7話 対決

1・今週の日曜日だ


「一吹くん、わざわざ来てもらってすまなかった」

「いえ、むしろ、呼んでくれたことに感謝します」

「向こうと同じように、タメ口でいいよ。君とは対等でいたい」


 久保さんは笑顔を見せて、手を出した。

 俺はやや躊躇しながらも、その手を握った。

 昨日の夜に「話したいことがある」と久保さんから電話が来た。

 約束した場所はエムストラーンではなく、彼が務めるS大学のキャンパスだった。俺の母校より遙かにレベルの高い大学なので、門をくぐるとき緊張してしまう。以前の引きこもりの俺なら、彼の招待を断って逃げ出しただろう。


「改めて自己紹介しよう。久保武則だ。このS大学で教壇に立っている」

「浅田一吹です。この世界でははじめまして」

「はじめまして」


 彼は手を離した。

 久保さんは、エムストラーンの時よりも、白髪が目立っていて、初老の皺が入っている。だけど、背丈、顔つきなどに違いは見られない。

 案内されたのは食堂だった。

 俺の母校のようなネズミの死骸が転がっている古汚い食堂とは違い、明るくて清潔感のある広々とした空間だ。昼過ぎだったが、憩いの場となっていて、学生の姿が多くて賑やかだった。


「なにか食べたいものはないかね?」


 食券売り場を指さした。


「私のオゴリだ。食堂には安いものしかないから、一番高いものでも大丈夫」

「じゃあ、うな重でも」

「残念ながらないな。あったとしてもスーパーで売られているのと代わりない品質だ。大学を出た先に、うまい日本料理店があるから、そこに行くかね?」

「ああ、いや、冗談なんで、うん、分かりにくい冗談だった」

『ハンバーグがいいっス!』


 ポケットからセーラの声がした。


「おまえいたのか……」


 転送機を探してみるけど食堂内には見当たらない。


「転送機は外にある。初代理事長の銅像の後ろだ」


 全面ガラス張りとなった窓の向こうを指さす。広場にある銅像の傍に、転送機らしきものが見えた。距離はあったが、窓際なら電波が届いている。

 俺は、煮込みハンバーグを持ってくる。ライスとスープが付いて450円。安かった。

 久保さんは食べたばかりのようで、珈琲だけだった。


「学食はおサイフに優しくてありがたいな」

「いつでも遊びに来てくれて構わない」

「お言葉に甘えたくなる」

『エムストラーンで食べましょうよ、あそこだってリーズナブルっスよ。ハンバーグだってあるっスよ!』

「おまえの分が増えるから財布にやさしくない」

『たべたーいっス! イブキさんだけずるいっス!』


 やかましかった。


「イブキくんのナビは可愛くていいね」

「ナビの通信を消しましょうか?」

「構わないよ。彼女とも話しをしたい」


 俺は、百均で買ったスマホ立てを取り出して、エムドライブにしているケータイを立てた。


「おっ」


 転送機に向かっていく若者がいた。彼は、手にあるスマートフォンをタッチして、姿を消していった。

 他の人が転送機からエムストラーンに入っていく光景を見たのは初めてだ。


「ここにいると、エムストラーンにいく生徒を観察することができる」


 だから食道を選んだようだ。


「この大学から、エムストラーンに行く人はどのぐらいいるんだ?」

「私が把握しているのでは、20人ほどだ。多くても50人はいない」

「その数値は多いと思うべきだろうか」

「私は少ないと見る。在籍学生が6000人で、たった数十人だ」

「もっとイェーガーが増えるべきだと?」

「べきとは言わないよ。この大学だけですでに3人の生徒が亡くなっているんだ。これ以上の犠牲は増やしたくない。だから私が監視をしているし、しっかりと忠告をしている。ちゃんとバイラスビーストのレベルを確認しろ、巨大な奴は相手にするな、向こうで恋愛をしたり、女を買ったりするな、とかね。だけど、エムストラーンのためには、もっと人を増やすべきだ」

「恋愛になにかあるんですか?」


 セーラも、以前に口にしていた。その理由については、喋るのは禁じられているようで話そうとしなかった。


「相席させてもらうぜ」


 久保さんが口を開こうとしたら、スーツを着た中年の男が俺の隣に腰掛けた。


「なんであなたが?」


 鶫山警部だ。

 割り箸を割って、カツ丼をムシャムシャと食っていく。


「食堂にしたらまあまあだ、50点ってところだな」

「あなたは、刑事さん?」


 顔見知りのようだ。


「ああ。あんたの生徒を、自殺と片付けてしまった無能な刑事だ」


 カツ丼に夢中になりながら喋っていく。


「奇遇だな、と言いたいが。そうじゃねぇ。俺はこの小僧の後を付けていたんだ」


 箸で俺のことを指した。


「なんでまた?」

「一吹さんの家に行くつもりだったんだよ。そしたら、ひょっこり出てきたじゃねぇか。どこにいくのかって、尾行してみたらこの場所だったわけだ。おめぇの後を付けるの、すっげー簡単だったわ」


 全然気付かなかった。


「刑事さんって暇なんですね」

「おう、暇だ暇。ここでカツ丼を食っているほどにな」


 皮肉は通用しなかった。


「なんの用です?」

「そろそろ選挙があるのかねぇ」


 鶫山警部は関係ない話を始める。


「任期が2ヶ月を切っているから、近いうちに確実にあるでしょう」


 久保さんが言った。


「支持率は30%を低下したんだったか? 伊藤総理は負けるかもしれないな。政権交代が起こり得るってことだ」

「どうでしょうか。与党は組織票が強いですからね、ギリギリのラインで勝てるかもしれません。私のような中高年は彼のことを支持していない。けれど、若い世代は彼の支持者が多い。世代によって支持が逆転している面白い現象が起きていますよ。うちの大学で選挙をしてみたら、与党の圧勝でしょう」

「だが、俺たちのような年寄りで投票したら野党の圧勝だ。若モンがすくねぇ。選挙にいく野郎もな」

「若者の数が少ない分、現与党は不利な状況だ」

「久保先生は、野党に入れるのか?」

「与党は好きじゃありません。だが、野党はそれ以下だ。政権担当能力が欠如している」

「腐っても……だな」


 世間話のようで、互いの腹を探り合っている。

 妙な緊張感が生まれていて、居心地が悪かったので、俺は黙ってハンバーグを食っていく。


『イブキさーん、ハンバーグ美味しいっすか?』


 政治や空気を読むことに興味のないセーラはのんきなものだった。


「普通だ」

『食べたいっス! ハンバーグはエルザさんの店にあるっス! おごり決定っス!』

「おまえはメシばっかだな」

『うー、そのカツ丼も食ってみたい。ああもガツガツと食われるのを見ていると、じゅるり、うちもガツガツしたいっス!』

「うっさい、お嬢ちゃんだ」


 鶫山警部は、セーラがいるケータイを後ろに向かせた。


『わーっ! ご飯が見えてくなったっス!』

「おや、ナビが見えるのですか?」

「見えないって誰が言った?」

「なるほど。刑事さんは私と同じだったのか」

「なんのことだかねぇ」

「副業は禁じられていますからな」


 すっとぼけているのはそういう訳のようだ。


「なら……まてよ。あなたは、うちの生徒が死んだ本当の理由をご存じだったのか」

「自殺だよ。それ以上でもそれ以下でもない。納得がいかないだろうけど、そうする以外にないんだ。バイラスビーストに殺されましたなんて報告できないだろ?」

「やっぱり、ご存じだったのですね」


 久保さんは溜息をついた。


「政府が関わっているんでしたよね。もしかして、今度の選挙の結果次第では、エムストラーンに影響がでる?」


 俺は鶫山警部に聞いた。


「与党が負ければ、エムストラーンにとってヤバイことになるだろうよ」

「エムストラーンにとってのダメージとして浮かんでくるのは、ギルスから円に換金されなくなる可能性が出てくることでしょうか」


 久保さんは言った。


「十分ありえることだ。ごちそうさん。お嬢ちゃんもういいぜ、目の保養させてくれや」


 鶫山警部は箸を丼の上に置いた。

 セーラをこっちに向かせてから、爪楊枝で歯の掃除をしていく。


「でだ。一吹さんのことだ」


 警部は俺のことを睨み付ける。


「ユニークビーストを倒したいんだろ?」

「どこからその情報を?」

「ある人から聞いたんだよ。いいじゃないか、そんなことは。あいつは強い。十中八九やられるから、やめておけ」

「そいつが佐竹を殺したんだ」

「復讐はなにも生まないぜ」

「生むだろ。ユニークビーストを倒すのは、エムストラーンにとって意味のあることだ」

『倒せればの話っスけどねぇ』

「倒してやるさ」

「現在の一吹さんのレベルは?」

「13」


 オリハルコンの剣は、モグッポは慣れない素材なので、完璧な状態に仕上がるのには時間がかかると、一週間経っても出来上がらなかった。

 予定では、来週の火曜日に完成する。

 俺はその間に、アイリスの素材集めに協力をして、積極的に強いバイラスビーストと戦って経験値を増やしていった。

 それで2アップのレベル13だ。

 アイリスは1アップ。14になっている。


「ユニークビーストのレベルはいくつだ?」

「27です」


 久保さんが答えた。


「お手上げじゃないか」

「一応、手は考えている」


 無鉄砲に倒しに行くわけではない。


「やるのは、おめぇ一人なのか?」

『アイリスさんという強力な仲間がいるっス。白魔法使いさんです』

「アイリス……ねぇ……」


 鶫山警部は、両腕を組んで苦々しい顔をする。


『彼女はイブキさんのために最強の武器を用意してくれているし、戦闘時に役に立つアイテムをいっぱい揃えてくれたんですよ。頼りになるっス。ユニークビースト倒せば、イブキさんはアイリスさんとデートができるんです。ご褒美っス。そのためにも、絶対に負けられません』

「デートだぁ!」


 警部は素っ頓狂な声を上げた。


「え? あ、いや……」

「おめぇ、あいつの正体知っているのか?」

「知らないけど……」

「だろうな」

「鶫山警部さん、彼女のこと知っているんですか?」

「知らねぇよ!」


 警部は苛立ったように叫んだ。


「くそっ、なんでこんなことになっちまったんだ。関わりたくなかったのによ。仲間はたった二人か? それしかいないのか?」

「え、ええ」

「私もその一人と言いたいけど、戦闘には参加しない。私はレベル8だ。足手まといにしかならない」

「久保さんの教え子で、強い人いませんか?」

「いたとしても、紹介したくはないな。だが、私は生徒たちとチームを組んでいてね、ユニークビーストの調査をさせている。情報を知らせることで、一吹くんのサポートをさせてもらうつもりだ。その報告を聞きたいかね?」

「是非」


 そのために来たんだ。


「ダークドクロは現在、サラダンスではなく、ハラダースの体内に棲息している」

「ハラダース?」

「巨大なものを丸呑みしようとする所のヘビのような外見をしている。レベルは6。サラダンスより体は大きいが、バイラスビーストとしては私でも倒せそうなほどに弱い」

『ちきゅーさんをひと飲みするほど口が大きいのは共通してます。でも、ハラダースって白骨の砂漠にはいませんよね。いるとしても、西の大地の奥の奥のほうに住んでいるはずです』

「その通りだ。ハラダースは、西の300キロメートルも離れた場所の白銀の砂海にいる。それでも、サラダンスのいる東の大陸よりも近い」

「つまり、ダークドクロはわざわざそこまで行って、ハラダースを捕まえに行ったのか?」

「そして戻ってきた。君が教えてくれたのと同じ場所にダークドクロはいた。これは実に興味深いことだよ」

「というと?」

「奴らは、自分の巣から出ようとしない。他のユニークビーストを調べさせてみてたら同じだった。いる場所が決まっているんだ。ダークドクロのように新しい衣服――といっていいものかな――を探すなど、理由が無い限り、ずっと同じ場所にいる」

「つまり、倒されるのを待っているというわけか」


 鶫山警部が言った。


「不思議だと思うよ。ユニークビーストは強い。彼らが一斉に攻めてきたら、我々は太刀打ちができない。なのに、水槽の中のサメのように大人しくしている」

「水槽のガラスを破壊できる力がありながら、自分からそれをしようとしないってわけだ」

「ああ。こちらから攻撃を仕掛けない限り、何もしてこない。なんでだろうね? ナビはなにか知っているかね?」

『バイラスビーストは脅威ある者。ユニークビーストはそれ以上に脅威ある者で、魔王バラカーンに近い存在ッスね。それぐらいしか分からないっス』


 それほど詳しい情報は持っていなかった。


「久保さんはどう思ったんです?」

「ユニークビーストは、その区域のバイラスビーストたちの管理をしているじゃないかな」

「別の言い方をすればボスだ。ラスボスは魔王バラカーン、中ボスがユニークビースト、小ボスはバイラスビーストの集合体ってところだろ」

「あなたは何か知っているようですね?」

「久保さんよ。ユニークビーストのいない区域を調べてみるといいぜ。ネオジパングはそんな場所の一つだ」

「そこは、ユニークビーストは元からいなかったのですか?」

「いや、違う。倒された場所だ。倒したら、ユニークビーストはいなくなる。甦ったり、分裂することもない。強力なバイラスビーストが寄ってこなくなる。つまりザコ狩りにうってつけの土地になるんだ」

「ほう」

「安全圏とは、ユニークビーストのいない場所のことをいう。俺の知っている情報はそれぐらいだな。実のところ、ユニークビースト専門に調査をする人がいなくてな。この世界にどれだけいるか、どんな種類があるのか、分かっちゃいないんだ」

「それを私にやってほしい?」

「やってくれるならだ。価値のある情報を提供したら報酬が貰えるはずだぜ」

「情報って、どこに報告したらいいんです?」


 と俺は聞いた。


「エルザの酒場って知っているか?」

「ああ」

『よく食事しに行くっス』

「そこのモグッポに言えば良い。長老の耳に入るはずだ」

「情報を管理する地球人はいないのですね?」

「残念なことに。情報というのはあったほうがいいからな。それを、しっかりと、まとめてくれる人はいたほうがいい。いや、いるべきだろ。いいだしっぺだ、頼んだぜ」

「頼まれてしまった」


 久保さんは苦笑を浮かべる。


「久保先生は何人かの生徒とチームを組んで調査を当たっているんだろ? あんたが適任だ。長老に会えるようセッティングしてやるよ」

「刑事さんに会うには?」

「こちらから連絡する。んじゃ、ごちそっさん」


 鶫山警部は立ち上がった。去ろうとする前に、


「一吹さんよ。今週の日曜日だ」


 背中を向けて言った。


「え?」

「今日は水曜だから四日後だ。その日しか空いてねぇんだ。エルザの酒場のエルザを知ってるか?」


 俺は頷いた。


「彼女に『腕利きのガンマンを雇いたい』と伝えろ。そしたら、そいつのいる場所に案内してくれるはずだ。忙しい人だから、いないかもしれない。だが、いるようにしてやる。そいつを仲間にしろ」

「そのガンマンは強いんですか?」

「その腕は確実だ。紹介はしたぞ。後はお前次第だ。そいつは金では動かない。覚悟で決める。うまく交渉しろ」


 鶫山警部のエムストラーンの姿なのだろうか。

 彼は俺の背中を叩くと、がに股で食堂から出て行った。

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