4・ご希望なら、あたし、男になってもいいんだからね!
見たことのある奴だった。
そいつは、300メートルはあるすり鉢状となった蟻地獄のような穴の下にいた。人間ですら一飲みできそうな、大きな口をぽっかりと開いて、自らの巣に迷い込んだ獲物を待ち構えている。
「よーし、早速!」
「やめろ」
挨拶代わりにフレイヤを飛ばそうとするシャアナを制止する。
「なんでよ?」
「襲ってきたらどうするんだ」
俺たちの居場所を知らせるだけだ。
「大丈夫だって。蟻地獄を作るような奴なのよ。猛スピードで這い上がってくるとは思えないし、第一、こんなに離れてるじゃないの」
「それでもだ。どんな奴なのか分からないんだ。慎重に行きたい」
「それが正解っス」
セーラも同意する。
「なにさ、イブキはあたしよりも、そんなチビのほうがいいってわけ!」
「シャアナが頼りになる仲間なのは分かっている。俺一人じゃ、ここまで来ることができなかっただろう。こっちが足を引っぱってたから、分け前が5・5なのが申し訳ないぐらいだ。感謝している」
まずは褒めてから、
「けどな、おまえがどこのどいつで、何者なのか分かってないんだ。どっちを選ぶかといえば、セーラのほうが信頼できる」
「そうっス。うちとイブキさんはガッチガチの赤い糸で結ばれてるっス!」
「それも嫌だな」
「なんとっ!」
両手をあげて大げさに驚いていた。
「つまり、私がいかにナビより信用できる人物か分からせればいいわけね。ふふーん、ならば、教えて差し上げるわよ」
「どうするんだ?」
「そのうち分かるわよ、そのうち、ね」
手を腰に付けて、自信たっぷりとなっていた。
「二人とも静かにしてろよ。聴覚が敏感な奴かもしれないんだ」
「へーきへーき、あたしたちのこと、気付いちゃいないって」
「そう、思わせているだけかもしれん」
ケータイを望遠鏡代わりにして、標的であるバイラスビーストを調べてみる。
『サラダルス レベル8』
黄色。
220000ギルス。
やっぱりだ。
俺がチュートリアルでレベル99の時に倒したのと同一のバイラスビースト。
レベルは8。
あのときと同じだ。
だけど、色が違っていた。
黄色。
初めて見る色だった。
それに、8000ギルスだったのが、220000ギルス。何十倍もの額に膨れあがっている。
「ねっ、楽勝でしょ?」
シャアナはレベルだけでそう判断しているようだ。作戦なしで、無鉄砲に突撃しようとしている。
チュートリアルの時と同じ強さであっても、巨大な分、倒すのに時間がかかるだろう。ただ、土を潜って移動して、大きな口を開いて突進してくるという行動パターンは把握済みだし、背中が弱点なのは分かっている。
たった一匹倒しただけで、10万円が入ってくる。
その誘惑に挑みかかりたい衝動はあるにはあったが……。
「黄色はなんだ?」
黄色と、異常な賞金額が、危険なのを知らせていた。
「特殊なバイラスビースト。ちきゅーさんはユニークビースト、略してユニーストと呼んでます」
「普通とどう違う?」
「高額。倒せば一攫千金、ガッポガポよ」
「だけじゃないっス。理由があるから、あの額になっているんです」
「どんな理由か?」
「分かっていたら、とっくに言っているっスよ……。ユニースト化したサラダルスなんてうちは知りません。あの賞金額になったのは、それだけの……」
「の?」
「多くの人がやられたのかもしれません」
「ふーん、あんなザコにやられるバカっているのねぇ」
「こんな砂漠地帯ですよ? 余程の腕のあるイェーガーさん――バイラスビーストを退治する人のことっス――しかこないはずです。といいますか、よくこんな場所にこれましたねぇ」
「あーはーはっ、凶悪なバイストや原獣から逃げまくってたから、あの一攫千金がいる場所に行き着いたってわけ。怪我の王将ってやつ?」
「怪我の功名だ。おまえはお宝を見つけたと思っているようだが、トラップの可能性があるだろ」
「どんなトラップよ?」
「知るか。こいつの情報は、俺もおまえも同じなんだ」
「大丈夫よ。私たちならやれる」
「思い込みだ。セーラはどう思う?」
「ぜぇぇぇぇぇーーったいにやめとけっス!」
だった。
「ナビって、ほんと憶病よね」
両腕を組んで、侮蔑の眼差しを向ける。
サラダルスの口が閉ざされた。体をもそもそと反対側へと動かしていって、砂漠の中へと潜ってしまった。
「あらら、いなくなっちゃった」
俺たちに気付いて、下から襲いかかってくるかと警戒してみるも、そんなことはなかった。
ユリーシャの光が弱まり、空の地球が浮かびあがっている。
夜が近づいたから、巣に潜ったのだろう。
熱かった砂漠も、今度は逆に涼しくなってくる。夜になれば、寒さに震えそうだ。
そう考えると、サラダルスは寒さに弱いのかもしれない。
「今日は終わりにしよう。ここに来るまでに十分稼いだし、ちょうど良いだろ」
帰り道もあることだし、真っ暗になるまえに戻りたかった。
「ああっ、もう! 今日中に倒したかったのに、悔しいっ!」
砂漠の砂を蹴っていく。
「一人でやるか? 巣の中にいるだけだから、あの穴に炎を飛ばしたら出てくるぞ。俺は帰るから、協力を求めるなよ」
「あたしも……帰るわよ」
ブスっとする。
もっとわがままを言うかと思っていたけど、聞き分けが良かった。
「シャアナだって、絶対になにかがあると思ったから、仲間を連れてきたんだろ」
「…………」
無言なのは、その通りだと言っているようなものだ。
「今日は確認だけだ。倒すにしろ、もう少しレベルをあげて、準備を整えてからだ」
「うちとしては、相手にするな危険っすけどねぇ」
「これだからナビは嫌いなのよ。あんたさえいなければ……」
敵意を見せるものだから、セーラは俺の後ろに隠れた。
帰りは簡単だ。
スポットにエムドライブをかざせばいい。エムストラーンには、至る所に石版のような姿をしたスポットが存在している。そこにいけば、一度来たことのある別のスポットや、地球上の転送機に瞬間的に移動することが可能だ。
とはいえ……。
さすが砂漠地帯。ユニーストがいる場所からスポットまでは相当な距離があり、1時間近くも歩くハメになった。
ケータイのナビ機能がなければ、方角がさっぱり分からず、砂漠を彷徨っていたことだろう。
「……移動できる乗り物が欲しい」
到着するまでに、10匹近くのバイラスビーストを狩ることになった。
水はとっくに尽きている。喉がからからだ。砂漠なので、どこを見回しても水はない。
「魔法使いなら、テレポートで一瞬でいけるんですけどねぇ」
「あるか?」
「ない!」
だろうな。あればとっく使っている。
「アイリスさん、仲間にしたいっスねぇ」
「俺は嫌だ」
「うちは、あの子のほうがいいっス」
シャアナと違って、ナビを大切にしているからだろう。
「誰よ?」
「昨日、仲間になったゴスロリ魔法使い」
「ふーん、あたしの他にも女がいたってわけ。浮気もの」
最後のところはボソッと言ったが、ちゃんと耳に入った。
「そんなんじゃないし、おまえともそうじゃない」
「イブキさんモテモテっすね」
「女に興味ない」
「ホモ?」
「違う」
トラウマを抱えているだけだ。
「ご、ご、ご、ご希望なら、あたし、男になってもいいんだからね!」
思い出したようにツンデレていた。
「地球でのおまえの姿を晒すなら歓迎しよう」
冗談のつもりでいったら、
「あー、それやだ」
正体を見せるのは本気で嫌なようで、素の顔になっていた。
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