3・僕の名はゼノン


「ふんふんふんふん、ふふふふ、ふふふふ、ふーふふん♪」


 誰かが第九のメロディーを口ずさんでいた。

 聞えてくる方向を見ると、エルザの酒場の前にある大きな木の枝に、金髪の若い男が座っていた。

 十代後半ぐらいだろう。長くてスマートな足をしていた。

 運が悪いことに、見上げたときに、丁度目が合ってしまった。


「見つけた」


 この道を通る人たちを観察していたようだ。

 爽やかに微笑むと、枝から飛び下りて、俺たちの前に着地した。


「浅田一吹くんだね?」


 色白で痩せすぎなほどに細い体付きの、少女漫画の相手役のような中性的な美少年だ。右目が燃えるように赤く光っていて、文字のようなマークが入っていた。


「クククク、異端の破壊者を駆逐せんとする愚か者共、待ちわびたぞ」


 ケモノのように細かい毛でびっしりとした紫色のナビを連れていた。アニメ世界の執事のような燕尾服を着ており、悪魔のような笑みを浮かべている。


「そうだけど、君は?」

「僕の名はゼノン。ジョーンズ教授に頼まれて、一吹くんのことを待っていたんだ」

「クククク、我の名はナッシュ、異界より降臨せし疾風の聖騎士を導く者よ」

「ナビの名はナッシュ。彼は、僕が風のパラディンだと言っているんだ」


 ゼノンと名乗った男は、ニッコリと微笑んだ。お辞儀するように顔を前に出す。目線の先はアイリスだった。


「こんにちは、可愛い子猫ちゃん。君の名前はなんというんだい?」


 挨拶されたアイリスは、サッと俺の背中に隠れてしまう。


「名前ぐらい言えるだろ」

「やだ」


 ゼノンのようなタイプはてんでダメのようだ。

 すがるように俺の服を掴んでいる。


「彼女の名はアイリス、ナビはルル」

「うちはセーラっス、よろっス」


 セーラは自分で名乗った。


「良く俺が分かったな」

「クククク、永久に転生し我が同胞が、球体の船の存する未発達な娘共の知力を鍛錬する施設にて着用を強要された衣服を嗜好しておると聞いてのう、一目で主の正体を察知したわ」

「なに言ってんスか、このナビは……」


 ゼノンの趣味なのか、聞く方が疲れてくる言葉遣いだった。


「妖精にセーラー服を着せているのがイブキくんだと、ジョーンズ教授が教えてくれたからね。直ぐに分かったよ」

「いっとくが、セーラー服はセーラの趣味だからな。俺は別にセーラー服フェチじゃない」

「うそつけ」


 ボソッとツッコんだのはアイリスだった。

 俺のことをそう思っていたのだと悲しくなった。


「ジョーンズ教授って久保さんのことだよな?」

「そうだよ。インディー・ジョーンズで名前登録をしておきながら、本名を名乗っている考古学者のこと。ジョーンズ教授と呼ぶと、恥ずかしいからやめてくれ、と嫌がるんだ。だったら尚更、ジョーンズ教授と呼びたくなるよね」


 クスクスと笑った。


「ジョーンズ教授は一足先にダークドクロが棲息する白骨の砂漠にいる。キブキくんが倒そうとするユニークビーストは、いつも通りに穴の中にいる。特に変化はないとのことだ」

「久保さん、危険じゃないのか?」

「大丈夫とは言えないかもしれないけど、肉眼で見えないほど距離を取った場所で観察している。たとえ襲ってきても直ぐに逃げられる準備はしているから、ヘルプが来て駆け付けるハメにはならないはずだよ。教え子を死なせたことがあるから、同じ悲劇を二度と起こさないよう慎重にやっている」

「ゼノンは、久保さんの教え子なんだな」

「そうだけど、そうじゃないといったところ。S大に在学してるけど、僕は教育学部なんで、考古学は専攻していない。異世界に入るまで、ジョーンズ教授のことは知らなかった。僕が転送機で異世界に行こうとしたところを、教授に捕まってね。チームに入ることになったのさ。入ってから3ヶ月ぐらいかな。メンバーは5人。増えたり、抜けたり……またはいなくなったり、入れ替わりが激しいよ」

「それでチームジョーンズは、俺になんの用だ。一緒にダークドクロと戦ってくれるのか?」

「戦闘に参加するのはジョーンズ教授から止められている。僕たちは、遠くから観戦させて貰うよ。ダークドクロで何か気付いたことがあったら、直ぐに教えるんで、連絡を入れられるように、僕とフレンドになってほしいんだ」

「フレンドは、久保さんで十分なんじゃないか?」

「彼にナビはいないからね」

「クククク、激戦の中で通信機を利用する余裕はあるまい。我が同胞たちの思惟遠隔力なら刹那的に伝達することが可能だからのう」

「戦闘中はエムデバイスを使う暇はない。ナビ同士のテレパシーのほうが、直ぐに連絡が取れて便利だということだよ」


 だから、久保さんではなくナビのいるゼノンが、戦いの前に会いに来たというわけか。


「分かった。こういう形でも協力してくれるのは嬉しいよ」

「何が出来るかはわからない。でも、役に立たないことはないはずだよ。どんな敵でも必ず弱点があるのだから、それを探してみるよ」

「よろしくな。セーラ、フレンドよろしく」

「ラジャーっス!」


 俺はゼノンとフレンドになる。

 アイリスは、嫌がったが、個人的な用事で連絡することは絶対にしないと約束をしたことでしぶしぶ承知した。


「足止めさせちゃったね。僕はジョーンズ教授の元に戻るよ」

「クククク、異界の地の盟友よ、また会おう」


 目的を終えると、俺たちを後にする。白骨の砂漠に残した教授が心配のようで、駆けるように去って行った。


「ククククなナッシュさんはなぜ男装してたんすかねぇ、わけわかんねぇ言葉遣いだし、ヘンな趣味っス」


 男の妖精なんて珍しいと思っていたら、男装させていただけのようだ。


「私、ゼノンとナッシュ、知っている」

「会ったことあるのか?」

「そうじゃなくて……」


 アイリスは、フルフルと首を振った。


「えっと、姿も、性格も、あんなキャラクターじゃないけど、漫画にある、その、ベストカップルで、よく上位に入っている二人の名前が、ゼノンとナッシュだったり。ゼノンは、右目が赤くて、あんなマークが入っていて、ナッシュは執事で、あんな服を着てて、そこは同じ……」


 知っていることが恥ずかしいようで、もじもじとしていた。


「カップルって、どっちが女なんだ?」

「えっと男同士で、つまり、そういうの」

「あー」


 ゼノンの正体は、BL好きの女子大学生なのはほぼ確実だった。


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