7・バカになるのは俺のほうだ
エムストラーンにも夜は来る。
天高くそびえ立ち、この世界の生き物を見下ろしているユリーシャの光は、太陽から月へと変化するように、夜になるにつれ眩しさが失われていき、薄明かりなものになっていった。
空に広がった星空は、地球のときよりも大きく感じられる。それに流れ星も多い。願い事をしようとも、また流れてくるのだから、慌てることもない。
ユリーシャの光からさらに上がったところに、親指と人差し指で輪を作ったぐらいの大きさの惑星があった。
青い海と大地と雲のある星。
地球、そっくりの姿をしていた。
「あれは、地球なのか?」
バイラスビースト狩りが一段落ついてから、俺はセーラに聞いた。
儲けは2000ギルスぐらい。レベルは8のままで、上がることはなかった。
「そうっス」
やはり、あれは地球なのか。幻想的な美しさに、目を奪われてしまう。月見酒ならぬ地球見酒をしたいものだ。
「ここは宇宙にあるのか?」
「ないっスよ」
「じゃあ、なんで地球が見える?」
「空は宇宙を映しているからっス」
「だったら、ここは宇宙の一部ってことだろ?」
「違うっス」
「宇宙が見えて、ここは宇宙でないというのか?」
「そうっス。エムストラーンは異次元にあって、地球さんのある宇宙という空間には存在しないんです。世界構造も、全く違うものとなってるっス」
「良く分からない」
「うーん、説明するの難しいっス。分かりやすくいえば、エムストラーンの空は結界という膜が張られていて、外敵の侵入から守っているんです。その結界が、別次元である宇宙の光景を映していると、考えてもらっていいっス」
「つまり、ドーム球場でプラネタリウムを観賞しているようなものなのか」
「すいません、ドーム球場もプラネタリウムも、なんなのかわからないっス」
その2つについて説明をする。
「映っているのは本物だけど、そんな感じっスね」
「じゃあ、宇宙に向かって飛んでいったらどうなるんだ?」
「結界にゴツンとぶつかるっス」
「その結界の膜を破ったら?」
セーラは真面目な顔になる。
「どうした?」
「破られたら、エムストラーンの最後です」
「空気が抜けるのか?」
「いえ、バイラスビーストが襲ってきます。レベルでいえば60、70以上もある脅威ある者たちが、何億、いえ、何兆と入ってきて、一瞬でユリーシャさまの光を消し、世界を終わらすでしょう」
そんなことあってはならない、とすがる目をする。
まるで俺が、世界を救う勇者であると信じているように……。
かつて付き合っていた女を思い出した。彼女は時折、そんなすがった目をしていたものだ。その表情に、守ってやりたい気持ちが沸いて、恋という泥沼に沈んでしまった。
胸が痛むと同時に、あの時のドキッとした感情がやってくる。
「おまえも女なんだな」
「なんすか、それ。バカにされた気がします」
「逆だ。バカになるのは俺の方だ」
「わけわかんねぇっス」
入れ込むな危険。情に棹させば流される。15センチの少女に恋愛感情がわくとはないだろうが、ほっとけなくなって、命を張ってしまう危うさはあった。
そして、かつての時のように、裏切られて自滅する。
※
「宿屋はないのか?」
「あるけど、一泊5万ギルスいただくっス」
「高っ!」
家に帰るのは面倒だ。残り4日間、異世界で稼いでいくのだから、ここで寝泊まりしようという考えは却下となった。
「安くすれば、ちきゅーの生活を疎かにする人がでてくるんですよ。永住しないのなら、ちきゅー人さんはちきゅー人さんとして実生活を大切にしてください」
事前に予約をしたり、事情がある場合は5000ギルスで泊まれるけど、俺のような自業自得な理由では5万以下にならなかった。
しょうがないので地球に戻ってきた。帰り方は簡単。エムストラーンの様々な場所にある異世界転送機にケータイをかざすだけだ。
十時間ぶりの地球。心なしか、空気が汚かった。
走行してくる自動車が、バイラスビーストにみえて、ないはずの剣を握ろうとしてしまう。
家に入ったら、手洗い、着替え、風呂に入らず、そのまま布団の上に仰向けで倒れた。
今日一日の疲れは、地球の体でも変わりない。精神的ではなく、肉体面でも疲労が襲ってきている。21時という、いつもの俺には早すぎる時間だけど、目をつぶっただけで、ぐっすりと眠れそうだ。そして、起きたら筋肉痛に悩まされることだろう。
腹は減っていない。ネオジパングで食べてきた。ありがたいことに、向こうで食事をしても、栄養素を摂取できている。
味は日本よりも劣るものの、白米やパンはちゃんとあって、そちらは――パサパサとしているけど――さほど大差なかった。半分ほどセーラに食われてしまうから、二人前となるけど、それでも安く済んでいる。物によっては日本の5分の1以下だ。物価が安いとセーラが言っていたのは嘘ではなかった。これからはエムストラーンで食べるとしよう。
俺はケータイを開いて、自身のステータスを確認する。
イブキアサダ
ID 479371××
職業 :戦士(土)
レベル :8
HP :54
MP :0
攻撃力:37
防御力:48
魔法力:0
すばやさ:29
運:7
所持金・8310ギルス
使った飯代を除けば、今日だけで一万近くも稼いでいる。
上出来だ。
14万には遠いけど、初日でこの数字なのだから、自分を褒めてもいいぐらいだ。
「サンキューな」
この場にはいない、セーラにも感謝だ。
家賃の件がなければ、充実した金稼ぎができている。
レベルは1から8になっている。剣の腕前も上がったことだし、明日からは、効率よく金稼ぎができる自信があった。
だが、一人では限界はある。
セーラのアドバイス通り、仲間が必要なのは確かだ。
8・2の取り分抜きにしても、アイリスといた時のほうが、彼女のサポートの力で、高レベルの原獣を相手にすることができた。洞窟にいたのが、ギルスの少ない原獣ではなく、バイラスビーストならば、5000以上は稼げたのではないか。
しかし、運がてんで上がらないのは、どういうわけか。俺は天に見放されているのだろうか。
「ん?」
アプリのセーラに、メールマークが付いていた。
エムストラーンからメールが来たらしい。地球上でもメールなら、IDを知っている相手なら、やりとりがすることが可能だ。もちろん、拒否することもできる。実際、アイリスに文句のメールを送ったら、『ブロックされてます』と返された。
メールは、地球上のインターネットとは違うものを使うので、異世界転送機のスポットをすれ違うことでの受信となる。
帰り道のどこかに、転送機があって、それ経由で送られてきたようだ。今度、家から尤も近いスポットを探すとしよう。
『シャアナ
ID 44131××
職業 :魔法使い(火)
レベル :10』
見知らぬ相手だった。
エムザの酒場の伝言板に、ID、名前、簡単な紹介文を書いて、仲間を募集している旨を書き込んでいた。
それを見て、メールを送ってきたのだと推測。相手は火の魔法使い。レベルの差がさほどないのはポイントが高い。
仲間として悪くない。
メッセージを見てみる。
『あんたと一緒に冒険する気なんてこれっぽ~~~~~~っちもないんだからね!
で、でも、あなたが、ど~~~~~してもって言うんなら考えてあげても、いいんだから!
ぜぇ~~~ったい! フレンドしなさいよ!!! しなかったらフレイヤであんたを丸焦げにしてあげる!
よろしく!』
「……なんだこれ?」
この文章を女の振りをした野郎が打っているのだと思うとゾッとした。
どうしたものやら。なんとも怪しい奴から、フレンドリクエストが来たものだ。
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