4・ありがとう。あなたのおかげで、手に入れられたわ
洞窟の奥深くに来るにつれ、川の音が大きくなってきた。
ドドドドドド!とした巨大な流れは、川ではなく滝だった。岩の隙間から涼しい風が吹いてくる。寒いのだろう。アイリスは、抱きしめるようにしてマントで体を覆っている。
ライトストーンが点々とする通路から、苔が見られるようになった。さらに進めば、草が生えて、奥に来るにつれ、その背が高くなり、俺ぐらいの高さにまで大きくなっていった。
広い空洞にきた。
上の方にある岩壁から滝が流れている。滝壺の先は何本もの川が通っていて、その周囲は青々とした樹木が隙間なく生い茂っている。
密林だ。
空はなかった。岩がドームのように覆い被さっている。
顔が二つついた鳥が飛んでいて「キカァーっ!」と奇怪な声をあげている。一メートルはある長い尾の先は、照明のように光っている。
あのように光った原獣、石、植物が無数にいるから、闇に染まることはなく、夜のショッピングモールのような明るい光景を見せている。
考えてみたら、セーラたち妖精も、光を見せる生き物だ。この世界は太陽はなく、ユリーシャの光に頼っているからこそ、光る生物が多いのかもしれない。
「うっひゃあ、洞窟の中にジャングルがあるとは、すっげぇっス!」
「おまえが驚くのかよ」
「セーラ」
アイリスは人差し指を口元に持ってきて、静かに、と伝える。
「ういっス、気をつけるっス」
セーラは小さな声をだす。
「強い原獣がうようよ……いるから……」
試しに、木の上で目をつぶったままのフクロウのような原獣をサーチしてみる。
レベル24 ホーロウ
青色だったが、襲ってきたらたまったものじゃない。
「ここは、隠れながら、進んでいく」
アイリスに従った方が、良さそうだ。
「バイラスビーストはいないんだな……」
原獣を見かけるたびにサーチするけど、赤いマークは見つからなかった。
「強い原獣が多いから、バイラスビーストが現われた所で侵略できずに全滅しちゃうんでしょうねぇ。原獣使いさんにとっては、宝の山といえる場所っスけど、倒せるかどうか……」
倒れた大木を降りた所に、タコ足のような渦巻き状の植物を見かけた。
指で突いてみたら、先端が大きく開かれて、上下にある何十本もの細かな牙で襲ってきた。
「うわぁ!」
喉元を噛まれるところだった。
「なにやってんですか、もう。気をつけてくださいよ。うちとしてはラッキーっスけど」
セーラは、俺が真っ二つにした渦巻き状の植物を取ると、いただきまーすと、かぶりついた。
「食べれるのか?」
「うまうま食えるっス、食べるっスか?」
「やめとく」
不味そうで、食べる気がしなかった。
「アイリスさんは?」
「いらない」
「ルルさんどうっスか?」
アイリスの三角帽子にいたルルはスイーとやってくる。
彼女も好きなようで、一緒になって食べていた。
「俺も腹が減ってきたな」
同意だと、くぅと腹の虫がなった。
その腹は、俺のではない。
「腹減ったよな」
「……うん」
恥ずかしかったようで、アイリスは真っ赤にうつむいた。
「食いもんなら、そこにいっぱい生えてるっスよ」
「見た目悪いから、よほど空腹じゃなきゃ食べる気がしない」
「ハンバーガー」
「そんなの、ネオジパングにいかなきゃないっス」
街にはあるらしい。
ジャングルにある得体のしれないもので腹一杯になるより、後で行く予定の街まで空腹を我慢したほうが良さそうだ。
「果物ならある、けど」
「どこにだ?」
「こっち」
アイリスは、茂みを掻き分けて進んでいく。
「やっぱいた。まだ食べてる」
洞穴の前に、ゴツい体格をしたヒト型のゴリラのような原獣がいた。
毛は生えておらず、全身が鎧のような硬い皮膚で覆われている。左右の他に額にも小さな目がある。尻には二本の細長いしっぽが生えていた。
あぐらをかいて、山盛りとなった丸くて赤いリンゴのような果実をむしゃむしゃと食べている。
「リベンジしてやる」
ゴームス レベル38
4000ギルス
マークは茶色。
あんな強敵を、わざわざ狩ってまでして、食べたがる奴がいるのだろうか。
レベルに反して、賞金額が少ないのは、エムストラーンにとって脅威の原獣ではないからだろう。
「ゴームスじゃないっスか。あいつはヤバイ、やめとけ。ちきゅー人さんのレベルが50あろうと、厳しいほど強いっスよ。ありゃ、絶対にこのジャングルの王者ですねぇ、いやあ、さっさと離れるのが吉っス」
「そうもいかないのよ。私の目的は、あいつなんだから」
「ゴ、ゴゴゴ、ゴームスを、た、た、倒す気っスか」
叫びたい感情を押し殺して、セーラは言った。
「目的はゴームスじゃない。あいつが食べている果物にある」
「あのリンゴか?」
リンゴよりも水っぽく、柔らかそうだ。口から果汁をこぼしながら、食べ続けている。
「あれこそ、私が探し求めていたもの」
「なんとかの卵といってなかったっけ?」
「果物のようで、あれは卵なの」
「さっき果物って?」
「うるさい。しつこい男は嫌われるわよ。果物に見えるから、分かりやすく、果物といっただけ」
「えー、でも、あれって……」
「ゴームスにしか手に入れられない特別な卵よ。あなた、ナビのくせに、そんなことも知らないの」
「はぁ、すまないっス」
セーラはしょぼんとする。
「あいつが食ってるのを、かっぱらうんだな?」
「ええ」
「どうやって?」
体格もレベルも俺たちの何倍はある。勝負せずとも負けは決まっている。
「姿を消せばいい」
「消す?」
「あいつの目は三つ。つまり、視力がいい。他のものは悪い、といえるはず。だから、姿を消せば気付かない。私の魔法で、透明人間になればいい」
「インビジブルっスね。それは知っているっス、えっへん」
セーラと自慢げにする。
「ええ。インビジブルをイブキにかけるわ」
「効果時間は?」
「だいたい一分」
「短い」
「十分よ。あそこにある卵をパッと取って、パッと戻ってくればいいだけだもの」
「アイリスは?」
「私は、あいつの気を逸らすわ。お願い。取ったら、私の……」
アイリスはちょっと照れて、
「キスをプレゼント」
「唇か?」
「ご希望なら」
「前払いをくれ」
「おっけ」
アイリスは素早く、俺の頬にキスをする。
「続きは後で。インビジブル」
ゴームスに聞えないように、俺の耳元で唱えた。
「急いで。時間はないわよ」
アイリスは、ゴームスの背中に回るからと、茂みに消えていった。
魔法は効いているのだろうか?
自分の手の平を見てみる。なにもなかった。足も見えない。
あるはずの俺の身体が視界になかった。
「イブキさーん、いるっスかぁ?」
セーラは、俺のいない方向に声をかけている。
「ここだ」
「ひゃあ!」
両手をあげて、ビックリしていた。
セーラの叫びに反応して、ゴームスがこちらを向いた。
目と目が合った。
だが、分からなかったようだ。
気のせいだったと、顔を戻して食べる作業を再開した。
「おい」
「ごめん、ごめんっス」
セーラは、ペコペコと謝る。
だが、これでインビジブルは成功していると分かった。時間は無い。さっさと卵を取るとしよう。
俺は一歩、茂みから出て行った。ゴームスは、食べることに没頭している。忍び足で歩いても、気付かずにいる。
そばまでやってくると、けもののにおいが強烈にした。
卵は手に届く距離だ。だけど、ゴームスは次々と卵を手に取っていくので、タイミングがつかめない。
ボン!
森の近くから大きな破裂音がした。アイリスがやったのだろう。
ゴームスは卵をつかんでいた手を止めて、物音がした方向を振り向いた。
今だ!
俺は卵を取って、素早く懐に持っていった。
「…………」
ゴームスが俺のことを見ていた。
ジッ、と。
何かがいると、気付いたように。
やばい、と俺は息を止める。緊張で冷や汗が垂れていく。心臓の鼓動が大きくなった。
ゴームスは顔を前に動かして、ゆっくりと俺に近づいてきた。
クンクンと、においを嗅いでいた。
それで俺の存在を感じ取ったらしい。
「ヴヴヴヴ」
威嚇の声を上げていく。
これはまずいぞ……。
「イブキ!」
洞穴から、アイリスが出てきた。
「ありがとう。あなたのおかげで、手に入れられたわ!」
ラクビーボールほどの真っ白い卵を抱えていた。
「お礼よ! がんばって逃げてね!」
彼女は満面の笑みを浮かべて、俺に投げキッスを送った。
無表情の彼女が見せた、大きな表情だった。
ゴームスの動きは素早かった。彼女が持っている卵に気付いた刹那、森の鳥たちが逃げだすほどの大きな咆哮をあげて、アイリスに襲いかかっていった。
「テレポート!」
説明を聞かずとも分かる魔法を唱えたアイリスは、一瞬で姿を消す。
アイリスを見失ったゴームスは、悔しそうに地面を叩いていった。土に大きな穴をあけて、下から水が噴き出していく。
そして、憤怒の表情で、俺を睨みつけてきた。
「おい……こういうときどうする?」
「どうするって、決まってるじゃないっスか……」
俺たちはくるりと向きを変える。
「逃げるっスっ!」
アイリスが欲しかったのは、頼りになる仲間ではない。
おとりだった!
「あのアマああああああああああああああっ!」
俺は死に物狂いでゴームスから逃げていった。
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