2・嘘……だろ……


 久しぶりの電車だ。

 女とデートするのはもっと久しぶりだ。

 普段は転送機で運賃を浮かせ、時間を短縮していたけど、待ち合わせは異世界転送機で一度も来たことのない、都心部の人の賑わいで激しい場所だった。

 人間嫌いの彼女がそんな場所を選ぶとは意外であった。

 理由を聞けばなんてことない。

 その近くに住んでいるだけだった。

 改札を抜ける前に、駅構内にある1000円カットに入った。半年間も伸び放題だったロン毛に近かった髪を、バッサリと切ってもらう。

 財布の中身がますます貧しくなったけど、やっとのことで、金欠を救済してくれる救いの手からの連絡が来たんだ。

 それに、地球では彼女とは初対面。

 どんな年齢なのか。

 ブサイクなのか。

 美少女なのか。

 彼女の本当の姿が分かるのだ。

 楽しみである反面、怖くもあった。

 少なくとも、異性なのは分かっている。

 身だしなみはしっかりしておきたい。

 胸ポケットの付いた白のベーシックシャツに深緑色のナポレオンベスト、数回しか着ていないジーンズと、家にある衣服の中ではマシなものを選んだ。

 ベストは、空凪が選んだやつだ。

 苦い記憶が甦るので、押し入れの奥深くに隠してきていた。それを、一年半ぶりに引っ張りだした。

 痛んではいなかったが、埃のにおいが微かにする。

 着れないことはない。他の服と比べたらマシだ。着てみてもトラウマを感じることはなかった。

 心の傷は順調に回復していっている。

 そのことが嬉しかった。


「おおっ、一吹さんじゃねぇか」


 南口の改札に続く通路を歩いていたら、男の人が寄ってきて、がっしりと俺の肩を組んできた。


「奇遇だな、こんな所で会うとはビックリだ」


 鶫山警部だ。

 素人の演技のように棒読みなのは、偶然でないことを隠す気がないからだろう。


「俺のこと尾行してました?」


 家を出てから電車を降りるまでずっと、跡を付けていたのだろうか。


「いや、勤務中だ」


 ガムを噛んでいるようで、口の中をクチャクチャとさせていた。


「その勤務で俺のことをつけてきたのかと」

「人聞き悪い。凶悪犯を追っている時に、たまたまあんたを見つけたから声をかけたんだ」

「凶悪犯?」

「あいつだ」


 先に歩いているサラリーマンを指さした。


「なにをしたんだ?」

「小学生のガキと乳繰ろうとしてやがる」

「そりゃ凶悪犯だ」

「まったくな、殺してやりてぇぜ」


 鶫山警部は、俺の体に密着してくる。


「受取れ」


 分厚い封筒を俺の胸に押しつけた。


「なんだ、これ?」


 手に取ると、鶫山警部は組んでいた肩を離す。

 封を開けてみると、一万円札がびっしりと入っていた。


「腕利きのガンマンから、一吹さんに渡すよう頼まれたんだ」

「ハリーが……」

「ユニークビースト倒したんだろ?」

「そうだった。彼を紹介してくれてありがとうございました。お陰で、佐竹の仇を取れた」

「いいってことよ。あの人がな、賞金はいらんから、おまえに返すとのことだ」


 俺は、通路から外れて、壁を前にしてこっそりと数えていく。


「こんなに……?」


 20万どころか倍以上も入っていた。

 ダークドクロの賞金よりも多い。


「50万あるぜ」


 受け取れないという顔が出ていたようだ。


「貰っとけ。いらんと返しても、あの人は突っ張るぜ。どっちもいらんとなると、俺の小遣いになっちまうってわけだ。うん、やっぱ返せ。俺のものにする」


 警部は手を出してきた。


「ありがたくいただいておきます」

「それでいい。こっちは残念だがな」


 笑って手を引っ込める。


「ハリーさんにありがとうございます、と伝えてください」

「おう。といっても、これから忙しくなる人だから、次に会えるのはいつになることやら……」


 彼は待合所を見つけると、いそいそとベンチに座った。


「時間は平気か?」

「ああ、約束の時間より、一時間も早い」


 時間は十分にあった。

 それに彼女のことだ。表でもいつも通り、遅刻してやってくるだろう。

 それまでは暇なことだし、暫くは警部に付き合うことにした。


「コーヒー飲むか?」


 おごるぜ、と近くにあるスターバックスを指さす。

 首を横に振ると、じゃあ俺もいいやと、壁にかかった大型テレビを眺める。

 伊藤三郎総理が映っていた。

 生中継だ。


『景気回復は道半ばであります。まずは景気。それが最優先の課題であります。今回の総選挙では、国民の皆様にそれ意外の、三つのお約束をいたします。まず1つ目は……』


 衆議院解散をして、首相官邸で記者会見を開いている所だった。


「そういや、あの人から伝言があった」


 警部はテレビをみて、思い出したように言った。


「てめぇのお陰で踏ん切りがついた。感謝するとのことだ」

「なにか、決断しかねていることがあったのかな?」

「なにいってんだ。目の前でやってるじゃねぇか」

「え?」

「おいおい、気付いてねぇのかよ」


 怪訝とする俺に、警部が呆れていた。


「あー、そうだ。一吹さんにはフレンドのシークレット部分を解除したとのことだ。見てみろよ」


 俺は携帯を取り出す。ここは通信が届かないようで、セーラが現れることはなかった。

 エムストラーンのアプリを見ると、


 ID 110312××


 だけだった、ハリーのステータスが公開されていた。


職業 :原獣使い(闇)

レベル :23


 闇属性だったようだ。

 レベルは相当高い。彼がというよりヴェーレムのレベルなのだろうけど、ハリーのようなベテランでも23止まりであるとも言えた。



 そして、名前は……


 サブロウイトウ


 聞いたことのある名前だった。

 鶫山警部の言う通りだ。

 その名前の持ち主はいま、俺の目の前にいる。


「ま、まさか……」


 俺は、テレビを見て唖然とする。


『ある一人の若者が無謀も勇気の一つだ。男は無謀と分かっていようとも、成し遂げなくてはならないことがあると、仰っておりました。そして彼は、その無謀な事をやりとげて勇気にしてしまったのです。私は感銘を受けました。若者の底力。私はそれを確信しております。彼ら、彼女ら若者たちに希望を与えるためにも……』


 伊藤三郎総理の口から、俺が言った覚えのある言葉が聞えてきた。

 だみ声で演説をしながら、顎を指でさすっている。

 話し方といい、癖といい、ハリーそっくりだ。


「嘘……だろ……」


 俺はテレビを指さした。

 あまりの予想外の人物に、手が震えてしまっている。


「やっと分かったか。ハリーさんは、表も裏も同じ顔してるんだぜ。まあ、ちょっぴり若返っているけどな」


 ちょっぴりどころじゃない。

 たしか総理は七十代。

 髪を黒く染めて、年齢よりも若く見えるが、老いは隠せていない。

 ハリーの姿は、それより三十歳は若返っている。

 どこかで見た顔ではあったが、まさか若き日の伊藤総理の姿だったとは……。


「一吹さんの無謀に勇気を貰ったようだぜ。おめぇさんは、ちったぁ、日本を動かしたってことよ」


 政府が関わっているのは知っていたけど、日本のトップ自らがエムストラーンに来ていたとは思いもしなかった。

 しかも、かなりの数のバイラスビーストを倒してきているベテランだ。

 どうりでエルザの酒場ではVIP扱いで、別室で食事をしていたわけだ。

 あのときは、バイラスビーストを倒しにではなく、息抜きに食事をしに来ていただけだったのだろう。

 なのに、俺の頼みを引き受けて、命がけで一緒に戦ってくれた。


「選挙、いかなきゃな」


 それが彼への礼になる。


「よく、国のトップを紹介できたな」


 倒すべき相手が相手だ。

 最悪、首相公邸に総理大臣の死体が発見される可能性があった。

 総理の自殺だ。

 そうなった時の日本のダメージは計り知れない。


「したくなかったわ。だが、他にこれという奴はいなかった。大体、アンタがな、命より大切な……まぁ、なんだ。一吹さんを死なせたくなかったんだ」


 背中を平手打ちする。恨みを晴らすかのように強烈だった。


「はっは、強敵倒したとはいえ、まだまだ貧相な体付きしてんな」


 俺は、ズキズキとする背中をさする。


「俺、てっきり鶫山警部がハリーと思ってた」


 ハリーと一緒にいて、違うような気がしたけど、その疑いは抜けていなかった。


「おれ、俺が? あの人?」


 きょとんと自分の顔を指さしたあと、


「喋り方とか、けっこう似てたし」


 ヤクザのような威圧感も共通している。


「ぶはははははっ!」


 盛大に笑った。

 そんなに可笑しかったのか、涙まで出ている。


「口が悪いのは似てるかもしれん。あの人の職業が職業だろ? 失言やらなんたらうるさいから、向こうで言いたい放題言っているそうよ。そのノリを表でやっちまって、マスコミが騒ぎ出したこともあるんだけどな。はっはっはっ、なんだ、俺だと思っていたのか。いやぁ、ちげえよ、そうじゃねぇ。できれば、仲間になりたがったが、俺は狩りはろくにしてねぇから、強くねぇんだ」

「イェーガーじゃない?」

「ヘンドラーだ」


 エムストラーンで店を開いているということだ。


「あそこは、タバコと料理のために来ているんでね」


 鶫山警部はタバコを吸う真似をする。


「料理って……」

「いつも食ってるじゃねぇか」


 エルザの酒場の……。


「ナイショだぜ、ボーヤ」


 ウィンクをした。

 エルザではない彼には、似合ってない仕草だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る