3・エムストラーンへようこそっス!



 50万円。

 俺にとっては大金だ。

 これでダークドクロを倒すために背負った借金を一気に返済することができる。

 残った20万円は、自分のものにするつもりはない。

 このお金は俺のものじゃない。


――佐竹広之。


 エムストラーンではシャアナというアニメキャラクターに成り切った炎属性の魔法使い。

 あいつのものだ。

 遺産としてもらった数十万円。それを利子付きで返すことに決めた。

 明日。佐竹の姉の桜さんの家に行って、このお金を届けることにしよう。

 だけど……。

 俺は封筒から1万円を抜き取って、財布の中にしまった。

 デート用の資金だ。

 このぐらいならば、


「しょうがないなぁ、先輩は。そのかわり、上手くやってくださいよ」


 なんて、佐竹も大目に見てくれるだろう。

 そう笑いかけた時だった。


「驚いた。本当に同じ顔だったんだ」


 女の子の声がした。

 まったく驚きもしない、感情のこもってない声だった。

 南口の改札を出て直ぐ先にある人型の銅像。そこが彼女が指定した待ち合わせ場所だ。同じように人を待っていたり、ビラ配りをする人たちで溢れていた。

 約束よりも15分は早い。

 遅刻していないどころか、先に来ていた。俺が銅像近くに来て、辺りを見回そうとする前に声がかかった。

 彼女は、目線を上下に動かして、俺のことを品定めする。


「だっさい服」


 空凪に「イブキちゃんに似合っている」と買ってくれた服だ。そのダメだしが返って心地良かった。

 そんな彼女はといえば、クマ柄のポップなパーカーに、ミニのフレアスカートという、子どもっぽいカラフルな格好だ。

 それに、iの字が入った水色のキャップで顔を隠していた。


「アイリス……なのか?」

「すっごいブサイクで驚いた?」


 キャップのツバをあげて顔を見せた。


「めっちゃ可愛くて驚いた」

「期待通りじゃなくて、残念でした」


 青い髪、青い瞳ではなくなり、純血な日本人の顔になっているけど、エムストラーンの時と同じ。

 アイリスの面影があった。


「俺と同じで、向こうと同じだったんだな」

「ちょっぴり年齢、誤魔化してるけどね」

「そのちょっぴりの方に驚かされた」


 向こうでは15歳ぐらいだった。

 だけど地球上の本来の彼女は……。


「いくつ……なんだ?」

「レディーに年を聞くとは、失礼な」


 と言いながらも、


「十一歳。小学五年生」


 と答えた。

 上ではなくて、下だった。

 背丈も、体重も、声帯も、顔つきも、全てが幼くなっていた。


「小学生だったのか……」


 子どもっぽいと思う時はあった。だけど、本当に子どもであるとは思わなかった。アイリスの印象がガラッと変わる。逆転してしまう。彼女は見た目以上に賢くて、大人びた性格をしている。


「不登校やってるけどね」


 だから平日の午前午後という時間帯でも平気でエムストラーンに入り浸り、廃人のような生活を送っていたというわけか。


「君には色々と謝らなくてはいけないな。この場で土下座をしたいぐらいだ」


 土下座ではすまない。

 俺は小学生の少女に、危険な目にあわせていたのだから。

 しかも、ヒモになる所だったという最悪ぶりだ。


「倒すまで会わなくて正解だったでしょ?」

「俺としては不正解だ」


 小学生と分かっていたなら、アイリスを戦闘に参加させることは絶対にしなかった。


「だから正解」


 あどけない笑みを見せる。


「大変だったんだから。ヴェーダの剣を作るのを間に合わせるために、わたし、モグッポの鍛冶屋で泊まってたじゃない。家にわたしがいないのバレちゃって、大騒ぎになってた。帰ってきてみたら、どこいってたんだーって、ものすっごいことになっていた」


 小学生の子どもが丸一日姿を消していたんだ。

 そりゃ、パニックになる。


「それは申し訳なかった」

「ほんとよ。普段は放置気味で、向こうにいても気付きもしないのに、こういう時に限って、なんでよ、って感じ」

「平気だったのか?」

「平気じゃなかったんじゃない。それで、わたしがしょっちゅう家から抜け出していることバレちゃってさ。おまえはどこにいたんだーっ、って。この一週間はエムストラーンどころか、外に出ることすらできなかったんだから」

「俺が直接、謝罪にいきたいところだが、やめといたほうが良さそうだな」


 説明したところで理解されまい。誘拐犯扱いされてしまう。


「逮捕されるもんね。彼氏の家に泊まってたって誤魔化したから尚更」

「それ、誤魔化せてないだろ」

「大丈夫よ。わたしの27歳の彼氏は、過去の女にトラウマあって勃たなかったと言っといたから」

「おい」

「そしたら大爆笑したのよね、クソ以下な奴に」

「クソ以下って……」

「まさかわたしを庇ってくれるとは思わなかったなあ。おかげで助かったけど」

「だれのことだよ?」

「一応は、私の父親をやっている生き物のこと」

「自分の父親をクソいうな」


 父親を相当嫌っているようだ。


「小学生のわたしに、孕ますまで女の喜び教えてやるって言ってた人がよく言う」

「……ぐっ」


 そう言われると何も言えなくなる。

 知らなかったとはいえ、俺は小学生相手に最低なことばかり口にしていた。


「初潮まだだけど、子作りする?」

「すみませんでした」

「別にいいのに。忘れられない初体験にしてくれるんでしょ?」

「ほんとすみませんでした」

「女の喜びってどんなのか、わたし楽しみにしてたんだけどなあ」

「泣きたくなるから、これ以上はやめてくれ」


 過去の自分の首を絞めたい気分だ。


「やめてあげない」


 アイリスは俺の腕を組んできた。


「おい」

「サービスよ、ロリコン」

「残念だったな。俺は年上が好みなんだ」

「お巡りさんが声かけてきても、庇ってあげないから」

「助けろよ、マジでヤバイ」

「ふふっ、どうしよっかなー」


 本来の姿を知った時の俺の反応を楽しみにしてたのだろう。からかい通しだった。


「すでにヤバいかも」

「え?」

「うちのクソって、お巡りやっているし。謹慎が解けた娘が初めて外に出たんだもん。尾行してるかも。バレてたら、ヤバイ、ヤバイ」


 直ぐに、ある人物の顔が浮かんできた。


「なあ、アイリスの本当の名前は?」

鶫山愛利つぐみやまあいり


 愛利だからアイリスか。

 それに鶫山。

 珍しい名字だ。偶然ということはないだろう。

 そのタイミングで携帯が振動した。見覚えのない番号だったが、誰であるかは想像がついた。


『よう、一吹さん。俺の愛娘に会ったようだな』


 鶫山警部だった。

 やっぱり、娘だったのか……。

 どうりで、エルザさんがアイリスを見た時に、あんなに驚いたわけだ。それに、ダークドクロを倒しに行った日、俺たちをみてホッとしていたのも、家出をしていた娘の無事を知ったからだ。

 鶫山警部が協力してくれたのは俺のためではない。娘の愛利を守るためだ。だから、ハリーの正体が総理大臣であり、彼の身に危険をさらすことになろうとも、紹介するしかなかった。


『手を出したら殺す。それと、俺のことはナイショだぜ』


 俺が返事をする前に通話は切れた。


「なに?」


 俺は携帯をポケットにしまう。


「親の心、子知らずだな」

「わけわかんない」


 苦笑した。

 鶫山警部は、自分が娘に嫌われているから、俺に任せようとしているのだろう。

 本人は嫌がるだろうけど、愛利には保護者が必要だ。

 その役を引き受けよう。


「学校いってないんだろ。家庭教師はいるのか?」

「いない」

「じゃあ、俺が教えるよ」

「嫌」

「そういうなって、俺が塾講師の経験があると言ったら反応してただろ。それを頼むつもりだったんじゃないのか?」

「…………」


 なにも言わないということは、認めたということだ。


「今日は嫌。やっと自由になれたんだもん」

「分かってる。せっかくのデートだし、羽目を外そうぜ」

「どこにいくの?」


 歩き出した俺に、アイリスは聞いた。


「この辺り、ぶらっとするか」

「それが大人のデート?」

「デートに大人も子どもないさ。一緒にいるのが目的だからな」

「プラン立ててると思ったのに」

「そういうの上手い奴は信用しないほうがいいぞ。遊び慣れている奴は、女も遊びとしか思ってないからな」

「ふーん」

「まっ、適当に映画を観て、ショッピングをして、お腹が空いてきたらちょっと贅沢な食事でもするか」

「まあ、いいけど」


 興味なさそうに言った。


「どんな映画が好きなんだ?」

「さあ、映画なんてあんまり見ないし」

「他のにするか。水族館、プラネタリウムは?」

「エムストラーンのほうが幻想的でしょ」

「なにが好きなんだ?」

「エムストラーン」

「危険な場所だ」

「だからこそ、いいの」

「今日、死ぬかもしれないんだ」

「でも、わたしたちは生きてる」


 愛利は笑った。


「でしょ?」


 いくら説得しても無駄なことだ。

 エムストラーンに行きたくてウズウズしている。

 俺だって同じだ。地球のどこよりも刺激的であるエムストラーンの魅力に取りつかれてしまっている。

 ダークドクロの件は始まりに過ぎない。

 エムストラーンに行くかぎり、さらなる危険が待ち構えている。今まで以上に高レベルなバイラスビーストと戦うことになるし、これまで以上の厄介ごとに巻き込まれることだってある。

 新たな仲間との出会い。その仲間を失うかもしれない。

 命がいくつあっても足りない。

 俺が今、生きているのは奇跡のようなものだ。

 次は助からないかもしれない。

 それが分かっていようとも、俺たちは異世界の誘惑から逃れられない。

 エムストラーンへの扉が閉まるか、命が尽きるまで、ずっとだ。

 ある意味、麻薬よりも危険だ。

 だからこそセーラは、地球での生活を大切にしろと、何度も念を押しているのだろう。


「行き先は異世界転送機だな」

「うん、セーラに会いたいし。欲しい素材があるのよね」

「それじゃあ、ちょっくら異世界で稼いでくるか」

「りょーかい」


 そう。

 だからちょっくらだ。

 俺が廃人にならないためにも。アイリスを廃人から脱させるためにも。

 大切なことだ。

 俺たちは、路地裏にあったエムストラーンへと繋ぐ異世界転送機にエムデバイスをタッチした。


「エムストラーンへようこそっス!」



 一巻 完


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