5・なぜ、こんなところに、ヴェーレムがいるんすか……?
ハラダース レベル6
230000ギルス。
何があったのかは知らないが、賞金金額が1万ギルス上がっていた。殺された数によって、額が上がっていく仕組みなのだろうか。
サーチで『ハラダース』と表示されたバイラスビーストは、五十メートルはありそうな長い胴体をしていた。
久保さんは、巨大生物を丸呑みする前のヘビみたいだと例えていたが、真っ白い皮膚にはタコの吸盤のようなものがびっしりとあり、丸々と太ったタコの足という感じだ。
先端にある顔の部分は、丸い口がぽっかりと空いていた。口を閉ざすことができないようだ。牛をも丸呑みできそうほど大きく、口内に歯は見られなかった。
蟻地獄の中心で身動きせずに獲物を待ち構えていたサラダンスとは違い、ハラダースは大量の砂を飲み込みながら、傾斜した蟻地獄の周りを釣り糸に引っかかった魚のように跳ね回っている。
まるで、中にいる異物を吐き出そうとしているかのようだ。
「あいつがおれたちの獲物か?」
ハリーは葉巻を取り出して、口にくわえた。火の魔法は使えないようで、マッチを使っていた。この世界にもマッチがあるのかと、妙な感心をしてしまった。
「サーチは黄色だ。あの体内にダークドクロがいるのは間違いない」
「バイラスビーストの家にいるひきこもり野郎を、外に引きずり出せばいいんだな」
「これを、ハラダースの、口の中に入れるの、できない? えっと、あなたの銃で」
アイリスは、ビー玉ほどの玉を指先で回している。その中はビリビリとした電気が発している。
「いくら俺の腕がよくたって、ああも暴れてちゃあ、難しいな。そのキンタマを、食わせればいいのか?」
「キン……じゃなくて、ええと、これは破壊玉。というの。えっと、攻撃のアイテムで、ぶつけたら、大爆発が起こるから、気をつけ……気をつけて」
破壊玉は、雷撃の魔法力を封じ込めた玉で、衝撃を与えると大爆発を起こす危険な物だ。
攻撃魔法のないアイリスにとって、唯一の攻撃手段となっている。ただし、破壊力が高い分、高額であるし、素材を揃えるにしても、中々手に入りにくいブツだ。貴重なので、よほどピンチの時にしか使っていない。
「キンタマはいくつあるんだ?」
「2個」
「キンタマじゃねぇか」
「あ、ん……」
ハリーが愉快げに笑うと、アイリスは真っ赤になって、うつむいてしまった。
「おれのキンタマよりかは、使いモンになるだろ。そのタマをおれによこせ」
「どうする気です?」
「プレゼントってのはな、直接渡すものなんだ」
ハリーは、アイリスから破壊玉を受取ると、二丁の銃の中に込めた。
「んじゃ、いってくる」
平然と、蟻地獄の中に足を踏み入れた。
一歩踏むごとに、足が10センチほど砂の中に入っていくが、体が飲まれることはなかった。
ハリーは歩きずらそうに、大股になって、中心部へと降りていく。
「あの人、大丈夫なのか?」
「ダメだったらそれまで。お手並み拝見」
アイリスは冷静だ。
杖を両手に持って、いつでも魔法を使えるようスタンバイしている。
「ジョーンズさんチームからの伝言っス。何か分かったら直ぐ伝えるとのことです」
辺りを見回しても、場所を確認できなかったが、隠れた場所で俺たちのことを見守っているようだ。
「それと、頑張ってください、危ないと思ったら直ぐに逃げて下さい、とのことっス。それは、うちも同じ気持ちです。イブキさん、アイリスさん、倒すことより、生きることを優先にしてください」
「任せて。あなたの大切な人は私が守る」
「アイリスさんも、うちの大切な人ですよ。命を大事にっス」
「あ、ん……うん、大事にする」
そのエールが嬉しかったようだ。緊張気味だった表情が柔らかくなった。
半分ほど降りた所で、ハリーは足を止めた。
砂に飲み込まれないよう、足を上下に動かしながらも、のんびりと葉巻を吹かしている。
ハラダースは、飛び上がって右に方向を変えて砂の中に潜っていき、尻尾まで入り切らない内に姿を現して、左側へと飛び上がって砂に潜っていきと、蟻地獄の周りを、時計回りでグルグルと暴れていた。
そんな状態でも、巣に獲物が入ってきたのは分かるようだ。
ハラダースは天空に昇る竜のように高々と上がっていった。
重力のままに佇立するハリーに向けて降下する。
ハリーは、葉巻を砂に捨てる。
それ以外は何もしなかった。
ハリーはそのまま、ハラダースの口の中に入っていった。
その瞬間。
ドバババァーーーーン!
爆発が起きた。
ハラダースの真ん中の胴体が膨れあがって、割れた風船のように弾けていった。
胴体が真っ二つとなり、内蔵物が飛び散っていく。
さらに爆発が起きた。
ハラダースの顔が吹き飛んだ。
その中からハリーの姿が現れた。粘液で体がベトベトとなっていた。
だが、ダークドクロの姿はなかった。
「ごぅ! よん! さん!」
ハリーは両手で銃を構えている。
銃口は俺たちに向けていた。大声のカウントは俺たちへの合図だ。
「アイリス、逃げろ! 俺が囮になる!」
アイリスは直ぐに把握する。
「にぃ!」
いちを叫ぶ前に、地面がガクン!と盛大に揺れた。
ダークドクロだ。
真下から姿を現した。5メートルはある長い太刀で、俺の体を真っ二つにするべく斬りつけていた。
空振り。
「テレポート!」
剣でガードをする前に、アイリスの魔法で俺は姿を消した。
現れたのは、奴から十メートル真上の所だ。
ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!
ハリーは、連続してダークドクロに銃弾を浴びせる。
体がよろけて、倒れそうになっている。
今だ!
「くらえっ!」
俺は落下しながら、ヴェーダの剣をダークドクロの頭蓋骨に向かって斬りつけた。
動きはダークドクロの方が速かった。
左上の腕を前に動かして、剣を盾にぶつけた。
そして、右下の拳でアッパーカットをしてきた。
「くっ!」
左手の盾で体を守った。衝撃は大きい。二十メートル以上吹き飛ばされていった。
両足で着地をした。
ダメージはない。
ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!
ダークドクロは再び、ハリーの銃の乱射に襲われていった。
何十発と当てようとも、ドクロの骨に傷は付かない。大量のハエに襲われたかのような、うっとうしさしか感じていない。空いた手でブンブンと銃弾を払っている。
「ちっ、ろくに効いちゃいねぇ」
ドクロは体を左に傾けた。よろけたのではなかった。左下の手で地面にあに原獣の化石を掴んでいた。
ハリーに向けて、化石を投げた。
「テレポート!」
ぶつかる前に、アイリスが魔法を唱える。
「おっと、助けられちまったか」
ハリーは、俺の隣に瞬間移動する。
「テレポート!」
さらにアイリスは魔法をかけた。
その相手は俺だ。
ハリーの姿が消えたことで、ダークドクロがキョロキョロと顔を動かしていた。この瞬間がチャンスと判断したようだ。
俺のことを、ダークドクロの背中の上に移動させた。
「アッターレっ!」
攻撃力UPの魔法をさらにかけて。
剣が青い光を発した。
俺はダークドクロの首の骨、頸椎の部分に打撃を与えた。
衝撃はあった。ダークドクロは前屈みとなる。
だが、首の骨は砕けていない。
もう一撃食らわせようとする。
ダメだった。
体に似合わず、ダークドクロの動きは速い。
ダークドクロはすぐさま体勢を整え、俺に向かって太刀を振った。
俺は守りに入った。
ヴェーダの剣でガードをする。さすが頑丈に出来ている剣だけはある。力の差は圧倒的に向こうに軍配が上がるが、押し負けることはなかった。衝撃から身を守ってくれていた。ロングソードならば、今の攻撃で刃が折れて、俺の体は血しぶきを上げただろう。
ダークドクロは体をぐるっと回転をして、勢いのままに斬りつけてきた。
ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!
何十発もの弾が飛んだ。
太刀のある右上部の手に集中して当てていった。剣の軌道がずれた。頭を上を通っていき、髪の毛を擦っただけで済んだ。
もう少しで、首が跳ね飛ぶところだった。
「助かった」
「お互い様だ」
ハリーの銃は、休む暇なく火を吹かせていっている。
ダメージはない。だが、多少の足止めにはなっていた。
うざったくなったのだろう。
ダークドクロは襲いかかろうとはせず、後方に軽くジャンプをする。超合金ロボットのように、両足を揃えたジャンプだった。
銃が届かない距離まで来ると、ダークドクロは首を回した。
人間くさい仕草だった。
「あいつの弱点はどこだ?」
「分からない。あると思うか?」
「必ずある。必ずな」
「その根拠は?」
「長年の経験だ」
それは信用できそうだ。
ダークドクロは砂漠の土に手をかざすと、地面から太刀が飛び出してきた。
右腕の手で構えた。
「二刀流かよ」
四本の手は、右上と左上に太刀、左下は盾を装備している。
ダークドクロは、ザッザッと砂漠の土を後ろに蹴っていく。
前屈みとなり、二本の足を激しく動かして走った。
「くるぞ!」
8メートルの巨体に似合わないスピードだ。3秒せずに、俺たちの前にやってくる。
加速をつけたまま、二本の太刀で斬りつけてきた。
剣でガードする。
ガードすることができた。ヴェーダの剣とスロットの効果だろう。渾身の一撃に耐えられて、体が吹っ飛ばされなかった。
今の一撃で瞬殺できると想定してたのだろう。
困惑とし、僅かな隙が生まれていた。
斬りつけるチャンスだ。とはいえ、体格の差が大きすぎて、剣が届かない。
奴の懐に入らなければならない。
そのためには……。
「上っス!」
考える間に、ダークドクロの太刀が真上にきていた。
斜め前によけた。銃弾の音が聞えてくる。俺を守ってくれているようだ。
地面を叩きつけたことで、砂漠の砂が上がっていた。
砂が目に入りそうだ。目を細める。近くにダークドクロの腕があった。
飛び上がって、ダークドクロの腕を斬りつけた。
効いた。
腕がガクンと落ちていった。
悲鳴は無かったが、痛みを知覚したのか、カカカカカという声がした。
だが。
ダークドクロの目はこちらを見ている。
まるで笑っているかのようだ。
「イブキさん、逃げるっス!」
危機を知らせるセーラの叫び。
俺の周りが暗くなっていた。大きな影が出来ていた。
真上は、ダークドクロの盾がある。
5メートルはある大きな盾。
これが狙いだったのか。
ダークドクロは、体重をかけて体ごと盾を落としていった。
「ったく、無茶しないの」
ぺちゃんこにはならなかった。
アイリスが俺の前に立っていた。杖の先が光っている。俺たちは、緑色に光るバリアに包まれていた。
だが安全とはいえない。盾はまだ俺たちの上にある。圧力をかけ、力業でバリアを破って、押しつぶそうとしていた。
「ねぇ、イブキ。これ以上は限界」
力勝負はアイリスの不利だ。耐えられないと、杖をかざす手が震えている。
「了解した。3、2、1」
魔法を解くと同時に、俺はアイリスの体を抱きかかえて走った。
盾からは逃れられたが、奴には自由に動ける手が三本も残っている。
二本の太刀が、俺とアイリスを狙っていた。
一振り目は剣でガードする。上手くいった。直ぐさま、もう一本の太刀が俺たちを襲った。アイリスを守ることが精一杯だった。
「くっ!」
腕を怪我した。肩から肘にかけてザックリと切れて、血が飛び跳ねていった。
「ケルヒール!」
直ぐに治癒魔法をかけると、傷口が塞がれていった。
今ので、さらなる攻撃をかけようとするダークドクロがひるんでいた。
「アイリス、ケルヒールをダークドクロに唱えるんだ!」
彼女は何故とは聞かなかった。
「ケルヒール!」
命令のまま、ダークドクロに治癒魔法を唱えた。
ダークドクロの動きが鈍くなる。
四本の腕が、顔を守るようにガードをする。
「アンデット系だけに、治癒魔法が有効というわけか」
「目を眩ませるぐらいにしかなってないけどね」
「効果があるだけめっけもんだ。もう一回だ、その次は!」
「分かってる。ケルヒール!」
ダークドクロにもう一度、ケルヒールをかけた。
ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!
体を隠すダークドクロの胴体に、ハリーが銃弾を浴びせていった。
「テレポート!」
俺の体をダークドクロの後頭部に瞬間移動させる。
「食らえっ!」
ダークドクロの首を斬った。一回では無理だった。
だけど、骨が砕ける手応えがあった。
あと数回ぶつければ、首を取れそうだ。
もう一回、首を狙おうとするが、そんな暇は与えてくれなかった。ダークドクロの拳が俺に向かっていた。
「テレポート!」
巨大なパンチを食らう前に、アイリスが俺を移動させた。
現れたのは、先ほどのテレポートと同じ位置だ。
ダークドクロの手は後方に延びていた。
さらなる一撃を加えた。先ほどよりも手応えがあった。ダークドクロの首が折れかかっている。
後一撃だ。
「イブキさん、よけてっ!」
もう少しという焦りが、油断を与えてしまった。
目の前にダークドクロの手があった。五本の指が襲いかかってくる。
避けられなかった。
俺は、ダークドクロに掴まれた。
「くそっ!」
両腕をがっつりと掴まれている。剣を動かせないし、身動きが一切取れなくなった。腕を大きく動かしていくので、目が回りそうになってくる。
「ぐあぁっ!」
握りつぶされて、激しい痛みが襲った。レベルが13の状態なら、骨がボキボキに折れていただろう。
「イブキっ!」
アイリスの叫び。
なにか助ける手段を探そうするも、魔法をこれ以上使わせまいと、ダークドクロが彼女に向かって太刀を振っている。
焦点がさだまらない大雑把な動きではあるが、アイリスは自身を守ることで精一杯になっている。
「キュアレ、きゃっ!」
それでも、太刀をよけた瞬間に、強引に魔法を唱えようとした。
ダークドクロのキックを食らった。無防備の状態で攻撃されたアイリスは、砂漠を何バウンドかしながら転がっていき、俯せの状態で動かなくなった。
「アイリスっ!」
「意識はあります。ちょっとヘマをしただけで、無事だと言ってますが、無事じゃないっス!」
心配させると思って、ルル経由でテレパシーを入れたようだ。
ハリーが駆け付けて、アイリスを解放していた。
「ハリーさんがなんか言ってるっス! あ、ありがとよ……?」
ハリーからの伝言を伝えるも、疑問系が入っていた。
その途端。
ダークドクロの動きが鈍くなった。俺を握った手も緩くなる。
「あ……あ……あんすか……あれ……」
後ろを見て、アイリスが口をあんぐりとあけていた。
ダークドクロの後方に、全身が鎧となった巨大な生き物がいた。
背丈は8メートルほど。ダークドクロと同じぐらいだ。
姿は、ヴェーダの巨像とそっくりだった。
「なぜ、こんなところに、ヴェーレムがいるんすか……?」
「ヴェーレム?」
「伝説の原獣……」
ヴェーレムという原獣は、ダークドクロの両肩を掴んで、動きを封じている。
「ハリーさんからです。次の一撃で決めろよ」
ヴェーレムは片方の手を離した。
そして鉄球のような太い拳を、ダークドクロの肩にぶつけていった。
スローモーションのような動きだった。だが破壊力は凄まじかった。
ダークドクロの左側の上腕骨が粉砕する。
上部分の腕の骨がバラバラとなって落ちていく。
「テレポート!」
指の骨と一緒に地面に落ちようとする俺は、アイリスの魔法で移動させられる。
「アッターレっ!」
セットで、攻撃力UPの魔法をかけてきた。
彼女は上半身を起こして、ハリーに支えられながら、魔法を唱えている。怪我をしたというのに無理をしていた。
俺の視界に入ったのは、ダークドクロの首だ。
ぐらついていた。
ヴェーレムの一撃で砕けなかったのが不思議なぐらいだ。
俺はヴェーダの剣を構えて、力一杯にダークドクロの首を斬りつけた。
悲鳴もなにもなかった。
無言のまま、ダークドクロの頭蓋骨が落ちていった。
「よしっ!」
俺は、ダークドクロの体から飛び下りる。
続けて頭蓋骨も落ちてくる。真っ赤だった目の玉が失われて、真っ黒になっている。
アイリスの元に駆け寄った。
「大丈夫かっ?」
「平気よ。このぐらい」
「俺のためにすまなかった」
「バカね。仲間でしょ」
苦悶を浮かべながらも、アイリスは笑みを浮かべる。
「それよりも、あのバケモノはなに?」
ダークドクロは顔のない状態でも、しぶとく生きていた。ヴェーレムに向けて、太刀を振り回していく。
ヴェーレムは、その攻撃から身を守りつつ、パンチを送って反撃をしている。
異色な怪獣バトルを見ている気分だ。
「ヴェーダの巨像とそっくりな姿だし、味方ではあるみたいだけど」
「ヴェーレムという伝説の原獣らしい」
「俺の相棒だ、イチローというんだ」
ハリーは言った。
ポカンとする俺たちに、
「なんだ。おれのことを、戦士かパラディンとでも、思っていたか?」
ハリーはニヤっと笑った。
「違うな、おれは原獣使いだ」
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