6・ふふっ、強烈にキクわ

「イブキさんラッキーっス。マスターのエルザさんは、滅多に会うことができないんですよ」

「会えたら、御利益があるのか?」

「そうね。このパイをサービスするわ」

「御利益ありましたっス!」


 皿には、三角形のパイで包まれた小さなパイが八つ入ってた。一人分、四つということだろう。

 パイの生地はサクッとしていて、中はとろりと熱いジャムが出てきた。


「うまうまっス!」


 小さな口でカリカリとリスのように食べていく。


「わっちゃちゃちゃちゃちゃ!」


 急いで食べるから、舌を火傷していた。


「どうかしら?」

「マクドナルドの奴に似ている。不味くはないんだが、あの味を再現しようとして失敗したような感じだ」


 ジャムをいれた揚げ餃子みたいだ。嫌いではないけど、これじゃないという残念な気持ちになってくる。


「本格的なのは中々作れないのよ」


 正直な感想に、エルザは苦笑する。


「これリンゴなのか?」

「のようなもの。似たような果物を使っているけど、酸味が強いし、サクサクとしないから、ジャムにすることで、なんとか食べれるまでになったところ。まだまだ試作段階ね。珈琲はどう?」


 珈琲を飲んでみて、一口でカップを置いた。


「苦いけど、珈琲じゃない」


 珈琲の色と香りはするものの、味はまったく違っていた。


「ゴボウ茶に似ていると言われてるわ」

「確かに、そんな感じだ」


 カフェインも入ってなさそうだ。


「地球にあるのと同じ味を再現しようと試行錯誤しているけど、一筋縄ではいかないのよ」

「なんでちきゅーさんは、エムストラーンでちきゅーの料理を再現したがるんでしょうかねぇ。ちきゅーで食べればいいじゃないっスか」

「こだわりがあるのよ、こだわりが」

「気持ちは分かるな」

「さっぱりわからんっス」

「それに、あなたたちが食べているものは、私たちの口に合わないのよ。お腹空いたら、わざわざ地球に戻って食事するのは、冒険の支障になるでしょ?」

「そうっスけど……」

「妖精は、地球人が来る前は、なにを食べてたんだ?」

「料理の概念なんてなかったっス。そこらの木についた果実を取って食べてましたねぇ。ちきゅーさんは、食材を組み合わせて、形を変えたり、ジュージューしたりして、未知の食べ物を作り上げるもんだから、魔法みたいでビックリっス」

「あなたたち、さっさとバイラスビーストを倒してこいといいながら、人間が作った料理を美味しく食べているものね」

「そりゃ、美味いものは食うっス。ちきゅーさんのおかげで、木についた果実じゃ物足りなくなっちゃいましたよ。罪な奴らだっス。あ、たべないならもらうっス、いただきまーすっ!」


 良いという前に、3つ残った俺の分のアップルパイもどきを食べ始める。


「うわっちっちっちっ!」


 そして、また中身のジャムで舌を火傷させていた。


「おまえ、その小さな体でよくそんなに入るな」


 ステーキも俺の分を半分近くいただいていた。自分の体以上に大きいのをペロリと平らげるのだから驚きだ。


「胃の中を調べてみたいわね」

「でっかいうんこするんだろうな」

「するかっ!」

「あはははははは」


 エルザは、テラスの柵に背中を預けて、タバコを一本取り出した。くわえてから、口の近くで指を立てる。

 指の先に、小さな火がライターのように付いた。


「魔法使いなのか?」

「私のこと? パラディンよ。私は料理とタバコ目当てにここに来てるから、レベルは低いわ」


 誘われても仲間にならないと言外していた。


「パラディンは、戦士と魔法使いの中間っス。戦士の力が10、魔法使いの魔法は10で言えば、5と5の強さなので、バランスはいいけど、悪く言えば尖ったところがないですねぇ」


 聞かずとも、セーラが説明をしてくれる。


「ふーん。あなた、来たばかりなのね」

「今日が初日だ」

「現レベルは?」

「8」


 洞窟での原獣退治で3UPしている。

 ギルスも3000ほど稼いだし、その意味では、アイリスの手伝いは無駄ではなかった。


「へぇ、やるじゃない」


 一日でそこまで上がる人は滅多にいないのか、目を大きくしていた。


「イブキさん、素質ありっス。足を引っぱるレベルじゃなくなったし、仲間を探しているんですよ。ちょうど良いちきゅーさん、いないっスかねぇ?」

「うーん。初心者でもそのレベルなら、仲間になってくれる人はいるだろうけど……」

「なにか問題でも?」

「ナビ」

「ナビ?」


 セーラは「あははは……」と苦笑いする。


「ナビは若葉マークがついた自動車のようなものなのよ」


 ど素人扱いされるというわけか。


「エルザのナビは?」

「とっくに別れたわ」


 その表情から、未練もなさそうだ。

 そういえば、街にいる人たちも、ナビを連れているのは少ない。

 アイリスは、ルルというナビがいた。彼女の場合は、唯一の友達という存在なので、手放すことができないのだろう。


「だからと、セーラと別れる気にはなれないな」

「イブキさん……そんなに、私のことを……」


 大げさに目をウルウルとさせている。


「そういや、ナビって断れるのか?」

「一度断ったら、永遠のお別れとなるっス」

「二度と会えないのか?」

「ええ、イブキさんに嫌われたセーラちゃんは寂しくて寂しくてウサギのように死んじゃうんスよ」

「よくウサギを知ってたな」

「多少はちきゅーさんの知識持ってますんで。そんで、私は生まれ変わって、新しく来たちきゅーさんのナビを担当することになるっス。新しいナビを雇うことはできないから、イブキさんはボッチとなりますねぇ」

「仲間ができれば、別だけどね」


 エルザは言った。


「仲間よりセーラを選びたいな」

「イブキさん、愛してるっス! 結婚しましょう!」

「おおげさだ」

「おーおー、熱い、熱い」


 エルザは店の外に向かって、雲を作るように口から煙を長々と吐いていく。

 テラスの向こうには、一本の大きな木を日陰にして、巨大な原獣がくつろいでいる。エルフのように尖った耳をした少女がエサをあげていた。

 サーチしてみると『ロヴウス レベル18』と出てきた。

 色は白だ。


「原獣使いのパートナーの原獣さんは白になるっス。ペナルティーになるから、倒しちゃダメですよ」

「原獣使いは、魔法などは使えるのか?」

「死なない程度にちょっとだけ。10で言えば、2か3ぐらいかねぇ。そのかわり、原獣さんが戦ってくれて、原獣さんがレベルアップするっス」

「つまり、パートナーの原獣を育成するのが、原獣使いの役割なのか」

「そうっス、そうっス」

「ネオジパング内にバイラスビーストが入ってこないよう、原獣使いの原獣が見張りをしているから、ここは世界一安全な場所といえるわね」


 どこからか、バイブが振動する音がした。

 エルザの服からだ。彼女はiPhoneを取り出した。


「ちっ」


 舌打ちをする。男を感じる仕草だった。


「ごめんなさい。表の用事が入ったわ。仲間の募集は、店の伝言板でするといいわ。IDを書き込めば、向こうから連絡が来るはず。伝言板に良さそうな人がいたら、こちらから連絡してもいいわね。私の方からも、ボーヤのこと紹介しておくわ」


 エルザは、俺の前に来る。


「これ、あげる」


 吸いかけのタバコを、俺の指に挟んだ。


「味は同じなのか?」

「ふふっ、強烈にキクわ」


 カウンターの隅にある異世界転送機から、エルザは地球へ帰っていった。


「表って?」

「地球は表、エムストラーンは裏。と呼んでいる人多いっス」

「なるほど」

「ちきゅーの用が入ると、さっきのようにケータイで知らせてくれるっス。まあ、無職のイブキさんにはいらん機能っスけど」

「ほっとけ」


 俺は、火がついたままのタバコを吸ってみた。

 三年ぶりのタバコだ。たまに吸っていたが、好きでも嫌いでもなかった。吸わなくなったのも、高いという理由なだけだ。


「げほっ! げほっ!」


 その凄まじさにむせてしまった。

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