5・仲間の相談かしら?

「絶対にあの野郎は男だ! それも40代で、デブで、口が臭くて、足も殺人級に悪臭で、ロリコンで、無職! ああ、絶対に無職だ!」

「イブキさんのお仲間じゃないっスか、仲良くできそうっスねぇ」

「できるかっ!」


 俺はテーブルをダン!と叩いた。


「ひゃあ!」


 料理の皿の上にいたセーラはビクッと両手をあげて跳ね上がった。


「俺はな、おまえの知っての通り、正体を隠してない。あいつを見てみろ。ロリロリじゃねぇか。ロリコンがロリになってロリロリなコスプレをしてロリロリやってたんだよ! ロリコン万歳!」

「んなこといったら、うちだってロリっスけどねぇ」


 見た目でいえば、アイリスは中学生、セーラは高校生。年の差は2つぐらいだろう。


「おまえ、本当は200歳以上、いってるんだろ?」

「失礼な! 0歳っス、昨日生まれたばかりっス!」

「生まれ変わりを入れたら、そんだけいってるじゃねぇの?」

「さすがに分かんないっスよ。それ入れたら、百どころか、千とか万とかいっちゃうけど、そんな昔の記憶ないないっス」


 俺はステーキをナイフで切った。ステンレス――そもそも、この世界では存在しないのだろう――ではなく木でできたものだが、気をつけなければ手に傷をつけてそうなほど、すんなりと切れる。

 フォークでサイコロ状にしたステーキを刺そうとすると、セーラが手掴みで取って口に入れてしまった。


「うまうまっス、労働の後の食事は最高っスねぇ」

「人の肉食べるなよ」

「追加すればいいじゃないっスか。安いっスよ?」


 500グラムのステーキが、ライス付きで、たったの1000ギルス。日本で食えば、5000円はするだろう。

 もちろん牛肉ではない。ライナウスというチュートリアル時に見かけたサイのような生き物だ。とろけるほどに柔らかいのに、油っぽさがなくて、美味しかった。味は牛に近かったが、肉というより分厚いトロのような感触で、噛み応えがないのがイマイチだ。


「安かろうと、金が勿体ないだろ」

「半日働いて、相当儲けたじゃないっスか?」

「といっても、14万ギルスには遠い」


 現在の稼ぎは7500ギルスほど。

 1000ギルスのステーキを注文してしまったので、現在の所持金は6523ギルスになっている。


「アイリスは絶対に男だ。今度あったら、正体をとっちめてやる」

「しつこいっスねぇ。ちきゅー世界の生活は、探ったり聞いたりしない方がよいっスよ。というか、町中でそんなこと叫んでいたら、嫌われます、やめましょう」

「わかった、わかった」


 俺たちは、エムストラーンに唯一存在する街、ネオジパングに来ていた。

 エルザの酒場というレストランのテラス席で遅い昼食を取っている所だ。

 街といっても、原宿のようにごった返してはいない。人の往来はまばらだ。避暑地にある、シーズンを過ぎたアウトレットモールという、ガランとした印象があった。

 アイリス以外の地球人を見るのは初めてなので、道行く人たちを興味深く観察してしまう。

 自身の姿をカスタマイズできるだけあって、美男美女が多かった。

 男女比は同じぐらい。男性の年齢層はバラバラだ。女性は十代、二十代と若い姿をしているのが多い。

 それに、露出が高い服であるほど、巨乳率が高い。


「あいつは、絶対に男だな」


 Gカップはありそうなバストをブヨブヨと弾ませた、ビキニアーマーの女戦士がこの店に入ってきた。下半身を隠しているのは紐のように細いビキニなので、尻が丸見えとなっている。

 目をそらしたくなってくる。エロいからではない。下品だからだ。


「だから、ちきゅーさんのことは……」

「わかったわかった。あいつは、露出狂の女戦士。それでいいだろ」

「エルザの酒場は、お仲間さんを探すのに格好な場なんです」

「まんまだな……」

「なにがっスか?」

「ファミコン時代の大ヒットRPGに、仲間と追加したり解除したりする場所があって、その名前が『エルザの酒場』というんだ」


 そのゲームをやったことがあるが、クリアする前にセーブデータが消えた絶望でやめてしまった。


「へー、じゃあ、そこから取られたんスねぇ」


 セーラは知らなかったようだ。


「シバカーリ、コーモリカ、ネオジパング……。この世界の名前は、地球の奴がつけていったんだろ?」

「正解っス。エムストラーンも、ちきゅー人さんにつけてもらったっス」

「バイラスビーストも?」

「イエース。元は『脅威ある者』といった呼ばれ方をしてました。種類も名前もなく、ひとまとめにして『脅威ある者』っスよ。それじゃあ分かりにくいってことで、ちきゅー人さんが、あれはユリーシャの光、おまえはモグッポと、次々と名前を付けていって、今にいたるようになったっス。未知の物や生物を発見したら、第一発見者が好きな名前を付けることができるんで、新しいものを探しているちきゅーさんもいるっス」

「モグッポって?」

「モグッポーっ!」


 セーラが、店に向かって大声を出した。


「モグッポ、モグッポ」


 モグラのような丸い生き物が姿を現わした。背丈は70センチほど。二本足でペタペタと歩いて、俺たちの所にやってくる。


「なにっポ?」

「喋れるのか、こいつ?」


 街のあちこちで見かけていたが、喋れるとは思わなかった。


「るっポ。料理も、ポが作ってるっポ。美味しいかったポか?」

「ベリーベリー美味しかったっスよ」

「ああ、美味かった。ありがとな」

「よかったっポ」

「追加で、アップルパイを2つよろしくっス」

「勝手に頼むなよ……」

「いいじゃないっスか。ステーキの後はデザートっス」

「そのお金は?」

「ゴチになるっス!」


 まあいいか。セーラには助けられている。そのお礼と考えたら安いぐらいだ。


「珈琲はあるか?」

「ある。ケーキセットで、合計250ギルスっポ」


 それは安い。


「じゃあ、それも頼む」

「了解っポ」


 モグッポは厨房に戻っていった。


「あれがモグッポっス。エムストラーンの中で、ちきゅー人さんに尤も近い原獣っスね」

「原獣なのか?」


 試しに、サーチしてみたら、


モグッポ レベル3


 と出た。

 マークは青だ。


「食えるんだな」

「エムストラーン最高の食材といっていいぐらいに美味いっス。食べてみたいっスか? そうっスか。うちも食べたいっス! モグッポの丸焼き追加っス!」


 セーラが叫ぶと、


「メニューにないっぽ! もう一度頼めば出禁するっポ!」


 と厨房から叫び声が聞えた。


「こんな感じで、知能があって、言葉を喋って、器用だから、ちきゅーさんのお手伝いをしてるッス。増えてきてるとはいえ、まだまだちきゅーさんの人口、少ないっすからねぇ。代わりにモグッポが家を作ったり、農業やったり、お店を開いたり、料理をしたりと、扱き使われて……いやいや大活躍っス。そうそう、ステーキのライナウスを育てているのも、モグッポなんすよ」

「そうなのか?」


 家畜しているのも驚きだ。


「ライナウスを育ててるとき、逆に食べられちゃうことがあるんで、牧場に『危険・食べられるな!』と、看板がでているぐらいっス」


 かわいそうな生き物だった。


「モグッポは弱いから、食料として連れて行くことはできても、戦闘には役には立たないっすねぇ。仲間は同じちきゅーさんしかいないっス。なんで、イブキさんと一緒に戦ってくれる仲間を見つけましょう」

「分け前が減るだろ」

「協力しあえば、強いバイラスビーストを倒せるっス。1ギルスのクサカーリ1000匹より、2000ギルスのバイラスビースト1匹のほうが、分け前が半分でも、短時間で効率よく稼げるっス」

「まあ、そうだな」


 とはいえ……。

 時間が悪いようで、客の数は少なかった。

 カウンター席にいるビキニアーマーの女戦士と目が合った。

 手を振ってきた。

 俺はスルーしたけど、セーラが代わりに手を振った。


「彼女、どうっスか?」

「どうみても男な奴は遠慮したいな……」


 声をかける気にもなれない。


「アイリスさん、良かったっスけどねぇ」

「俺を利用しただろ」


 あのロリコンロリータロリ魔法少女は最悪だ。


「光の魔法使いって珍しいんですよ。回復魔法に、攻撃アップなどの補助魔法。サポート役として最高っス。攻撃魔法を持ってないし、体力が低いから、イブキさんのような、身を守ってくれる防御力の高い戦士の仲間が必要なはずなんです」

「ごめんだ。あいつのおかげで、地獄の鬼ごっこをしたのを忘れたわけじゃないだろ? 洞窟の通路がゴームスが通れるほどの大きさなら、俺たちはお陀仏だったんだ」

「あはは、アイリスさん、一度、インビジブルで姿を消して、ゴームスの後ろの洞穴にあるゼクロスの卵を取ろうとしたけど、においで見つかっちゃったんでしょうねぇ」


 テレポートで逃げて、ゴームスに隙を与える仲間を求めて街に行こうとしたときに、俺と出会ったというわけか。


「そんで、俺をエサに使ってリベンジ成功か」

「ネオジパング中を探しても、イブキさんほど格好なカモはいなかったでしょうねぇ」

「ほっとけ。あいつが欲しかったセックスの卵ってなんなんだよ?」

「……ゼクロスっス。あれは、ゴームスが育てていたゼクロスという鳥の卵ですねぇ。非常に珍しい原獣っス」

「あいつが卵を育てるのか?」

「ええ、孵化したヒナを食べるために」

「なるほど」


 ゴームスの怒りは、食い物を奪われたからだったようだ。


「そういえばアイリスさん。別れたらフレンド解除すると言ってたけど、してないっスねぇ」

「連絡取れるのか?」


 ならば、文句を言ってやりたい。


「あー、通信の方は拒否しちゃってます。フレンドだけ登録してある状態っス。連絡は取れなくても、エムストラーンにいるかどうかは分かるけど……」

「今は?」

「帰っちゃってるっス」

「そういや、あいつ、自分で廃人って言ってたけど、どういう意味だ?」

「ちきゅーより、エムストラーンの滞在時間の方が長いって意味じゃないっスか?」


 なるほど。ネトゲ廃人という意味で使ったのか。


「それにしちゃあ、レベルが低かったな」


 たしか13ぐらいだっただろうか。


「連れはルルさんだけで、パーティーを組まないからでしょうねぇ。光の魔法使いは、攻撃魔法がないから、強いバイラスビーストと遭遇しても、打つ手なし。逃げるしかないっス」


 サポート能力に優れていようとも、攻撃役がいないから、長いことエムストラーンにいたところで、レベルが上がらずじまい、とのことだった。


「アイリスさんこそ、仲間が必要なんスけどねぇ」

「コミュ障っぽかったしな」


 見知らぬ人と話すのが苦手なのだろう。

 自身で廃人と言うほどエムストラーンに入り浸っていようとも、連れている仲間はルルというナビだけだ。

 地球での生活の方が、エムストラーン以上に孤独を味わっているのではないか。

 そう考えると、哀れな気がした。


「仲間の相談かしら?」


 タバコのにおいがした。

 アップルパイとコーヒーを持ってきたのは、モグッポではなかった。

 20代後半ほどの、背の高い女性だ。半脱ぎしたように肩を露出し、豊満な胸を強調した民族的なワンピースを着ている。

 趣味なのだろう。口元の右下に、小さなほくろがついていた。


「いらっしゃい。この店のマスター、エルザよ。今後ともごひいきに」


 パイを置くと、くわえていたタバコの煙を美味そうに吐き出した。

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