6・俺、浅田先輩に感謝してるんですよ
町中で偶然出会ったところで、目の前の男が佐竹であると気付かなかったはずだ。
俺の知る佐竹は丸坊主で色白な男だった。
あの頃の純情チェリーボーイが嘘のように、刈り上げた髪の毛を金髪に染めて、耳にはリングのピアス、肌は真っ黒に日焼けをし、だぼだぼなサムエルデニムで短足さをアピールしていた。
ガタイの良さは変わらずだ。体を張った仕事をしているのか、腕周りの筋肉はさらに太くなっている。
佐竹は、携帯電話をポケットにしまう。使っているのはガラケーだった。
「おまえは、俺の姿を見つけたから、電話かけたのか。良く分かったな」
「いやあ、まったく同じままッスね先輩。どっからみても浅田先輩すぎて、先輩だとすぐ分かっちゃいましたっス」
俺はそんなに、昔と変わってないのだろうか。
「ッスッスいうな」
『そうっス、そうっス。真似するなっス』
ケータイの向こうにいるセーラがぶーぶー文句を言う。
「その格好はなんだ。ヒップホッパーやってるのか?」
「やってませんよ。なぜ、そう思うのか。チャラいの確かだけど、自分、てんで変わってないっスよ」
っスと言われると、どうしてもセーラがちらついてしまう。
「女か?」
「いや、違う。自分を変えようとしたら、こうなっちゃった。似合ってねぇと、分かってるだけどねぇ。なんか、気に入っちゃって、このままでいいかって思っちゃって、まあ、そのまま」
爽やかに笑った。この笑顔は、昔のままだ。無愛想が地である俺には羨ましい。
食事はとっくに済んでいる。立ち食いのそば屋で駄弁っているわけにもいかない。
店を出ることにした。
そのまえに……。
「なあ、俺の携帯、金髪の女が見えてないか? あと声も」
ケータイを見せてみる。セーラが、『ほいほーいっス』と手を振った。
「えー、さぁ、なんですか、それ。ネタにしちゃあ笑えないし。先輩、おかしいこと良うなあ」
ニヤニヤと笑われてしまった。
やっぱり素質ない奴には、セーラの声を聞くことも、見ることもできないようだ。
「どっかでメシ食うか?」
そば屋の三件隣にあったファストフード店を指さした。
「浅田先輩、さっき、食ってたじゃないですか。俺は腹、減ってないわけではないけど、別にいいですよ。つき合わせるの、メンドーだし」
「そっか、珈琲ぐらいなら、いいと思ったんだが」
「こっちでいいじゃないっスか。先輩、金なさそうだし、俺のおごりで」
「事実だが、金なさそうは余計だ」
近くにあったコンビニに入って、100円のホットコーヒーを二つ注文する。
熱々の珈琲を飲みながら、コンビニの自動ドアを抜けていく。
湯気と共に漂ってくる珈琲の香りがとてもよかった。
「悪くないな」
「もしかして初めて?」
「ああ」
引きこもり状態になってから、店員に珈琲と注文することすらできなくなっていた。飯に行くとしても、口を聞かなくていい、食券のある店を選んでしまう。
「俺、浅田先輩に感謝してるんですよ」
「なにかした覚えはないから、別にせんでいい。それと、もう先輩後輩じゃないんだから、普通に呼んでくれ」
「いやあ、俺にとって先輩は先輩っすし。他に呼びようがなくて、まいったなぁ、だからと、浅田とか一吹とかいいにくいし、やっぱ浅田先輩だ。今の俺はそう呼びますよ」
このやりとりは、前にもした気がした。
「就職はできたのか?」
聞いて良いのか迷ったけど、他に話題が見つからなかった。
「ああ、やめました。おかげさまで、内定は取れたけど、どうもしっくりとこなくて。いくつも面接を受けているうちに、なんというか、自分を否定させられているような気分になっちゃって。こんな圧迫した世界で働かなきゃいけないのかって、先のこと考えただけで、ズーンと落ち込んできて……ええと……どう言やいいのかな……」
その続きを言おうにも、言葉が浮かばなくなっていた。
「まあ、気持ちは分かる」
怖くなったのだろう。就職できたところで幸福が待っているわけじゃない。先に見えるのは不安と苦労と、労働の対価となるちょっぴりの金だ。
それが天職で無い限り、社会という理不尽な波に呑まれて、自分という存在を見失うようになり、なにか支えとなるものを求めてしまう。
だからこそ、唯一のよりどころであった支えに裏切られたとき、なにもかもがわからなくなり、どん底に落ちてしまった。
俺をどん底にした原因は、客観的に考えたら下らないことだ。
その下らないのが、俺には地獄に落ちたのと変わりなかった。救いがあるとすれば、そんな精神状態になろうとも、自殺するほどの勇気がなかったことだ。
「同意されるんだけど、こういうときって大抵、でもな……って続きがあるんだよなあ。お説教、お説教……」
「でもな、こんな所でへこたれてどうする。みんなそうやって必死に生きているんだ。ここであきらめずに、頑張っていけ。みたいなものか?」
「そうそう。浅田先輩は言いませんね」
「言える立場じゃないよ、俺は。仕事、やめちゃったからな」
コーヒーを一口飲んだ。苦みが美味かった。
「いつ?」
「一年前。今は、まあ、日雇いの仕事をやっている」
異世界で稼いでいるのだから、嘘ではない。
働いていない、という引け目がなくなったのはありがたかった。
「俺もっス。やりたいこと、色々と考えた結果、イメチェンしてみたんすよね。それでなにか変わることがないようで、結構変わった感じで。まあ、気分的なもんだけど。人って見た目で判断するんか、俺がこうなったら、みんな、ビックリしちゃって、似合わないっていわれまくり。縁を切った奴もいる。新しいダチも出来たけど。見かけで環境が変わるんだから、イメチェンは成功だったのかな。未だ、よく分かってないけど、けっこう気に入っているんだ。自分じゃない自分になれて、ちょっとは強くなれたんじゃないかって」
自分のことを話せる相手が欲しかったのかもしない。照れ笑いを浮かべながら長々と喋っていた。
「佐竹がいいなら、いいだろ。おまえはサッカーの時も、俺の命令を聞かずに、がむしゃらに突っ走っていたな。それで、ゴールが取れた時も、取られたこともあった」
「取った時は褒められ、失敗したときは怒られて……」
「半々だった」
頭ではなく直観によって行動する、向こう見ずな奴だった。
「逆に先輩は慎重派だった。取れる点も取ろうとしないから、イライラさせられたなあ。サッカーは走ることだ。走らなきゃ点は取れない。でも、みんな疲れたくないようで、俺のように走ろうとしない。なんで俺は、チームを引っぱっているようで、反逆児として足を引っぱっていた。それでも先輩は俺を起用してくれたなあ」
「おまえがいるほうが、点が多く入っていた。作戦通りにしない欠点はあったが、アドリブに強かったし、チームにいい刺激を与えていた」
「監督は俺のことレギュラーから外したがっていたけど、先輩が猛反対したんだって。卒業したあとに、そのことを聞いて、ほんと感謝してます」
懐かしむように、空の紙コップを潰した。
考えすぎて行動に移せず、自滅する。
俺の良くあるパターンだ。だから、真っ先に行動を起こしてくれていた、佐竹の存在はありがたかった。
「俺たち、良いコンビになりますよ」
「過去形だろ。いいコンビだった、だ」
「いや、現在系。あ、ここでいいですよ」
証明写真機の前で、佐竹が足を止めた。
「自分の顔、撮るのか?」
「まさか。この顔好きじゃねぇし。俺って、さらに変身することができるんだ。そっちのほうが断然気に入っている」
鞄からタブレットを取り出す。
7インチの見たことのあるタイプだった。
「燃える炎を我が友に、絶望の宴を灰にする! 愛と正義に荒ぶる乙女、紅のシャアナここに参上!」
シャアナと出会った時と同じポーズを取った。
「あははー、じゃあイブキ、また明日。ちゃんと来ないとフレイヤだからね」
手を振って、佐竹は光に包まれて、姿を消した。
「え……あ……」
衝撃のあまり、言葉を失った。
証明写真の隣にひっそりとあった異世界転送機をポカンと見つめる。
メテオストライク。聞いたことがあるはずだ。練習中、佐竹はそう叫んではよくシュートをしていた。
シャアナの正体が男なのは想像ついていた。けれど、佐竹であったとは思いもしなかった。
あの二人の性格が一致しなくて、混乱してしまう。
一体なんで、あいつはああなったんだ……。
『やっぱ、うちのこと見えてたんすねぇ。目があったから、もしや、と思ったんすけど』
圏内に来たのでセーラが、ひょっこり現われた。
「あいつは異世界に行ったのか?」
『行って帰ったんでしょう。エムストラーンから地球に戻るとき、使ったことのある転送機ならどこでも瞬間移動できるんです。だから、地球からエムストラーンに行って、そっから地球に戻れば、電車で1時間かかる距離でも、3分ぐらいで着いちゃいます』
「いいのか?」
『いけません。悪用厳禁、ペナルティーものっス。でも、交通手段として利用するだけなら、たまに注意受けるぐらいなんで、やっちゃってる人多いっス。まあ黙認していると言って良いでしょう』
そいつは便利だ。時間と電車賃が浮くし、俺も利用しよう。
『イブキさんは、そうっすね、うちの食べたいものをおごってくれるなら、見逃してやるっス』
いや、こいつがうるさいから、利用しないほうがいいかもしれん。
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