7・これがユニークビーストの心臓だ
ダークドクロが残した球を拾おうとしたら、
「イブキっ!」
飛んでやってきたアイリスが俺に抱きついてきた。
「やったやったやったーっ!」
彼女らしからぬはしゃぎようだ。両手を俺の首に回して、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。
「やりましたーっスっ!」
セーラも、俺の顔にひっついてきた。
「おまえもかよっ!」
「だってだって気が気でなかったっス!」
言うなり緊張の糸が切れて、わんわん泣きだした。
「モテモテだねぇ、イブキさん。わけぇっていいもんだ」
苦笑を浮かべたハリーは、ダークドクロの球を取った。
「あ」
ハリーの冷やかしで我に返ったアイリスは、自分が取った行動に驚きながらも、恥ずかしそうに離れていった。
セーラのほうはまったく気にせず、俺に貼り付いて泣きじゃくっている。
耳元での鳴き声なので、耳が痛くなってくる。
「アイリスのおかげだ。ありがとう」
彼女の頭を優しく撫でていく。
「う、うん」
耳まで真っ赤にしながらも、嬉しそうに微笑んでいた。
「おーい、イブキさーん、おれの頭も撫でてくれよ」
といって、冗談だとハリーは笑った。
「ダークドクロをやっつけた……でいいですよね?」
のはずだ。だけど、やっつけたという実感が沸かずにいる。
「安心しろ。確実に奴を仕留めた。もう一回、変身して現れるなんてこともねぇ。お二人とも、良くやった。おまえたちも、よくやった!」
離れた場所にいる、ゼノンとシゲルに向けて言った。
それが合図のように、彼らは手を振りながら、俺たちに近づいてくる。
「若者の底力って奴だ。無謀だがでけぇことをやり遂げる希望がある。おれはそういうの好きなんだ。自分が若返った気分だわ、いい心地だぜ」
顎を撫でてから、ハリーは手を出した。
「ありがとうございます」
ハリーの手を握った。
最初は懐疑心があった。一緒に戦ってみると報酬以上の活躍だった。彼からは色々と学びたいものだ。
「こっちこそ礼を言うぜ。イブキさんのおかげで、覚悟ができた」
力強い手だった。
「イチローさん、怪我してるけど大丈夫っスか?」
「平気だ。ツバをつけとけば治るさ」
「ケアヒール」
アイリスは試しにヴェーレムの傷口に回復魔法を唱える。
ヴェーレムにとって鎧は皮膚のようなものなのだろうか。戦闘でできた細かな傷が、綺麗になっていく。
「あ、回復魔法効くんだ、へぇ、金属なのに不思議。イチロー、お疲れ様」
ヴェーレムは心地よさそうに鳴いている。鯨のような鳴き声だった。
「おう、アイリスちゃん。魔法力回復する薬くれないか? ゼロ状態で、ふらふらなんだ」
「最後の一本。足りて良かった」
ビンを投げた。
ハリーは鼻をつまんで、一気に飲んでいく。
「それって美味いっスか?」
美味ければ飲んでみたいって顔をしていた。
「最悪にマズイ。なんつーか、精液に似た味だ」
飲んだことあるのだろうか。
「男の俺はダメだが、女なら、病みつきになるんじゃねぇか。飲みたいなら、これよりも、イブキさんのを飛ばして飲んだほうがいいぜ」
「飲むかっ!」
「知りたくなかった……」
今回の戦いで十本近く飲んでいたアイリスは、吐き出したいと、しゃがみ込んでしまった。
「そういや、周囲のドクロは片付いているようだな」
周囲を見回すと、ドクロの姿は消えて無くなっていた。
「ドクロは、大きい奴を倒したら、みんな消えていなくなったよ」
こちらにやってきたゼノンが言った。
「ククククク、魔界の破壊者を倒しき勇者たちよ、闇或る世界に光を与えたその活躍、褒めてつかわす」
「ナッシュさん、通信のときは普通なのに、なんで口で喋るとこうなんっスかねぇ……。ゼノンさんの趣味っスか?」
「僕の影響ではないよ。シゲルと喋っているうちに、こうなった」
と、シゲルを指さした。
「俺関係ねぇよ」
「中学生の頃のシゲルの厨二病ぶりは凄かったなあ。あの黙示録ノートは未だ伝説だ」
「クククク、太眉毛の筋肉魂自作の魔術書に我の魂は心を奪われたぞ」
「ああああ、俺の黒歴史がこんな形でぇぇぇーっ!」
頭を抱えていた。
「ところで、君たちは付き合っているのかい?」
ゼノンは、俺とアイリスのことを聞いた。
「ない」
「付き合うかは、表のアイリス次第だな」
少なくとも、空凪のように俺を裏切ったりはしないだろう。
俺の想像通りの年齢なら、実際の姿はどうあれ、前向きに考えたいところだ。
「はぁ」
んな俺の思惑に、呆れたように溜息をついて。
「という関係」
とアイリスは言った。
「なるほど。僕さ、男になって男と付き会うのに憧れていたんだ。フリーなら、この子よりも、どうだい? 僕といい関係にならないかい?」
「イブキさんモテ期到来っスっ!」
「俺は男に興味ないので、遠慮する」
「中身は女だよ」
隠すことなく言った。
「付き合いたいのは男としてなんだろ。そっちの趣味はないからやめとく」
「そいつは残念だ。イブキくんは絶対に受けだと思うんだけどなあ」
「ケッ、腐女子の地味女なんか、誰も欲しがらないさ。一生独身でいろ」
「シゲルと付き合ってるんじゃないのか?」
「はぁっ! なんで俺がこいつとっ!」
「シゲルはダメ。女だから」
女だったのか……。
見た目が筋肉ムキムキの男だけに、実際はどんな姿をしているのか、ゼノン以上に気になるところだった。
「男と男がアリなら、女と女もアリなんじゃないっスか?」
「それはない」
キッパリだった。
パチパチパチパチパチパチ。
「みんなお疲れ様。イブキくん、すばらし戦いだった」
手を叩きながら、久保さんがやってくる。
「俺は役に立ってません。ここにいるみんなの協力があったから、倒すことができました」
「自分を誇っていい。正直言うと、本当に倒すとは思っていなかった。それを、君はやり遂げたんだ」
と再び拍手をする。
「ジョーンズ教授。ラスボスのような登場になってますよ」
「あるある。実はガイコツを倒した時に出てきた球が、エムストラーンを征服する力があって、それを狙ってたってオチ」
「もし、この世界を征服したとしても、やることがいっぱいだ。苦労が絶えないだろうな」
「問題山積みだ。むしろ征服してほしいぐらいだわ」
ハリーが笑った。
「おや、あなたは……」
ハリーをみて、目を大きくしていた。
「そうか、そういうことでしたか。私はS大学で考古学を教えている久保武則といいます。お会いできて光栄です」
久保さんは恐縮としていた。
「あんた、気付いちまったか。ここにいる若造は気付いちゃいないけどな」
ニヤニヤと顎をさすっていく。
「かしこまんでいい。この世界に上下関係はねぇ。だからおれは、この世界が好きなんだ。おれがおれでいられるからな。口の悪さも問題にならねぇ」
「その球体は、ダークドクロから出てきたものですか?」
ハリーが手に持つ球を示した。
「ああ、そうだ。これがユニークビーストの心臓だ」
「名称は?」
「ねぇな、これについては、実はよく分かっちゃいないんだ。ビーストハートとでも名付けとくかねぇ」
「ダークドクロを倒したことで、分かったことがあります」
久保さんは言った。
「ユニークビーストは、区域ごとに一体ずつ棲息しています」
「ああ、そうだ。いないのは既に倒された区域だ」
「ユニークビーストがいなくなった区域は、バイラスビーストが弱体化する。さっきのドクロのように、増殖するバイラスビーストは消えていなくなる。もしかすれば、この砂漠地帯に緑をもたらすことが出来るかも知れない」
「つまり、エムストラーンを救うには、ユニークビーストを倒していけばいいと?」
と俺は言った。
「その通り」
久保さんは頷いた。
「だが、簡単な話じゃねぇ。さっきの奴だけで、どんだけ苦労したか分かるだろ。おれ、イブキさん、アイリスちゃん、ナビたちに、ホモ二人、久保さんが揃って、やっと倒せたんだ」
ホモじゃない!と、二人同時にツッコんでいた。
「ええ、希望はあるにはある。だけど、エムストラーンにいる全てのユニークビーストを倒すことは、並大抵なことではない」
「何匹いるかもわかってねぇからな。俺が知る限りでは、20匹以上はいる。倒したのは8匹だ」
たった8匹か……。
だからこそ、ユニークビーストについての情報があまりないのだろう。
ハリーは、その内の何匹かを倒している口ぶりだった。
「俺が片っ端から倒してやると言いたいが、借金が一億あっても足りそうにないな」
金を稼ぐどころか、失う一方となりそうだ。
「スロットを使ったんだっけ? どんだけ借金したんだ」
「30万以上」
「それはそれは」
後悔はしていない。だからこそ、ダークドクロを倒せた。
佐竹の仇を取ることができたんだ。
30万でも安いぐらいだ。
それで佐竹が帰ってくることがないのは分かっている。だけど、佐竹のために何かをしたという達成感はあった。
「その球はどうするの?」
アイリスがハリーに聞いた。
「ん、これか? 欲しいのか?」
ザムラーの血が騒ぐのか、こくんと頷いた。
「私も欲しいな。それがなんなのか興味がある。調べてみたい」
普通ならば、久保さんに預けるのがいいのかもしれない。
だが、
「ダメだ」
ハリーは断った。
「あんたらが信用できないとかじゃねぇ。危険なんだ。放っておけば、ダークドクロが、いや、まったく違ったユニークビーストが誕生しちまう恐れがある。それは、さっきよりも強いバケモノとなるかもしれん。取っておくモンじゃねぇんだよ。だからさっさと、壊しちまうんだ」
「どうやって、壊すわけ?」
とアイリスは聞いた。
「ん、まあ、人の手じゃ無理だな。鍛冶屋のモグッポにやらせている。それでも、完全に消すことはできねぇんだよな」
「それなら、うちに任せるっス! いいっスよね! いいっスよね! イブキさんがやっつけたんだから、うちのものっス。ルルさんは次のときに差し上げるっス」
セーラは目を輝かせている。そして、俺たちではなく、ルルとナッシュに聞いていた。
「いいが、どうする気だ?」
「こうするっスよ!」
セーラは、ダークドクロの球を取った。
「いっただっきまーすっ!」
大きく口を開けて、その球を丸呑みした。
セーラのお腹が妊娠したように大きく膨らんだ。
ボムっ!
破裂したような音がして、膨らんでいたお腹が元通りになる。
「大丈夫なのか?」
ナビを除く全員が呆気となっている。
「平気っスよ。実はこのユニークビーストのタマちゃんは、妖精たちではボムボムと呼んばれてたっス。ちきゅーさんでいう炭酸っスか? バチバチって弾けてめっちゃ美味しいんですよ。平和だった時代に、ファドラさんがお土産に持ってきてくれてたんです。そのときはユニークビーストから取られたものとは知らなかったっスけどね。バチバチは妖精たちの好物ですよ、いやあ、覚えて無くても、そういうの、本能で分かるんですねぇ。懐かしい味だったっス!」
久々に食べれたと大喜びだ。
「なるほど。ナビは、そのためにもおれたちと同行してたのか」
「ファドラも、このようにバイナスビーストから派生した球体を処理させてたのでしょうね」
「ナビを連れてなかったから、気付かなかったわ」
過去になにかあったのか、悔しそうにしている。
「クククク、愚かなる異界の者どもよ。食と金に強欲で多弁な小鬼と倦厭し我ら妖精が、偉大なる存在であることを思い知ったようだな。悔い改め、我らを神の如く崇めるがよいぞ」
調子に乗るな、とシゲルが小突くも、
「その通りだ。妖精がいかにおれたちに必要な存在か思い知られたわ」
とハリーは同意していた。
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