6・こういう熱い展開、憧れてたんだ
「気を抜くんじゃねぇ。戦いは終わっちゃいないんだ。むしろ、こっからが本番だ」
ハリーの言う通りだ。気の緩みがチャンスをピンチに変える。最悪の結果を招くこともある。
シャアナはそれでやられてしまった。悔やんでも悔やみきれないことだ。
相手を追い詰めた時ほど危険なことはない。ピンチの時ほど暴挙な行動に出て、死に物狂いで追い上げようとしてくるからだ。それは、サッカーの時に嫌でも学んでいる。
ダークドクロは頭部を失い、五感を失っている。
相撲取りのように押し出して、拳を打ってくるヴェーレムに対して、二本の太刀を勘を頼りに大振りにぶつけていく。
ヴェーレムの全身を覆った鎧は、石膏のような白さがある。エムストラーン下にいる巨像と同じオリハルコンではなさそうだ。耐久性は低いようで、攻撃を食らうたびに、擦り傷や細かな破片が落ちていっている。
力勝負ではヴェーレムのほうが強い。
だが、力士が格闘技にチャレンジするような戦い方だった。突き出すパワーは圧倒的なものの、ノックアウトさせる決定打はなかった。
スピード、破壊力はダークドクロが勝っている。
頭を失ったハンデがなければ、ダークドクロの一方的な戦いとなっていた。
それが分かっているからこそハリーは、ヴェーレムの存在を伏せて、ここぞというチャンスで攻撃させたのだろう。
俺たちに前もって伝えて欲しかった不満はあるが、彼の戦略は成功している。
だが、その後が無かった。
ボキっ!
嫌な音がした。
ヴェーレムは、乱撃に刀を振り回していたダークドクロの一打をモロに食らっていた。
「フォゥゥゥゥゥーーっ!」
ノックアウトこそしなかったが、痛みによる悲鳴を上げていた。
「イチローさん無事っスか!」
「んな、やわな奴なら、おれのパートナーになっちゃいねぇよ。あいつとはなげぇこと修羅場をくぐり抜けてきてんだからな。このぐらい屁でも……あるかな、ウンコがちょっぴり出たぐらいのものだ」
「例え、下品っス!」
ハリーは銃を撃ちまくって、ヴェーレムを守っていく。
「残念。後はイチローにお任せって訳にはいかないようね」
アイリスは杖をヴェーレムの方へ向けた。
「テレポ……は無理ね。重い。ケルヒール!」
ダークドクロに向けて回復魔法を唱えた。何か得体の知れないものが来たと感知したようだ。攻撃しかけた、ダークドクロの動きが止まり、両腕で胴体を守っていく。
「ハリーの冒険談を聞いてみたいものだ」
俺も加勢に入った。ダークドクロの下に来て、隙だらけとなっている膝を狙った。
右足がガクンと崩れかけた。もう一撃は、キックが来たので無理だった。俺は後ろへと下がっていく。
ダークドクロは、俺がさっきいた場所に向けて、太刀をぶつけていく。頭を失ったことで、滅茶苦茶な動きになっていた。
「丸一日語っても足りないぐらいだ。また会う日があったら、いくらでも喋ってやる」
「その日を歓迎したい」
「おう。お二人さん、今度ゆっくりと酒飲もうじゃねぇか」
「アルコールがダメでよければ」
「未成年でよければ」
「大食いでもよければっス!」
「かまわんぜ。っと、動きが変わったな」
ダークドクロは、両手にあった剣を砂漠に突き刺した。
風を起こすかのように、両手を下から上に振った。
俺たちの周辺から、剣と盾をもったガイコツがにょきっと現れていった。
バイラスビーストのドクロだ。
「こいつ、俺たちが近寄ってくるのを待っていたのか!」
その通りだと答えるように、ドクロたちは、カタカタカタカタと笑った。
数は多い。
十体。
いや、二十はいるかもしれない。
囲まれてしまった。
一斉に、俺たちを襲ってきた。
「くっ!」
ドクロの剣を、俺は剣でガードをする。
「アイリス。俺の背中にいろ!」
アイリスがいるんだ。守ることで精一杯だった。
俺たちは、後ろに下がっていく。
ダークドクロは、再び太刀を取っていた。
見えないためだろう。気配がする方向に、闇雲に振っている。
それが、俺たちではなく、仲間であるドクロにヒットしていた。
ドクロの骨がボロボロとなっていた。
「バカめっ!」
俺は、ダメージを受けたドクロを斬りつけようとした。
「ダメっス!」
セーラの叫んだ。
「罠っス! イブキさんアイリスさん、ドクロを倒しちゃいけません!」
ストップした。ドクロの顔スレスレだった。左手の盾を出して、こめかみの箇所を叩きつけた。足がボロボロだったドクロは、転んでいったが、やっつけてはいない。
「どうしてだっ!」
「ドクロを倒せば、スロット効果が切れてしまいます!」
「くそっ、それが狙いかっ!」
ドクロに攻撃したのは目が見えないからじゃない。
わざとだ。
「バイラスビーストがなんでスロットのことを知っているわけ!」
「スロット自体は知らないはずです。でも、ユリーシャの加護で、ちきゅーさんが強くなっていることを感じ取っているんです。一体を倒せば、その加護の力が弱くなることも、彼らは把握しているんだと思います!」
「んじゃあ、どうすればいい!」
倒すわけにはいかない。だけど、倒さなければ道を切り開くことができない。
俺の武器と、アイリスの魔法で守りに入るしかなかった。
「くそっ、数が多すぎる。おれの銃だけじゃ、限界だ」
ハリーは、銃でドクロたちを撃っていく。
倒すことができても、また次が現れる。
きりが無かった。
「ハリーのスロットは?」
「すでに切れてるわ。こっちは気にすんな」
だが、自分に襲ってくるドクロを、近寄らせないようにするのが限界だ。
俺たちや、ヴェーレムを援護する余裕はなかった。
「いっそ、ドクロを倒してレベルを戻したほうがいいかもしれない」
「ドクロはそれでなんとかなる。だけど、レベルが下がっても、ダークドクロを倒せるわけ?」
仕切り直す気? とアイリスは横目でちらっと俺を見る。
「思わない。それでも、守り続けるより、攻撃したほうがマシだろ」
「今の状況じゃあ、どっちみち、私たちは死ぬ。ゲームオーバー」
アイリスは恐怖心なく冷静に言った。
「なにがあっても、アイリスを死なせない」
「ひとりじゃ寂しいでしょ。一緒に死んであげる」
「そうなったら、向こうでは心中したカップルのように見えるのかな?」
「さあね」
ダークドクロは、ヴェーレムを追い詰めていた。
ヴェーレムの体を倒して、格闘技でいうマウントポジションになっている。ドクロの太刀が、ヴェーレムの顔を斬り込んで、鎧を剥がそうとしていた。
「目が見えないのは、演技だったんだな」
チャンスだと思っていた。それは逆だった。ダークドクロの策にハマッて、あっさりと絶体絶命の状況になってしまった。
強いだけでなく、知恵も回る最悪な敵だ。
「あいつ、どっから見ているのよ?」
「うじゃうじゃしているドクロが、目の代わりをしているんじゃないか?」
「つまり、あの大きなのと小さな子分は一心同体ってわけね」
ドクロたちの動きまでコントロールしているかは分からないが、その可能性が高そうだ。
アイリスの杖先の光が消えかかっている。
「こんな時に……」
アイリスは、ビンを取り出して、紫色をした液体を飲んでいく。魔法力を回復できるが、とてつもなくまずいらしい。
「おれにもくれ」
アイリスは、ハリーにビンを投げた。
「はぁ、いくらあっても足りないわね」
「本体を倒さない限りは」
「このピンチをどうやって切り抜けるのかしら?」
アイリスは砂漠の向こうを見ながら言った。
その方向に、黒い影が二つ見えた。それが近づいてきている。
「ドラマでよくある展開が待っているんだろ」
「安易な。私、こういう展開って嫌い」
「助かるなら、なんだっていいさ」
風が来た。
俺たちを囲んでいたドクロたちが吹き飛ばされそうになる。
そして、バタバタと倒れていった。
「クククク、死神に魂を預けし挑戦者どもよ、酔狂なる我が下僕が女神の祝福を届けに来たぞ」
ゼノンのナビであるナッシュが俺たちの前に来る。
「要するに、ピンチだから駆け付けにきたということだよ。ジョーンズ教授の反対をスルーしてね。ところで、一体僕がいつ、ナッシュの下僕になったのかな?」
「クククク、我が名をナッシュと命名し時に、我が下僕となる契約を交わしたのだ。っく、なぜ我に白銀のエターナルソードを当ようとする!」
「おっと失礼。ドクロと見間違えた」
ゼノンの武器はレイピアだった。
細長くも強度はあるようだ。ドクロの剣をたやすくかわして、盾の隙間からレイピアの先端を突き刺していく。
風属性だからか、素早い身のこなしだ。
「ナッシュなんてさっさと縁を切っちまえよ。こいつの喋り、虫唾が走るわ」
助っ人がもう一人。
ボディービルダーのようにガタイの良い上半身裸の男だ。何十キロとありそうな銅の色をした大斧を武器にしている。
それを豪快に振り回して、ドクロたちを砕いていく。
「相変わらず野蛮に戦うなあ。スマートにできないのかい?」
「腐った女がなにを言っている」
「ひっどいなあ、僕は男だよ。君と同じく、ね。彼の名は、ひとふで眉毛くん。ちなみにくんまでが名前なんだ」
ゼノンが紹介をする。
「よろしく。いつものハンドルネームで登録しちまって、ものすっごく後悔してる筋肉バカだ。みんな、シゲルと呼んでるから、そっちで呼んでくれ」
シゲルが本名なのだろうか。
「シゲル、ゼノン、助けてくれて感謝する。君たちが来なかったら、本気でヤバかった」
「気にしないで。こういう熱い展開、憧れてたんだ」
「チビガイコツは俺たちに任せて、あいつのほうをやっちまえ」
「ああ」
アイリスに目線を送ると、分かっているとコクンと頷いた。
「イブキくん、ジョーンズ教授からの伝言」
「やつらに聞えないように喋ってくれ」
バイラスビーストが俺たちの言語を理解できるかは不明だが、ドクロのいる場所で喋っている内容が筒抜けの可能性があった。
ゼノンは、シゲルに守られながら、俺の傍にやってくる。
「ダークドクロは人間でいう心臓の箇所に弱点がある、とのことだ」
「どうやって見つけた?」
「ダークドクロがダメージを受けたとき、胸元をガードしていた。それでジョーンズ教授が確信を持ったんだ」
顔が離れた。
「ヴェーレムを助ける。ゼノンとシゲルは、俺とアイリスをドクロから守ってくれ」
「りょーかい」
ゼノンは、男に慣れてないのか、頬が赤くなっていた。見た目は男でも、女性っぽい表情だ。中性的なので、気味悪いとは思わなかった。
「なんだって?」
俺は親指で心臓部を示した。
「なるほど」
直ぐに把握した。
俺たちは、ヴェーレムとダークドクロが戦っている方向へと走っていく。
斬りつけてくるドクロたちを、ゼノンの風魔法と、シゲルの大斧によって動きを封じてくれていた。
ありがたい。
「アイリスっ!」
「テレポート!」
号令と同時に、俺は瞬間移動する。
瞬時に現れたのは、仰向けに倒れたヴェーレムの胸部分だ。
ダークドクロの太刀がヴェーレムに向けて振り下ろされる瞬間だった。
ヴェーダの剣をぶつけた。刃の位置がズレた。
奴が動揺したのが分かった。
やはりだ。
ドクロが目の代わりとなっている。
ヴェーレムの上にドクロはいない。周周辺のドクロも、ヴェーレムの体が大きすぎて、俺のことが視界に入っていない。
なにによって攻撃してきたのか、分かっていなかった。
そして、久保さんが言うとおりだ。
ダークドクロは、咄嗟に右下の腕で心臓部を隠した。
そこが弱点であると認めたように……。
「ケアヒールっ!」
巨大な青白い光がダークドクロを包んでいった。魔法力をありったけに使ったようだ。今までの中で、尤も大きな光だった。
ダークドクロは体を震わせる。口があったなら、大きな悲鳴を上げていただろう。
上半身を藻掻いているが、両腕を動かせなくなっていた。
ヴェーレムの二本の手が、ダークドクロの細い腕をがっしりと掴んでいた。
上部分の二本だけだ。
胸元をガードする右下は、心臓部を守ったままだ。
「おれのこと、忘れちゃいねぇよな?」
ハリーは、ダークドクロの首の上に乗っていた。
「終わりだっ!」
ダッダッダッダッダッダッダッダッ!
ダークドクロの真っ二つに裂けた首元から、真下に向けて銃を連射した。彼もありったけの魔法力を消費させているのだろう。雹のような太い弾丸だった。
ガードが外れた。
あばら骨の隙間から、黒くて丸い球のようなのがあった。それは、巨大な目玉のようにも見える。
「今だっ!」
俺はそれを目掛けて、ヴェーダの剣を突き刺した。
瞬間。
ダークドクロの体が光った。
――――!
音のない爆発。
暖かな空気が襲っただけだ。飛ばされることも、ダメージもなかった。一瞬だけ無重力の状態とあり、視覚、聴覚、触覚、味覚、臭覚、と五感が一切感じない、なにもない世界が広がった。
全てと一体となったような絶頂感。
意識が戻った。
視界が開いて、自分の感覚を取り戻していく。
ダークドクロの姿はなかった。
やっつけた、のか?
カラン……コロコロコロコロ。
十センチほどの黒い球が転がっていた。剣で刺された傷ができていた。
それは、俺の足元で止まった。
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