4・無謀も勇気の一つだ


 エルザの酒場に入ると、酒と煙草のにおいが強烈にきた。

 人で溢れていて活気がある。

 酒を飲んだり、食事をしたり、タバコを吸ったり、騒いだり、歌ったり、仲間探しをしたり、ナンパをしたり、イチャイチャしたりと、賑やかなものだ。

 ガラの悪い客を追い払うためか、二本足立ちしたトカゲのような原獣が、カウンター脇で見張りをしている。


「いらっしゃいませーっ!」


 モグッポの他にも、平日には見かけない、兎耳をしたウェイトレスが忙しそうに食事を運んでいた。


「賑やかだな」

「ちきゅーさんが来るのは、日曜日が多いっスからねぇ……」


 アイリスが入りたがらなかったのも無理はない。

 客層の男女比は同じぐらい。強そうなのは少なかった。

 どれもカスタマイズした自身を見せびらかすのを目的とした、コスプレイヤーという感じだ。

 久保さんが懸念するように、バイラスビースト退治で金儲けするをメインにやってくる人は少なそうだ。

 カウンターにエルザさんがいた。

 客の相手をせず、何か物思いにふけながら、強烈に効くタバコを吸っている。

 エルザさんは俺たちに気付くと、何かを言い掛けて、諦めたように口を閉ざした。

 なぜなのか、緊張気味だった表情が緩んでいる。


「なにか用かしら?」

「腕利きのガンマンを雇いたい」


 彼女の前に来ると俺は言った。


「知らないわねぇ。ガンマンって、誰のことかしら?」


 エルザさんは、タバコの煙を俺の顔にかける。


「日曜日に、腕利きのガンマンを雇いたいとエルザさんに伝えれば、その人の居場所に案内してくれると、ある刑事から聞いたんだ。エルザさんが以前に言いかけた人物は、そのガンマンなんだろ? 彼を紹介してほしい」

「あなたたち、本気でユニークビーストを倒す気?」

「ああ」

「死ぬかもしれないのよ」


 目線は俺ではなく、アイリスだった。


「平気。イブキひとりだと、ほっとけないし」

「死なないし、死なせないさ。奴に勝つためにも強い仲間が必要なんだ」

「まず言っておく。その方の紹介はしてあげる。私がするのはそこまで。交渉は自分でやりなさい。私は、あなたたちを戦わせたくないし、彼にも戦わせたくない。危険な目に合わせたくないの。だから、交渉が失敗すること願っているわ」


 ついてきなさい、とエルザさんは、後ろにある従業員用のドアを開けて、中に入っていった。


 ※


 その男は、狭い通路の突き当たりある、四畳ほどの小さな部屋にいた。

 テーブルが一つだけあり、イスも一つだけ。両側の棚には、酒ビンがびっしり並んである。

 男は、1キロはありそうな特大のステーキを黙々と食っていた。

 俺たちが部屋に入ってきても、彼は見向きもせずステーキを頬張っていく。

 ステーキの皿の隣には、38口径の回転式の拳銃が置かれてあった。

 鶫山警部のエムストラーンの姿なのだろうか。

 見かけは四十代半ばほど。彼の年齢と一致する。

 店にいたやわな奴らと違って、ただ者で無いオーラを発しているのも、そっくりだ。

 だけど顔が違っていた。

 男の方が四角く、目は小さくて、鼻が高い。オールバックの髪に、無精髭は一切なくツルツル。

 綺麗に整えた身だしなみだ。

 どこかで見たことある顔をしていた。

 実際に会ったのではなく、テレビがなんかで見たような記憶があった。昭和時代の映画スターを再現したものなのだろうか。

 何て声をかければいいのか迷った。他人を寄せ付けない緊張感があり、怖じ気付いてしまう。

 だけど、彼との交渉に成功しないかぎり、俺たちに未来はない。


「ある刑事さんからあなたのことを聞いた」

「違う」


 男が口を開いた。

 目線はステーキのほうを向いたままだ。


「若者はなにもわかっちゃいねぇ。いいか、まず最初にすることは、自分が何もんでどこのどいつだか伝えることだ。おれは今、食事中なんだ。しかも機嫌が猛烈に悪い。そんななか、兄ちゃんはズカズカと入ってきているんだよ、わかってんのか?」


 演説しすぎて枯れたようなダミ声だ。不快感はなく、彼にマッチした声をしている。


「申し訳ありませんでした」


 俺は丁重に詫びた。


「俺の名は浅田一吹。レベル13の土属性の戦士です。レベルは13。だけど今はスロットで26になっています。ナビは、セーラ。後ろにいる彼女は、アイリス。白魔法使い。ナビはルルといいます」


 男は俺、セーラを、アイリスと順番に眺める。


「あん? おめぇさん、アイリか?」


 アイリスで目を止めていた。


「え、あ、名前……」


 視線に怯えたか、アイリスは俺の後ろに隠れる。


「アイリじゃなくて、アイリスです」


 俺は言った。


「ああ、アイリスか。ちっ、エルザの野郎め。それで、このガキどもをおれん所に寄こしたのか。押しつけやがって、あのクソが」


 口の悪い男だった。


「ナビを連れた甘ちゃんカップルが、おれになんの用だ?」

「倒したいユニークビーストがいます。名はダークドクロ。ガイコツの体で、四本の手に、左右に刀と盾を持った、8メートルはある巨大なバケモノです。レベルは27。獲得賞金は22万ギルス」

「やめとけ」

「やめる気はありません。だからと、俺たち2人では勝てる見込みはない。あなたの力が必要なんです。俺たちの仲間になってください」

「断る」

「報酬は8、2でどうです? もちろん、あなたの方が8だ」

「残り2は?」

「アイリスの取り分。俺はいりません」

「目的は金じゃねぇってことか」

「友人が殺された。敵討ちをしたい」

「死ぬぜ」

「死んでも良い。奴に勝つためには俺はなんだってする」

「そっか、んなら」


 男はテーブルの上にある拳銃を手にした。自身のこめかみに向かって引き金を引いた。

 カチッ。

 音が鳴るだけだ。弾丸は入っていなかった。

 それから、銃口を俺の額に向ける。


「ロシアンルーレットだ。おめぇが勝ったら仲間になろう」

「分かった。撃ってください」


 俺は迷わず言った。


「良いのか? パスしてもいいんだぜ。ただし、弾がなければ、おめぇの負けだ」

「勝つさ。だから引いてくれ」

「少しは考えろ」

「考える暇などないんでね」

「なら死ね」


 パン!


 銃声がした。

 俺は思わず目をつぶる。

 衝撃は来なかった。それにつぶる時間があるということは、無事だったということだ。

 予想通り、不発だった。

 これは、男が俺たちがやってくることを知っていて、前もって用意していた仕掛けだ。

 俺の覚悟を確かめるために……。

 そう思いながら目を開けた。

 違った。

 不発ではなかった。

 銃弾は、俺の額スレスレで止まっていた。

 傍には、アイリスの杖があった。宝玉が赤く光っている。

 彼女の魔法力で、弾丸を止めたようた。

 杖を離すと、弾は消えた。


「どうやら、そっちの小娘のほうが賢いようだ」

「バカな男に引っかかって苦労している」

「さっさと別れろ」

「そうしたいけど、死なれると夢見悪いもの」

「もしかして、アイリスが助けてくれなければ、俺って死んでいた?」

「スロット前ならヤバかったかも。レベル26でしょ。命は無事のはず。せいぜい丸一日ほど気絶するぐらい」


 冷や汗がでた。


「てめぇのは、勇気とはいわねぇ。無謀というんだ」

「無謀も勇気の一つだ。男は無謀だと分かっていようとも、成し遂げなくてはならないことがある」

「かっこつけてるようで、ものすっごくダサい」

「同感だ」


 彼は笑って、立ち上がった。

 アイリスよりも少し高いぐらいの小柄な男だった。


「だが気に入った。イブキさんの言う通りだ。無謀でも成し遂げなくてはならないことがあるもんな」


 テンガロンハットをかぶり、マカロニ・ウエスタンのイーストウッドのようなポンチョを羽織る。

 その貫禄から、西部劇のキャラクターというよりも、ギャングのボスように見えた。


「仲間になってくれますか?」

「同じ質問をもう一度するな。気が変わっちまう」

「ステーキ食べないんスか? もったいないっス」


 さらに気を変わらせそうな質問をセーラはする。


「食えよ。マズイぜ」

「わーい! ありがとうっス、このちきゅーさん、いい人っス! ルルさんも食べましょう」


 セーラとルルは残りのステーキをむしゃぶりつく。


「ナビはいいねぇ。おれはよ、表が忙しくて、気付いたらお別れしてたんだ。良い話相手だった。たまに、ナビが恋しくなるぜ」

「うちでよければ付き合いますよ。イブキさんがよければっスけど」

「気持ちだけでいいわ。ナビは自分のに限る。おれの話を、こいつの耳にはいっちゃいけねぇ」


 セーラには、孫を見る祖父のような目をする。


「おれの名はハリーだ」

「ダーティハリーか」


 クリント・イーストウッド演じる刑事の名前だ。西部劇のほうでないのは、名無しの男だからだろう。


ID 110312××


 フレンド登録するとIDのみで、他はシークレットになっていた。


「本名で登録しちまったんでね。すべて隠させてもらうぜ」


 手を貸してくれるだけでありがたいから文句はなかった。


「ひとつ言うことがある。おれは死ぬわけにはいかない身分だ。危ないと判断したら、二人を置いて逃げさせて貰う」

「構いません」

「だが、やれるだけの仕事はする。失望はさせないぜ。おれの武器はこれだ」


 左右の腰に装着してある二丁拳銃を見せる。

 他にも、足の箇所などに銃を備え付けてあった。


「弾丸は何発あるんです?」

「ねぇよ。たとえ弾があってもバイラスビーストには効果なしだ。蚊に刺されたような痛みだぜ。これは魔法力で撃ってるんでね。この銃を日本に持ってきたところで、オモチャ扱いで銃刀法違反にならない代物だ。第一、本物ならアイリちゃんが止められるわけねぇだろ。気付いてなかったのか? ああ、アイリスちゃんだっけか、いけねぇ、いけねぇ」


 ハリーは、顎をさすった。

 つまり、先ほどのロシアンルーレットは、ハリーの意思で撃ったものだ。

 元から引き受ける気はなく、無謀なことをする俺を、止めるつもりだったのだろう。


「あの、一ついいですか?」

「聞かなきゃいいも悪いもねぇ」

「俺は、あなたと表で会ったことありますか?」


 鶫山警部でないにしても、どっかで見た顔だった。


「さあな。とはいえ、俺のこと知らない訳ねぇだろうな。まあ、奴に勝てば、名前ぐらいは教えてやるわ」


 顎をさすりながら、意味ありげに笑った。


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