6・ヴェーダの巨像もイブキさんのことを認めたことっス
「はやくきてくださーい!」
俺たちが躊躇していると、上空からセーラが呼んでいた。
セーラがいるのは巨像から離れた場所だ。その辺りは足場になるものは何一つとしてない。
真っ暗な空間だ。
「どうやっていくんだっ?」
風は来ていない。この先は妖精にとって居心地が悪いのか、妖精たちも上にあがろうとはしなかった。巨像を覆った草木に座って、俺たちのことをクスクスと笑っている。
「飛ぶんですよっ!」
「どうやってっ!」
「自殺するつもりで飛び下りてくださーいっ!」
巨像の首の辺りから地面までは何十キロもの高さだ。下を向いても、妖精たちの細かな光が動いているぐらいだ。
「心中するか?」
「いや」
「レディーファースト」
「いや」
アイリスも怖いようで、俺が先に飛び下りるのを待っていた。
しょうがない。
セーラが自殺を推奨するわけがないし、大丈夫なのだろう。俺は何度目かの深呼吸をしてから、覚悟を決めて巨像から飛び下りていった。
俺へ何千メートルもある地面へと向けて落下……。
は、しなかった。
ふわりと身体が浮いていた。
巨人に背中をつままれたように、セーラのいる所まで一気に連れてってくれた。
「やっときた。遅いッスよ」
「空飛べるとは思わなかったんだ」
「ここはヴェーダの巨像っスからね。妖精の力が強いんですよ。イブキさんを飛ばすぐらいなんてことないっス」
自慢げに、上向けた人差し指をクルクルとさせる。
「逆を言えば、セーラがいなけれは俺は上にいけないということなんだな」
「そうっス。うちが許可したということは、ヴェーダの巨像もイブキさんのことを認めたことっス。特別っすよ、良かったっスね」
「俺は選ばれし勇者なんだな。まかせとけ、世界を救ってみせるぜ」
「いやあ、そこまで、頼りにはしてないっス」
アイリスも俺に続いてやってくる。足元に地面がないのは不安なようで、魔法が切れて、落ちたらどうしようと怖がっていた。
「さてと、まずは後ろを見て下さい」
俺たちは巨像の方を振り向いた。
顔があった。オリハルコンの金属で出来たアーメットヘルムに完全に覆われているので、目や口など顔の輪廓は全く分からない。
所々に汚れのようなものがあり、その辺りは蚊のような小さな光がたくさんある。
あれが、巨像に生えた植物であり、そこに住んでいる妖精たちなのだろう。遠くから見ると、妖精の住まいは身体の一部分しかないと良く分かる。
「おっきい。本当に巨像の上にいたんだ」
「生きているんだよな?」
「ええ。イブキさんとアイリスさんのことを見てますよ」
奴にとって俺たちは米粒よりも小さいけど、それでも見えるようだ。
「喋ることは出来るのか?」
「できるといえばできるし、できないといえばできない。まあ、うちと喋っているのがヴェーダの巨像と喋っているようなものっスよ。だから、イブキさんが何者で、どんな人なのか、ヴェーダの巨人はちゃんと理解しているっス」
「巨像はすべてを把握しているのか?」
「妖精の目からみたもの限定っス。ヴェーダの巨像にとって、ナビの存在は貴重な情報源になっているっス」
「エムストラーンと地球の架け橋となるシステムを作ったのはヴェーダの巨像?」
「それは別にいるっス。別に隠してないから答えを言っちゃうと、ユリーシャさまでしたねぇ。うちらは、エムストラーンを持ち上げているのが仕事でして、どっちかといえば肉体系っス。ぶっちゃけ、頭、あまり良くないっス」
「そうだな」
「同意するなっス! イブキさんに言われたくもないっス!」
「ユリーシャの光にも意思があるんだ。彼女にも妖精のような存在がいる?」
「ユリーシャの光は、エムストラーンの光。ヴェーダの巨像は影のような存在っス。妖精のようなのは、いるというか、いた、っスねぇ」
過去形だった。
「その存在を失ったユリーシャの光は、いまや光としての能力しかなく、情報を伝達する力をほぼ持ってないっス。それがエムストラーンの致命傷となっています」
「その代わりを誰がやっているんだ。ヴェーダの巨像?」
「だから、うちらは、それができるだけの頭脳と能力を持ってないから、ナビという仕事をしているんスよ。その役割をしているのは、ネオジパングで会ったモグッポのこと覚えているっスよね?」
「ああ」
アイリスも同じく頷いた。
「モグッポの長老が代役を務めているっス。エムストラーンで、一番の知能の持ち主がモグッポですから、必然的にそうなったっス」
「そいつが、エムストラーンの中で一番えらい奴なんだな」
「えらいといえばえらいですけど。さっき、ほぼ持ってない、と言いましたよね? 長老になったのは、ユリーシャの光の言葉を聞くことができる唯一の存在だからです。といっても、暗号のようなキーワードを幾つか聞き取るぐらいで、完全ではないから、間違えることも結構あるんスけど……。長老は、エムストラーン全体のコントロールは出来ないけど、知恵者なのは間違いないから、ちきゅーさんの管理や交渉は長老がやってます」
「つまり、政治家などのちきゅーの偉い奴らは、エムストラーンの存在を知っているんだな?」
「そうじゃなきゃ、エムストラーンの転送機をちきゅーに置けませんよ。それに、お金を稼ぐこともできないっス。許可もらっているからこそ可能なことっス」
隠すことなくセーラは言った。
そのことはアイリスは気付いてなかったようだ。
目を大きくするほど驚いていた。
「交渉している地球の偉い奴は誰だ? 内閣総理大臣か?」
「さあ、そこまでは……」
分からないようだった。
「長老はどこにいるの?」
「光の下にいるっスよ。ユリーシャの光の声を聞くには、そこしかないっスから。ネオジパングによく来てるから、運良ければ会えるっス。あ、ネオジパングを作ったのは長老なんすよ。あそこに行けばおいしいものいっぱい食べれますからねぇ。やるなジジイっス。……それで、ヴェーダの巨像の質問は他にあるっスか?」
なければ、次の話題に行くつもりのようだ。
アイリスは特にないようで黙っていた。
「あの仮面を外したら、どんな姿をしてるんだ?」
「正体は見てのお楽しみ、と言いたいところっスけど、皮膚を剥がすようなものだからなにもないっスよ。目の玉二つに、真っ黒い肉があるぐらいでしょうねぇ」
あの金属そのものが巨像の身体のようだ。
「目は付いているんだな」
「視力は良いっスよ。巨像にとって目は必要なものなんです。お二人とも、ヴェーダの巨像は、外側を向いているのに気付いたっスか?」
「ああ」
「なんで外を見ているのか、分かりますか?」
「そりゃ、外を……そっか……」
闇が広がっているだけだ。
巨像の目の辺りに、なにかあるわけではない。
「妖精を見るためじゃ、なさそう」
何かに気付いたようにアイリスは言った。
そして彼女は外側を眺める。
俺も同じように、そちらを見た。
なにもないわけではなかった。遠くには何かあった。
「巨像は、結界の外を監視しているのか?」
「正解っス」
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