2・俺のほうがセーラのおまけだ


 日曜日になった。

 戦いの日だ。いつもよりも早い時間に目が覚める。カーテンを開いて朝日の光を浴びる。

 良い心地だ。睡眠はしっかりと取った。体のほうは万全だ。

 大丈夫だ。すべては上手く行く。

 そう、自分に言い聞かせる。営業をやっていたときは、毎朝、鏡の自分に向かって、アファメーションを唱えていたものだ。それで上手くいったわけではなかったが、気持ちは少し楽になれた。

 トマトジュースとあんパンを食べてから、ロビーに向かった。

 この場で、俺がするべきことが一つあった。

 それは、ダークドクロを倒すために、尤も重要なことといってよかった。


 4。


「もう一度だ」


 3。


「もう一度」


 3。


「もう一度」


 5。


「もう一度」


 3、3、3、4、5……。

 転送機からロビーに来た俺は、何度も同じ作業を繰り返している。


 3。


 そして今回も、不揃いの絵柄だ。

 レベル3UP。

 外れだった。


「もう一度」

「ええー、またー」

「まだやるのー?」


 初めての課金に、「いやっほーい! イブキさんサイコーっ!」と大はしゃぎだったカルマカーズのテンションは、回数が増えるにつれ落ちていった。


「もう一度だ」

「分かったよ!」

「それじゃあ、スロットいっきまーす!」

「レッツゴーッ、ゴーッ、ゴッーッ!」

「なにが出るかな、なにが出るかな」

「楽しみ、楽しみっ!」


 二人はヤケクソ気味に踊っていく。


 ガララララララララララララ!


 スロットのリールが回る。

 葉っぱのマークが2つ揃った。

 4と4と1。

 合計で9。


「やったーやったーやったーっ!」

「大当たりーっ!」

「おめでとうございます!」


 現在の俺のレベルは13。

 9プラスして、22。

 ついに20に到達した。


「もう一度っス」


 満足しなかったのは俺ではなく、セーラだった。


「これじゃあ、ダメか?」

「ダメっス。奴のレベルは27なんですよ。力で押し勝つことができません。イブキさんは、ダークドクロを真っ正面から向かっていく立場なんです。そのレベルだとシャアナさんと同じことになります」

「そういうことだ。もう一度」

「もう諦めなよ」

「やるにはいいけど、お金が……」

「次からマイナスになっちゃうんだよ」


 所持金は245ギルス。

 スロットは1回3000ギルス。

 これ以上続けたらマイナスになってしまう。


「借金をする。それでいいだろ。もう一度だ」


 金が足りなければ借金ができるのは、事前にセーラから聞いている。

 所持金がマイナスとなれば、0になるまでは、いくら稼いでも俺の手元にギルスが入ってこなくなる。

 エムストラーンから逃げようとも無駄なこと。地球でも借金は有効だ。一定期間払わずにいたら、通帳から引かれてしまうし、それでも足りなければ、おっかない取り立て屋がやってきて、身ぐるみを剥がされるとのことだ。

 借金から逃れられる方法はただ一つ。

 死ぬしか無かった。


「借金のシステムが分かっているなら、なおさらオススメしないよ」

「セーラ、もう一度じゃないよ」

「あんたの男でしょ。煽ってないでやめさせなよ」

「借金になったら、取り分30%がなくなるんだよ」

「すっからかんセーラになってもいいわけ?」


 人を小馬鹿にする発言が目立っていたが、根は良い奴らのようだ。自分たちが儲かるというのに、止めさせるようセーラを説得していた。


「イブキさんに死なれるより、借金を抱えさせた方がマシっスよ。二人ともお願いします。スロットを回してください」


 セーラは深々と頭を下げて、カルマカーズに頼んだ。


「はぁ、セーラさぁ」

「あんた、地球人に毒されたね」


 セーラは目をパチクリとさせてから、そんな自分に苦笑する。


「ほんとっスね。今の言葉、ほめ言葉にしか聞えないっス」


 ※


 俺たちは、ネオジパングのエルザの酒場で、アイリスと落ち合うことになっていた。


「うち、ナビを続けて長いけど、こんな気持ちになったの、イブキさんが初めてっス」


 途中にある小さな広場で、セーラは一人言のように俺に顔を向けずに口にした。


「長いって何年だ?」

「わかんねぇっス。でも長いのは確かっス」


 ユリーシャの光の日差しが心地良かった。名前の知らない草木や花々の香りがする。

 ひなたぼっこをするに最適な天気だ。

 原っぱには原獣使いの原獣が無防備な格好で寝ていて、数人の男女がモグッポの子どもとボール遊びをしている。酒場に続く小道は、武器を抱えた少女がこっちに向かって歩いていた。


「イブキさんといると、なにが待ってるか分からないから、うちを不安にさせます。いつもハラハラさせられて、気が気でないんです。だから地球に帰っちゃうと、今日も無事だったとホッとするっス。でも、明日はどんな事が待ってるんだろうって、ワクワクしてくるんです。うち、イブキさんがエムストラーンに来るの楽しみになっています。ナビを続けてきて、こんな気持ち今まで無かったことっス」


 一息おいて、セーラは話を続ける。


「うちは嫌われものでした。うちだけじゃない。ナビは、ちきゅーさんからうっとうしがられるんです。でも、イブキさんは違っていて、うちのことを、友達のちきゅーさんと同じように接してくれてます」

「シャアナのようにか?」

「そうっス。それに、シャアナさんより、うちの意見のほうを賛成することもあったっス。正直いって、めっちゃ嬉しかった。ナビの意見を無視して、勝手に行動する人があまりに多いっスから」


 そして、あまりにうるさく、ナビ料の高さから、解雇してしまう人が多い。

 向こうでサッカーをしている男たちにナビの姿はなかった。近くに来た魔法使いの少女は肩にナビを座らせている。この周囲でナビを連れているのは、この子ぐらいだ。

 ネオジパングにいる人々を見ても、ナビ付きは3割弱という印象だ。


「どんなちきゅー人さんとも、イブキさんといるような気持ちになったことがないっス。この気持ちはなんなのかなって、ずっと思ってて。それがさっき、カルマカーズに『地球人に毒されている』って言われて、ついに気付きました」

「それが恋だって?」


 ガクッとセーラが落下した。


「はぁ、ここでボケないでくださいよ」


 パタパタと上がってきて、こっちは真面目に喋っているのにと、心底呆れていた。


「いや、そう続くものかと……」


 こっちはボケたつもりはなかった。この流れから告白が来るものかと勘違いしてしまった。


「仲間ですよ。ちきゅーさんと一緒に、エムストラーンを冒険をしているって充実感があるんです」


 ナビはサブ扱い。道具の一つのようなもので、パーティーの一員として認められたことが無かったのだろう。


「私でもエムストラーンの役に立てるんだって嬉しいんです。でも、それはうちの勝手な思い込みなのかもしれません。あなたのセーラは、ちゃんと役に立っていますか?」


 不安そうに覗き込んでいた。


「なにを今更。役に立っているどころじゃない。セーラは俺以上に、この世界のために貢献している。むしろ、俺のほうがセーラのおまけだ」

「いやぁ、さすがにイブキさんがメインっスよ」

「それはないな。セーラがいなければ、俺はこの場にいない。死んでいた。セーラがメインだ。アイリスだって、セーラがいるからこそ仲間になってくれたんだ。自分を誇りに思っていい。むしろ、俺のほうがセーラと一緒にいていいのかと思っているぐらいだ」

「そんなことないっス! イブキさんといると、嬉しかったり、楽しかったり、心配になったり、不安になったり、美味しかったり、甘かったり、笑ったり、泣いたり、怒ったり、恥ずかしくなったりって、色んな感情がごちゃ混ぜで、毎日が凄いことになっているっス!」

「同じく、そんなことないっスと言い返すよ。セーラは大切なパートナーだ。これからもだ。俺はおまえを手放すつもりはないからな」

「ラジャーっス!」


 セーラは元気よく返事をした。


「ラブシーン終わった?」


 直ぐ近くから声がかかった。


「うわぁっ!」

「アッアッア、アイリスさんっ!」


 アイリスが俺たちの前に立っていた。

 いつからいたのだろうか。全く気付かなかった。


「声をかけるタイミング、難しかった」

「え? さっきまでいなかったぞ」

「いたわよ。イブキ、私のこと目にしてたじゃない。ただ私だって、気付かなかっただけ。まあ、当然だけど」

「魔法か?」

「これがシュタンブル」


 そこらの石ころのように相手のことを意識しなくなる魔法をかけていた。

 たしかに、ナビを肩に座られた少女が傍にいることに気付いていた。それがアイリスだと気付かず、背景の一つとしてスルーしていた。


「アイリスさん、ネオジパングでは普通に歩きましょうよ。ルルさんも言ってください」


 ルルは、いつも注意するけど言うことを聞かないんだと、ジェスチャーで伝える。


「だって……」

「エルザの酒場にいたんじゃなかったのか?」

「日曜日だから、あそこ人多いんだもの」


 中に入りにくかったようだ。


「レベルはどうだ? スロットをちゃんとやってきたか?」

「とーぜん。手抜かりはない」

「いくつ?」

「22」


 レベル8つUPだ。


「2万ギルスかかったわよ」

「その程度じゃないか。俺なんかもっとかけたんだ」

「どんぐらい貢いだのよ?」


 ニヤリと、ステータスを見せる。


イブキアサダ

ID 479371××

職業 :戦士(土)

レベル :26

HP :362

MP :0

攻撃力:112

防御力:161

魔法力:0

すばやさ:99

運:31


 スロットを何十回やっただろうか。

 いや、何十どころじゃない。100回を超えたのは確実だ。


「凄いだろ。27のダークドクロとは1つ届かなかったとはいえ、レベルが倍になった」

「所持金が、マイナス310755ギルス……」


 アイリスは、俺がスロットで使った金額に呆れていた。

 所有していたギルスも入れたら、35万以上課金したことになる。


「バカなの?」

「このぐらい上げなきゃ、ユニークビーストと互角に戦えない。少なくとも、奴の一振りで体が真っ二つになることはなくなったんだ」

「借金は覚悟してましたけど、ここまで膨れあがるとは思わなかったっス」

「今月の家賃どころか、明日の食費すら危うくなったよ」


 俺は笑った。


「しょうがない。ご飯は、暫くは私のおごり」

「おおおおおお! アイリスさん愛してるっス!」


 ちゅっちゅっちゅっ、とセーラは、アイリスの顔のあちこちにキスをする。


「はぁ、この年で、ヒモができるとはね。自分の将来が、思いやられる」

「感謝する。アイリスのためになんでもするよ」

「お礼は倒してからにして。それよりも、私の一仕事を褒めて」

「それがオリハルコンの剣か?」


 アイリスが抱えている武器を指す。


「そうよ。このために、私は徹夜。くたびれた」


 日曜日の完成に間に合わせるために、モグッポの手伝いをしていた。


「お泊まりしたっスか。アイリスさんの家族、心配しませんでしたか?」

「いい。むしろ心配させたいぐらい」


 家族関係で問題をかかえているらしい。


「体は大丈夫か? 睡眠不足でぶっ倒られたら困る」

「平気。気がついたら眠ってたから、睡眠時間、けっこう取ってる。その間にモグッポが完成させてたの。それで、これ。丈夫な武器だから、大事に扱わなくて大丈夫。むしろ無茶させて」


 アイリスはオリハルコンの剣を手渡した。


「へぇ、これが……」


 色が黒いことをのぞけば、重みも長さもロングソードと変わりなかった。腰にある鞘にすっぽりとはまる、自分に合ったサイズだ。

 俺は軽く振ってみる。


「どう?」

「新しい感じがしないな。ずっと使い続けてきた馴染みの剣のようだ」

「だからこそ、使いやすいでしょ?」

「そうだけど、さほど強そうに見えないから拍子抜けした。ああ、別に貶しているわけじゃなくてだな、なんというか……」

「分かってる。剣は剣だからね。イブキの感想は、むしろ正解」


 アイリスは気を悪くしなかった。彼女自身、完成品をみて同じことを思ったのだろう。予想通りの反応に満足していた。


「デザインはロングソードと同一にしてある。魔法力かかってないから、先端からビームを発射したりすることはない。だから、ただの剣ともいえるの。でも、これ以上に硬い剣はこの世界には存在しない。折れないというのは武器にとって強力な個性となっている」

「切れ味は?」

「ロングソードと変わらないけど、モグッポが作ったものだから、イブキが持っているよりも抜群。これはモグッポの受け売りだけど、強力な武器というのは、瞬間的なもので、直ぐに劣化してしまうんだって。これは、何万年と生き続けているヴェーダの巨像から作られた剣だから、そんなことがない。使っているうちに、素材の良さに気付く武器っポと言ってた」

「なるほど」

「剣の名前、オリハルコンよりも、ヴェーダの剣の方はどう?」

「いいな。イブキアサダはヴェーダの剣を手に入れた。ジャジャジャジャーン!」


 ゲームの効果音を口にして、ヴェーダの剣を高々と上げた。


「低レベルのバイラスビーストで試してみる?」

「いや、いい。試し切りして、スロット効果が切れたら、35万が無駄になる。ぶっつけ本番だ。アイリスの作った武器を信じるよ」

「私じゃなくてモグッポ。あ、でも、余った素材で、他のもの作ってみたんだ。イブキは右利きだよね?」

「ああ」

「じゃあ、左腕に」


 アイリスは、俺の手首に腕輪をはめた。

 真ん中に赤色の小さな宝玉が付いているだけの、黒色の無地の腕輪だ。


「これは?」

「真ん中の玉はスイッチなの。押してみて」


 アイリスの左手首にも同じ腕輪があった。

 俺は宝玉を押してみる。パコっとへこんだ。

 すると、宝玉のある箇所が、15センチ×15センチほどの四角いの板になった。


「ヴェーダの盾。小さくて軽いから邪魔にならないでしょ? シンプルだけど、素材のおかげですごい頑丈。オリハルコンだからこそ作れた防具。というか、オリハルコンって盾のほうが相性いいみたい。魔法は弾けないけど、物理的攻撃に強い。これならダークドクロの剣からも守れるはず」

「つまり、攻撃がきたら、ヴェーダの盾で身を守ればいいんだな」

「そう。でも小さいからガードの場所を間違えて腕を切らないでね。もういちどスイッチを押せば、腕輪に戻る。簡単に戻らないように、奥のほうを強く、何秒か押すの」


 アイリスは自分のヴェーダの盾のスイッチを押して、盾にしたり腕輪に戻したりを繰り返す。


「ペアだな」

「ヒューヒュー、お熱いっス!」


 セーラがちゃかしていく。


「別々のデザイン考える時間なかったから……」


 恥ずかしそうに、ヴェーダの腕輪を服で隠していく。


「いや、いいよ。おそろいはアイリスのほうが嫌かと思ったんだ。身を守るものが剣しかなかったから、この盾は絶対に役に立つ。というか、貰っていいのか? これ、買ったらすごい高いだろ」

「売り物なら、50万ギルスでも売れるはず。あ、だからって、借金の返済に使わないで」

「分かってるよ」


 そんなバカなことはしない。


「剣も盾もイブキにあげるけど、売ってはだめ。捨てるなら、私に返して。スイッチの所は壊れるかもしれないから、そのときは私に言って、直すから」

「分かった。大切に使わせてもらうよ。剣どころか、こんなものまで。アイリスには、いくら感謝してもしきれないな。ありがとう」

「本当っス。アイリスさん、うちのバカのために、こんなにも尽くしてくれて、ありがとうございます」


 感謝の言葉を期待していたようで、アイリスは満足げに微笑んだ。

 安い報酬。だけどアイリスには、大金を貰うよりも嬉しいことだった。

 彼女は、初めて会ったときと比べて、口数が増えているし、表情が柔らかくなってきている。

 それだけ俺のことを信頼してくれているんだと、嬉しくなった。


「あ、ひとつ、お願いある」

「なんだ?」

「モグッポが、自分の使う分のオリハルコンがなくなったと泣いていたから、慰めてあげて」


 あのモグッポを元気づけるのは、ダークドクロを倒すより難しそうだ。

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