5・ずっ、ずぅっ、ずずずずずず……かぁっ、うめぇ!


『いぶぎざぁぁぁーーーん!』


 泣き顔になったセーラはスマートフォンのディスプレイに頬、両手を貼りつけて、外の世界に出たがっていた。

 ここは地球。エムストラーンから出れないセーラは不可能なことだ。


「おまえ、うるさい」


 俺は、駅前にあるそば屋で、天ぷら蕎麦をズルズルと食っていく。


イブキアサダ

ID 479371××

職業 :戦士(土)

レベル :10

HP :75

MP :0

攻撃力:46

防御力:62

魔法力:0

すばやさ:38

運:8


所持金・17115ギルス


 シャアナを仲間にした5時間足らずの冒険で、レベルが2も上昇し、1万ギルスほど稼ぐことが出来た。

 残り三日で、10万に手に届く数字ではないけれども、上出来といえた。

 普段は、ワカメで妥協したけれど、自分への褒美として海老天ぷらに奮発した。

 エムストラーンという異世界に出掛けていた影響だろう。たった三日とはいえ、バイトをする以上の稼ぎのある労働をしたのだ。

 自信を取り戻しつつあった。

 引きこもり状態で、外で食事をするのも畏怖になっていた俺が、平然とそば屋に入り、天ぷら蕎麦を注文するぐらいの度胸が付いている。

 その程度……と言われそうだけど、俺には大きな進歩だ。


『なんで、帰っちゃうんですか。食べましょうよ。うち、ソバって食べたことないんす。いちどでいいっすから、食べてみたいっス。美味そうっス。ずずっ、ずずっ、ずずずずって、そんなに美味しそうに食べないでください。のどごしがよくて、ズルズルと、うっ、あーちっち、フーフー、フー、ずずっ、フー、ずっ、ずぅっ、ずずずずずず……かぁっ、うめぇ! はぁ、フー、フーフ-、ずるずる、ずずっ』

「落語をするな」


 しかも、上手かった。


「ったく、そば屋のそばに異世界転送機があると知ってたら入らなかったわ」


 なぜか、券売機の隣に転送機があった。店員には見えないようだから、なぜここにあるのか謎である。


『あはははは、今のダジャレっすかっ!』

「違うわ」


 ネオジパングのエルザの酒場のメニューには、蕎麦、うどん、ラーメン、スパゲティーなどの麺類はなかった。ちなみにカレーもない。

 再現に挑戦するコックレンジャー――地球上の食べ物をエムストラーンで再現する人をそう呼ぶそうだ――はいるようだけど、同じ素材がないので、別物である何かになってしまうらしい。

 なので、ないものを食べるには地球に戻るに限る。あるものを食ったところで、味は本場に負ける。

 エムストラーンは、エムストラーンにある素材を使った創作料理のほうが味は確かだ。

 地球で食うのはいいけど、俺の飯にありつくのを楽しみにしていたセーラにとっては、「うらめしや~っ」であった。

 通話を切ったところで、ナビは強制的に通話できるので、直ぐにセーラの顔がディスプレイを占領してしまう。


『たべたああぁぁぁーーーいっス!』


 やかましいったらありゃしない。

 ナビを解雇してしまおうか、こいつが嫌がられる理由ってコレじゃないか、と考えながら、丼を両手に持ってそばつゆをススった。


『せめて、どんな味なのか教えて下さいな』

「そばの味だ」

『わかんねぇっス!』

「天ぷらは天ぷらだな」

『分かるかっ!』


 そうはいっても、どう表現していいのか分からない。味は普通であり、そばつゆは飲めるぐらいに薄い。

 言えるのはそれぐらいだ。

 異世界を知らない人にとっては俺はひとりごとを言っている危ない奴となっている。ジロジロとした目線を感じたので、セーラの恨み節を無視して、黙々と食べることにする。


『憎い憎いイブキさん、電話っス』


 ごちそうさま、と空になった丼を食器置き場に出したとき時に、セーラは言った。

 着信音ではなく、セーラが知らせてくれるのは便利かもしれない。


「相手は?」

『さたけひろゆきさんっス』


 相手が誰かも分かるらしい。

 もしかしてこいつ、ケータイのプライベートの情報を全て把握できるのか。


「じゃあ、スルーだな」

『いやぁ、出ましょうよ。これだからひきこもり無職童貞は』

「童貞じゃねぇ」


 そば屋でいうセリフではなかった。カレー蕎麦を食っていた女がギョッと反応していた。

 電話の相手は、高校時代の後輩だ。もう3年以上も音沙汰無かったし、電話帳から消そうとも思っていた人物だ。


「じゃあ、セーラが代わりにでてくれ」

『なんて出るんすか?』

「妻でいいだろ。相手がビックリする」

『うちもビックリっすよ!』

「というか、代わりに出ることも可能なのか?」

『出れますけど、エムストラーンに行けない人だったら無音となるっス。といいますか、ずっと鳴り続けてるんですけど、放置でいいんですか?』

「分かったよ。出る」


 異世界にいく前の俺なら、なにがあっても出なかったはずだ。

 ちょっとはトラウマが回復したのかもしれない。


「はい」


 俺は通話ボタンを押して、スマホを耳元にもっていく。


『浅田先輩、お久しぶりです!』


 耳が痛くなる威勢の良い声。その一声で、どんな奴だったか直ぐに思い出す。

 佐竹広之さたけひろゆき

 俺がサッカー部の部長をやってきた頃の一年下の後輩だ。3年前に就職活動の相談を受けて以来、音沙汰がまったくなかった。ちゃんと就職できたのか、今なにをしているのか、知らなかったし、関心もなかった。


「佐竹、久しぶりだな。急にどうした?」

『今からお会いできないでしょうか』

「会えん」

『まぁまぁ、そう言わずに、すぐそこまでいるんですよ。というか目の前に……』

「え?」


 そば屋の入り口を振り向くと、ニッと白い歯を見せる佐竹の姿があった。

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