6・これは私の名前じゃない。彼女の名前だ



 サムーザの山脈。

 そこから三日ほどかけて、何百キロも先にあるアイラ樹海に行くことになる。

 メグミの案内でネオジパングからワープしてきた転送スポットは、山頂にあった。4000メートルもの高さであり、真っ白な雲が全景を覆っていて、地上の姿を塞いでいた。北側にあるユリーシャの光だけが孤高に立っている。

 これだけの高さであっても、酸素が薄くなくて、息苦しくならなかった。雪は積もっておらず、むしろ熱帯のような暑さがあった。

 あやしい色をしたキノコがびっしりと生えている。踏ん付けると「プッシュ~」と音を鳴らして胞子を吹き出した。


「ぶぇっくしょい!」


 くしゃみが抑えきれなくなった。

 転送スポットは、三メートルほどのオレンジ色の淡い光を発した柱だ。

 これにエムドライブをかざせば、一度エムドライブに登録をした転送スポットや、ロビーに瞬時に移動することができる。

 なので旅をするときは、転送スポットを探しながら移動していったほうが、いつでもネオジパングに戻れる。

 食料の用意が最低限で済むし、運が良ければ野宿しないで済む。


「人間っポ。なにか買ってくっポ?」


 転送スポットの傍にある大きなキノコの上に、モグッポが店を構えていた。

 ここで生活しているのだろうか。スポットの周りで生活をしている永住者もいると、セーラは言っていた。

 商品は、おいしいキノコ、気持ち良くなるキノコ、スナックキノコ、キノコ汁、水、と現地で採取したのに手を食われたものだった。


「来たばかりだからなんもいらないわ」

「スナックキノコくださいっポ」

「おまえな……」


 セーラが早速買っていた。しかも俺の金を勝手に使って。


「まいどありっポ。黒っぽいキノコは気をつけるっポよ。バイラスビーストっポ」


 キノコの中に敵が交じっているらしい。


「ありがとうっポ」

「ポ」


 メグミの姿がみえなくなっていた。モグッポを無視して先を歩いてしまった。俺たちは慌てて追いかけていく。

 キノコがブニブニとしていて、走りにくかった。


「たぁっ!」


 何かを斬りつける音がした。

 バイラスビーストだ。

 さきほどモグッポが注意していた、きのこ形のバイナスビーストに襲われていた。

 メグミは、10匹以上ものキノコ形のバイナスビーストに囲まれている。


「あいつはっ?」

「ドクホウダケっス! レベルは高くないけど、胞子を飛ばして、涙やら鼻水やら凄いことになるので気をつけるっス」

「了解っ!」


 俺は走りながら剣を取り出した。様子を見るより、さっさと倒したほうが良さそうだ。

 メグミは、大きくて重そうなソードを構えている。ダメージは大きいが、攻撃のスピードがなかった。

 複数で襲ってくるスピードのあるバイラスビーストに不利だ。

 そのための先ほど購入した短剣なのだろう。

 その剣を使って、メグミがドクホウダケを一匹倒した。切り口から黒っぽい煙のようなものが出たのは、毒属性の特徴だろうか。

 ドクホウダケは一撃で仕留められるとは思ってなかったようだ。その強さに動揺しているのが見て取れた。

 隙だらけだ。


「たあっ!」


 メグミに注目している内に、俺はドクホウダケを次々と片付けた。


「強いな」

「そっちこそ」


 3分足らずで戦闘終了。稼いだお金は3000ギルスほど。


「もうちょっと歯ごたえが欲しかった……ぶぁっくしょん!」


 見た目通りのザコだった。

 俺は腰にある鞘にヴェーダの剣をしまう。


「まぁ、レベル10以下の弱いバイラスビーストっスからねぇ。お疲れさっス。んー、うまうま」


 セーラは、スナックきのこをポリポリと食べていく。


「やっつけたきのこも食べて……くしょん!」

「バイラスビーストは泡となって消えるから食べれないっス。ってあーっ! うちのおやつにツバかけるんじゃないっ!」

「しょうがな……っくしゅん!」

「きたねぇ! うちに向けるなーっス!」


 胞子をモロに食らったので、鼻水とくしゃみが止まらなってしまった。


「先を急ごう。今みたいに襲ってきたのはともかく、凶悪原獣やバイラスビーストは無視したほうがいい」

「山を降りるだけでも、半日はかかりそうだな」

「登るよりは早い」


 そう言いながら、大きめのきのこときのこをジャンプしながら山を下りていく。


「メグミさんは、こんな山を登ったの、なにか理由があるっスか?」

「上に行けば、なにか見えると思った。だが、なにも見えなかった。今回の件があると分かっていたら、もうすこし先までは行っていた」


 だから前回、山を渡り切ろうとせず、山頂から転送スポットで帰っていったようだ。

 雲の中に入ったようだ。霧が濃くなってきて、自分の靴すら見えなくなってきた。


「こっちっス」


 セーラは羽の光を強めて、俺たちを案内してくれる。


「こういうとき、妖精の存在はありがたい」

「ナビはどうしたんだ?」

「無駄だからやめとけ、としつこかったから捨てた」

「無駄って?」

「この世界での目的だ」


 なにか言おうとしたら、


「静かに、音を立てるなっス」


 セーラがやってきて、人差し指を立てて「しぃー」とジェスチャーする。


 霧でよく見えないが、巨大なゴツゴツとした岩があった。上の方には2つの光が見える。

 巨大原獣の目だった。


「岩のように静かな原獣っスけど、自分のナワバリに入ると凶暴化するっス。気をつけたほうがいいっスよ」


 セーラは声を落として説明した。


「そうかわか……ぶあっくしょん!」


 収まったはずの、ドクホウダケの胞子の効果が突如現れてしまった。


「あ」


 原獣の目がこっちに向いていた。その目の色は、黄色から赤に変わっていった。


「まかせた」


 メグミは、すたこら走っていった。


「えっと、こいつを俺が倒せる……」

「わけないっス! 逃げるっすううううううっ!」

「ですよねぇぇーっ!」


 俺たちは全力疾走で、山を下りていった。



 うまく撒いたようだ。

 振り向いても、巨大原獣の姿はなかった。

 霧が晴れてくると、周囲にあったキノコはなくなり、ごく普通の岩や石だらけになっていた。所々に草花の姿も見える。

 鹿のような原獣がいたけど、俺たちを興味深そうに眺めているだけだ。人間を知らないのか、襲ったりも逃げたりもしてこない。

 休憩だ。イスとして手頃な岩に座って、俺は水を飲んでいく。


「あっりゃー、アイリスさん来ちゃったっス」

「もう、そんな時間か」


 学校の下校時間を過ぎていた。


「まさか、ここに来ることはないだろうな?」

「アイリスさん、この地帯、登録してないっスよ。お迎えしないかぎり来れませんけど、最寄りの転送スポットを発見次第、連れてきます?」

「呼ぶ気はない。目的ができたから今日は一緒に冒険できない。危険な場所には行くなよ、そして早く帰れ、と伝えてくれ」

「バーカ」

「え?」

「だから、返事です。バーカ! ベーっ! イブキなんて死んじゃえっ! とのことっス」

「怒っているのは分かった」


 それも相当に。


「ぺっぴんの戦士さんと一緒に冒険していると言ったら、ますます怒ったっス」

「余計なこと言うからだ」

「さらに、女戦士さんの巨乳にデレデレしている、と言ってみたらもっと面白いことになったっス」

「余計な火を付けるな」


 胸甲の形からだと、さほど大きいという程でもない。揺れがないからデレデレしようもない。


「ヤキモチ、ヤキモチっスよ。いやぁ、アイリスさんは可愛いっスねぇ」


 愛利をからかうのはいいが、被害を受けるのは俺なんだから勘弁してほしい。あいつに会った時に、なにをされることやら。


「彼女かい?」


 やりとりを聞いていたメグミが口を開いた。


「そうっスよ」

「いや、違う。世話をしている子だ」

「それ言うと、アイリスさん怒るっス」

「いないから良いんだよ」

「彼女と受取ってよさそうだ」


 俺たちの会話でそう判断されてしまった。


「好きであるなら、大切にするべきだ」

「大切にしているさ。妹や姪のような家族愛のようなものだけど」

「女の子は早いよ」

「ん?」

「女になるのが」

「…………」

「後悔ないよう、大切にするべきだ」


 メグミはもう一度言った。


「逆だってありえる。大切にして裏切られたことがある。それで後悔した」

「いつまで元カノ引きずってるんスか?」

「ほっとけ」

「裏切られたとしても、その時に好きになった気持ちは本物だろ。後悔ではなく、誇りに思っていいんじゃないかな」

「そうは思えないな」

「彼女は裏切った。でも、自分は裏切らなかった。どっちがいいかは、考えるまでもない。失ったことで自分の間違いに気付くよりかは、遙かにマシだ」

「彼氏さんを失ったことがあるんスか?」

「彼氏というか彼女。私は男だからね」


 あっさりと暴露した。



 転送スポットは至る所にあるわけではない。

 サムーザの山脈から、何時間と歩き続けるも1箇所しか見つからなかった。

 最後にチェックしたスポットから、4時間近く経っただろうか。

 夜になっている。空には大きな地球の姿が見えていた。星々は俺たちの世界で見えるよりも大きく、その輝きのおかげで、闇に染まることはなかった。

 明かりがなくとも、周囲の情景をなんとなく見渡せる。少なくとも、巨大原獣から避けて通っていくぐらいには。

 とはいえ、歩いて戦って歩いて戦っての繰り返しだ。

 今日だけで2万ギルスも稼いでいる。

 それだけの疲労が襲ってきており、限界が近くて、足がふらふらとなっていた。


「次のスポットは?」


 俺は、剣を杖代わりにして歩いていた。


「ないっスねぇ。近くにある場合はエムデバイスが反応を示してくれるんですけど……」

「その近くって、どれぐらいだ?」

「だいたい3キロ園内ってとこっスかね」


 広大なフィールドだ。圏外を歩いていて、見逃したのもありそうだ。


「今日は野宿だ。いいか?」

「ダメとも言えないだろ。オッケー、むしろ歓迎する」

「野宿っスか、なんかワクワクしてくるっス」

「おまえは小学生か」

「うち、枕投げしてみたいっス」

「枕がないわ」


 三十分ほど歩いた所に小さな湖があった。そこを寝場所にする。

 ほのかにエメラルドグリーンの色をした透き通った水をしている。泳いでいる魚が見えるほどだ。水上にいる鳥がそれを取っていた。


「ここは安全なのか?」

「そこにカルバがいるだろ?」


 カバを真っ白くしたような原獣のことだ。湖の浅瀬と浜辺のところでくつろいでいる。


「攻撃しなければ大人しい生き物だ。私たちが敵意を向けなければ大丈夫。バイラスビーストが襲ってきたら、カルバが大きな反応をするはずだ」


 荷物を置くと、メグミは服を脱ぎ始める。カチャと金属が触れあう音がする。


「水浴び。一緒に入るか?」

「ご冗談を」

「うん、なるべくなら見ないでほしい」

「分かった」


 裸になると、湖の方に歩いて行った。

 尻ぐらいは見てもいいかと振り向くと、目先にはムッとしたセーラの顔のアップがあった。


「スケベ」

「俺も男だからな」

「見るなぁぁーっス!」

「分かった、分かった」


 しょうがないので、カルバの近くに行ってみる。

 眠ってはいなかったようで、目線をこちらに向けるが、危害を加えないと分かったか、再び目を閉ざした。

 体に触れてみても、カルバは反応を示さなかった。

 カバとは違って細かな毛が生えている。柔らかくて、毛布のような肌触りだった。

 俺は、カルバの胴体の前に座り、体を倒して背中を預けてみる。カルバの呼吸の振動。呼吸も聞えてくる。

 心地良かった。カルバが動かなければ、このまま眠ってもよさそうだ。


「極楽極楽、んー、カルバはよい寝心地っス」


 セーラも、カルバに寄りかかっていた。


「取ってきた」


 ウトウトとしていたら、俺の前に何かが投げられた。ピチピチと跳ねている。

 魚だった。

 簡単に取れるようで五匹あった。

 メグミは鎧ははずして、白いシャツにズボンの姿になっていた。塗れた髪の毛を、タオルで拭いている。


「食えるのか?」

「焼けば」

「おおお、美味そうっス!」


 その辺にあった木の枝や落ち葉を一カ所に集める。火は、俺たちには魔法力はないのでマッチを使った。

 メグミは野宿慣れしているだけあって、なんの苦労もなく火をつけていった。

 バチバチと燃え上ていくなか、香ばしい魚のにおいがしてくる。

 カルバは、火を恐れなかった。その暖かさが心地良いのか、その周りに集まってきていた。

 俺たちは、カルバに囲まれて食事をする。


「美味いっス! 焼き魚、うち食べるのは初めてっス、メグミさん、最高っス! ドンドン焼けっス、おかわりっ!」


 セーラはご機嫌だった。

 追加で取ってきた魚を、カルバの口元に近づけてみると、ゆっくりと口が開かれていった。その中に魚を入れると、モグモグと食べていった。


「アイリスさん、地球に帰るそうです」

「遅いな。あいつは今日、なにをやっていたんだ?」


 夜の十時ぐらいだ。いつもよりも遅い。鶫山警部は、娘が俺に付いていったのではないかとヒヤヒヤしたんじゃないか。


「言うなと言われているので言えねぇっス。なんか男の子とデートしてましたよ」

「言ってるじゃないか」

「あ」


 しまったという顔をしていた。


「男の子って?」

「浮気っスかねぇ。気になるっスか、気になりますか? やっぱ気になるっスよねぇ」


 ニヤニヤとする。うっかり言ったのではなく、わざとだったようだ。


「アイリスさんが男の子とデートしたと知って、イブキさんはやきもち焼いちゃいました、と伝えたッス」

「捏造するな」

「バーカ」


 アイリスからの伝言のようだ。


「そればかりだな」


 苦笑する。アイリスからバカバカ言われてばかりだ。


「今回のは嬉しいニュアンスのあるバーカっス。女剣士さんの水浴びをニヤニヤ覗いていたと教えたら、アイリスさんからどんなバーカが返ってくるか楽しみっス」

「あいつで遊ぶな」

「あと、ひとつ伝言っス」

「あん?」

「気をつけて」


 俺が、目的のある旅をしており、決して裏切っているわけではないのはちゃんと分かっている。

 ただ、自分を連れてかなかったことに、子ども扱いされたと、怒っているのだろう。


「俺からの伝言。バーカ」

「了解っス」


 焼き魚に、携帯用のパンを食べ終える。パンは明日の分を少し残しておいた。

 後は寝るだけだ。疲れはあるけど、目をつぶっても睡魔は襲ってこなかった。

 焚火の火も弱まってきている。カルバに体を預けて、パチパチと揺れる火を眺めていく。

 セーラも疲れたのだろう。

 子どものカルバをベッドにして、大の字で眠っていた。

 俺はその上にハンカチをかけてやる。


「イブキさん……うち、うなぎじゃないっス……レロレロしないでくれっス……」


 どんな夢を見ているのやら。

 メグミは、焚火用の枝を火の中に投げていく。竹のように中身が空洞になっている植物だった。

 ふと思いついたのだろう。

 彼女は短剣を使って、笛を作っていく。


「ふむ」


 上手くできたようだ。

 軽く吹くと、良い音が鳴った。

 彼女は納得いかなかったようだ。音が悪いと、短剣で削って調整をしていく。


「大切な人がいた」


 笛を作りながら、彼女は言った。一人言かと思ったけど、俺に向けてだった。返事をしなくても、彼女は先を続ける。


「イブキとは逆だ。裏切ったのは私のほうだった。悲しい事故があって彼女を失った。それで、彼女を傷つけてしまった。さらに傷つけることになった。後悔している。裏切らなければ、私の隣には今も彼女がいたはずなんだ」


 メグミは、自分の頬を撫でていく。


「メグミ」


 と自分の名を口にする。


「これは私の名前じゃない。彼女の名前だ。この顔は彼女なんだ」

「メグミ、いや、メグミの彼は、エムストラーンではメグミの姿となって、メグミと一緒に冒険をしているんだな」

「そうだ」

「私の顔を知っているか? と聞いていたのは何故なんだ?」


 暫くのあいだ、笛の口を眺めていく。


「彼女は、エムストラーンに来ていた可能性がある。この顔を知っている者がいるかもしれない、と思った」

「彼女を失ったって、もしかしてバイラスビーストに?」


 殺されたということなのか。


「メグミを発見したのは私だ。酷かったよ。思い出したくない。だけど、忘れてはならないことだ」


 浮かんでくる感情を殺すように、彼女は口を当てて笛を吹いていく。

 心地良い音色だった。クラシックだろうか。聞いたことのあるメロディーだ。

 俺は目をつぶって、メグミの笛に耳を傾ける。周囲にいるカルバは、それに合わせるかのように、小さな鳴き声をあげていた。


「わっひゃあっ!」


 セーラが大声を発した。笛の音も止まった。

 俺は目を開ける。

 ティラノザウルスかと疑うほどの巨大な原獣が、俺たちのことを覗き込んでいた。

 二本足をした鳥形の原獣だ。羽毛がフサフサに生えている。オウムのような尖ったくちばしで、こっちに顔を近づけていき、メグミが吹いていた笛をツンツンとつついた。



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