5・メグミ。レベルは17。毒属性の戦士だ



 テガシナザル。

 セーラの説明によると、手が長くて足がない猿の『テナガアシナシザル』を略して『テガシナザル』という名前になったそうだ。

 体以上に長い手に、ナマケモノのような長いかぎ爪――だけどそれはゴムホースのように柔らかい――を持っている。

 狩りをしたり、食べたり、排便をしたり、眠ったり、交尾したり、出産をしたり、と一生涯の大半を木の上で生活している生き物であるとのことだ。

 つまりは、


「テガシナザルは森に住んでいて、山火事とか余程のことが無い限り、別の場所に引っ越しをしない、非常に大人しい生き物なんです。ネオジパングに来るなんて絶対にありえないことっス」


 とのことだ。


「知能は?」

「モグッポより劣るけど、かなりいいっスね。人の言葉を理解することはできないし、猿特有の言語で喋っているから、うちにはなにを言っているのかさっぱり……」

「それを理解できる奴は?」


 テガシナザルは、俺たちになにか訴えている。畝川総司のエムデバイスを持っていたんだ。重要な手がかりとなる可能性が濃厚だ。


「そういう魔法があった気がするようなしないような……」

「使える奴を知ってるか?」


 女戦士のほうを見てみるけど、かぶりを振った。


「魔法を使えるにしろ魔法使いよりも原獣使いでしょうねぇ。モグッポなら、分かるかもしれないっス。でも、モグッポにも色々と種類あるから、よほど知能のあるモグッポじゃないと……」

「いるじゃないか」


 この近くに、武器を作れるモグッポがいる。


 ※


 テガシナザルを抱えて、地下にあるモグッポの武器屋に連れてくる。



「おまえはアイリスの男じゃないポポポポ! 出てけっポポ!」


 モグッポは塩をまく勢いで、俺たちのことを追いだそうとする。


「まあ、そういうな。俺とおまえの仲だろ」


 テナシナザルをモグッポのいるカウンターの前に置いた。


「ポポポポ! なんで猿を連れてくるんだポポ! こいつはポポを食べる悪い奴だポポ!」

「助けられないか? 無理だとしても、テガシナザルが何を言っているのか教えて欲しい」

「だから出てけっポポ!」

「いうことを聞け」

「でなければ食うっス!」


 俺は剣を抜いた。セーラは大きな口をあけて、モグッポの頭をかじる。


「やめるポポ! 口を離せポポ! ポポの頭がハゲたらどうするポポか! なんで、ポポを食料にする奴を助けなきゃならないポポか! ポポは栄養抜群だから、食べれば回復するかもしれないけど、そんなことやめろポポ!」

「よし、モグッポを食べさせよう」

「やめるポポ……ポポ?」


 モグッポは急に大人しくなった。

 猿におそるおそると近寄っていく。そして、顔に近寄ったりして、お腹や手首を触ったりして、具合を確かめていた。


「たった今、死んだポポ」


 テナシナザルから体を離れてから、そう言った。


「マジかよ……」

「貴重な情報がなくなったっス」


 俺たちはガックリとする。

 畝川総司のエムデバイスは発見した。それだけだ。端末のディスプレイ割れており、電源が入らないほどに壊れている。IDの他の情報を取り出すことができなかった。

 分かったのは、畝川総司がエムストラーンのどこかにいるということ。

 テナシナザルが関わっているということぐらい。


「ポポポポポポ! ザマーミロっポポ、今までの行いの報いだポポ! 一生後悔するんだポポよ!」


 いい気味だとばかりにモグッポは大笑いをする。


「てめぇ、人の死を笑いものにすんじゃねぇ」

「そうっス、食ってやるっス!」

「なんでポポ! こいつはポポを食う原獣ポポよ! ポポが食われても、美味かったと喜ばれるだけポポよ。そんな奴の死を悲しむほうがおかしいポポ!」


 まあ、確かに、仲間を食ってきた狼が死んで、悲しむウサギはいない。


「くそ、じゃあどうする。テナシナザルから、なに一つとして聞くことができなかった」

「分かるポポよ」

「え?」

「こいつは最後の言葉をポポに伝えてから死んだポポ」


 それでテガシナザルは、安心した顔で眠りについたのか。


「おまえ、その言葉を理解できるのか?」

「当然、できるポポ!」


 モグッポは胸を張った。


「教えてくれ」

「嫌だポポ」


 きっぱりだった。


「俺とモグッポの仲だろ」

「うちとモグッポの仲でもあるっス」

「なにが仲ポポか。ポポを散々な目に合わせといて、よく言うっポ! 自分たちがポポにしてきた仕打ちを思い出して、ちゃんと反省しろっポポ!」


 こいつは俺たちというか、アイリスに酷い目にあっていた。


「ここに、アイリスさんを連れてきちゃってもいいんですかねぇ。そしたら、なにされるか分かったもんじゃないっスよー」

「ポポ……」


 本気で怖いのだろう。モグッポは震え上がった。


「反省した。本当にすまなかった。というわけで教えてくれ」

「態度が反省になってないっポ」

「まぁまぁ、教えてくれたら、うちがほっぺにキスしてもいいっスよ」

「妖精なんて興味ないポポ。それにおめぇ、強烈な香水つけてるポポ。甘ったるいにおい、ひどいっポポ」


 セーラの体から、うどんのにおいがまだ漂っている。


「この武器、いいな」


 店内を眺めていた女剣士が売り物の短剣を取っていた。


「買おう。幾らだ?」

「30万ギルスっポ」

「高い、3万に負けろ」


 俺はいった。


「これだから物の価値のわからないアイリスの男は。30万ギルスでもサービス価格っポポよ」

「安心しろ。私は値下げ交渉する気はない。さらに5万ギルス上乗せして、35万ギルス払おう」

「正気かポポ?」

「その代わり、テナシナザルの遺言を教えてくれないか?」

「いいのか?」

「それだけの情報の価値はあるんだろ?」


 女戦士は、短剣をモグッポの前に出す。


「分かったポポよ。ちゃんと教えるポポ」

「信じていいんすかねぇ。モグッポは、うちにうらみあるから、嘘をつく可能性高いっスよ」

「ポポは嘘つかないポポよ! 猿はちゃんと『アイラ樹海』と言ったポポ! この耳で、しっかりと聞いたポポ!」

「…………」


 俺、セーラ、女戦士は、呆れて物も言えなくなった。


「おまえ、バカだろ」

「ポ?」


 しかも、気付いていなかった。


「猿は、アイラ樹海と言ったんだな。間違いないな?」

「え? なんで知っている……ポポポポポ!」


 やっと気付いた。


「武器は気に入った。よそで買えば50万ギルスしてもおかしくない。約束通り、ちゃんと金は払う」


 女戦士はエムデバイスを出して、モグッポに35万ギルスの支払いをする。


「ま、毎度ありっポ……」


 金は入っても、モグッポは自分の失言に落ち込んだままだった。 



 ヨシワラから少し離れた場所にある巨木の下。

 俺は、剣を両手で握りしめて、土に向かって「ティラランボ!」と心の中で唱えながら突き刺した。

 周りにある土が飛び散っていき、瞬間的に小さな穴が出来ていった。

 

「なんで必殺技名を叫ばないんですか?」

「恥ずかしい」


 技名はあっても、別に叫ばなくたって使うことができる。

 ティラランボは大地の穴を開ける土属性の技だ。

 攻撃には使えないが、落とし穴にはめて敵の動きを止めたり、目くらましで逃走するのに役に立っている。

 戦い以外では、スコップいらずで便利だ。むしろそっちのほうで活躍しそうだった。

 墓石としてちょうどいい大きさの石を置き、草原で取ってきた花を添える。

 木の下だ。そのほうがテガシナザルも喜ぶだろう。

 俺は両手を合わせる。

 女戦士は俺よりも長い間、合掌をしていた。


「ちきゅーさんは不思議っすねぇ、死体に魂はないんだから、そんな丁重に扱わなくたっていいのに。食肉にしたって、別に猿さんはうらめしやーと出てきたりしないっス」

「そんなことできんだろ」


 テガシナザルは、人間に助けを求めて、遠くからわざわざやってきたんだ。

 なんのために、ここまで来たのかはわからない。畝川総司が、猿の住処を荒らしているのかもしれない。それ以外の脅威があったのかもしれない。

 ちゃんと供養しなければバチが当たる。


「アイラ樹海に行くんだろ? そこに、君が探している男がいる」


 女剣士は、人相書きの男を指さす。


「他に情報はない。いるかも分からない。だけど、行ってみる価値はある」


 テガシナザルの死を無駄にはしたくなかった。


「でも、アイラ樹海は、南の大地の半分ぐらいのところにあるっス。かなり遠いですよ」


 南の大地には行ったことがない。つまり転送機を使って、アイラ樹海の近くまでワープすることはできない。

 ネオジパンクから徒歩で行くしかなかった。


「何時間かかる?」

「というレベルじゃないっス。何日もかかるっス」

「日本でいえば、800キロほど。東京から広島ぐらいの距離だ。まさか、こんな遠くにいようとは……」


 と女剣士がいった。


「いようとはって?」

「滅多に人が来ない所だ。だからこそ、追われる者にはうってつけではある」

「ただ、安全な場所ではないっスけどねぇ」


 高レベルのバイラスビーストがゴロゴロしているのだろう。 


「1日100キロとしても1週間以上か……」

「そうサクサクいけるわけないですし、最低でも二週間はかかりますねぇ」


 簡単な旅にはなりそうにない。


「これも縁だ。本気で行くのなら、私がガイドしよう」

「できるのか?」

「ああ、私は旅行者なんだ。エムストラーンの様々な場所を野宿をしながら旅をして回っている。アイラ樹海は行ったことがないが……」


 女剣士は、エムデバイスの地図を見せる。

 エイラ樹海から、すこし下がった位置にある『サムーザの山脈』という土地を指さした。

 

「ここまでは行っている」


 すこし距離が縮まったものの、


「そこからアイラ樹海までは?」

「順調にいって三日ほど」


 それでも、随分と短縮することになる。


「どうする?」

「頼もう」


 即答した。


「俺は、エムストラーンを旅したことも、寝泊まりしたこともない。あなたのような旅慣れた者を雇ったほうが、教わることが沢山ある。今後のためになりそうだ。雇い賃はいくらだ?」

「6、4でどうだ?」

「OK。人相書きの男を捕まえたら、報酬は10万だ。ギルスではなく円だ。そっちの分け前はどうする?」

「それは地球に戻らなきゃ貰えないのか?」


 俺は頷いた。


「ならいい。それは君にあげる」


 地球では会うのが嫌なようだ。


「だったら、7、3でいい。よろしくな。俺の名はアサダイブキ。レベルは15、土属性の戦士だ」


 俺は手を出した。


「私は、メグミ。レベルは17。毒属性の戦士だ」


 メグミと名乗った女剣士は、俺の手を握り返した。


「私の顔、見たことあるか?」

「ないな」

「そうか」


 それが彼女のお約束の挨拶なのだろうか。

 年は二十歳半ばほど。ウェーブのかかったセミロングの茶色の髪、太めの眉毛に、ぱっちりとした一重、口元にある3つのほくろ、修正を入れた感じのない美人顔だ。

 ビキニアーマーなどで露出の高い格好はしておらず、長袖長ズボンに鉄の鎧を身に纏った、オーソドックスな装備をしている。

 フレンド登録してみると、


メグミ

ID 333418××

職業 :戦士(毒)

レベル :17

HP :145

MP :0

攻撃力:110

防御力:89

魔法力:0

すばやさ:71

運:57


 紹介通りで、嘘ではなかった。

 腕のたつ戦士として信頼できそうだ。


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