歌う曲には困らなかった。そして、連れて来られる前から美緒がカラオケで歌っている姿が流されておりファンも多く、研究者達は美愛が歌っていてくれるおかげで活力値は上昇していると喜び、待遇こそ良くしてくれた。アイドルのような素敵な衣装も着させられて、チヤホヤもされた。




でも、こんなの違う。


私が歌うのは、別に誰かのためじゃない。

一時的には、歌っている時は気持ちの良いものだった。でも、終わった後の喪失感は何なんだろう。



どんなに、待遇が良くても彼女の心は満たされなかった。そして、ある日彼女は自殺した。知らぬ地で知らぬ場所で。可憐な三つ編みをバッサリ切って涙を浮かべながら。


「みんな、お父さん、おばちゃん、会いたいよ。」


きっと、皆、今私を探している。今を乗り越えればきっと戻れる。そう信じて。

しかし、この現実は少女には重すぎた。科学者たちは、彼女を人としては見ていない。


涙を流しながら首を吊った。時には、腕を切った。ライブが終わり、テレポートで戻される前に飛び降りた。


しかし、絶対に死ねなかった。


「私は自分で何も決めれもしないの?」


そんなある日、毒を飲んだ。


意識はあった。


そこに、スーツの女性が血相をかいて歩み寄った。


「何が不満なのよ。ここまでの待遇無いじゃない!良いわよ!全部、忘れさせてあげるわよ。」


そう言うと、私の太ももをめくって何か薬品を打った。


頭が真っ白。何もかもが砂のように手の隙間をすり抜けていくような感覚に感じられた。


目が覚めると、真っ白の天井の研究所にいた。そこには白衣を着た研究者が何人も拍手をして私の方を見ていた。そして、1人のスーツを着た女性が私に笑顔で話しかけた。


「あなたは、アイドルで私たちの希望よ。あなたの歌はこの国を救う事になるの。」







この言葉、私は何度この子に伝えれば良いのかしら。

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