3・ナビというのは職業っス


 殺風景な岩の山脈。所々に小さな島が浮遊していた。

 遙か彼方向こうには、エムストラーンの中心部に高々とそびえ立っているユリーシャの光が煌煌と輝きを放っている。

 あれが、エムストラーンの太陽の役割となっているようだ。

 峰へと続いた道とはいえない山道を登っていく。草木は一本もない。赤みをおびた土と、ごつごつとした岩ぐらい。ありがたいことに、トカゲのような小さな原獣ぐらいで、巨大な原獣やバイラスビーストに遭遇することはなかった。

 高さ千メートルを超えた岩壁に突き当った。道は左右に分かれている。アイリスは迷うことなく右を選んだ。

 岩壁に沿って500メートルほど歩いたところに、その洞窟はあった。


「ここか?」


 アイリスは言葉もなく、中に入っていく。

 一時間以上も山登りをしたというのに、休む暇を与えてはくれなかった。

 洞窟の内部は、俺が手を伸ばしてジャンプしても天井に届かないほど広々としていた。緩やかに下った斜面が長々と続いている。

 遠くには川があるのか、水の流れる音がする。

 暗くはなかった。

 セーラとルルの羽の光が、カンテラの代わりになっている。

 それに、地面の所々に転がっている石が、淡い光を見せている。

 白、黄、青、赤、緑、紫、と石によって色が違う。

 虹色に輝いた石があった。手に取ってみると、徐々に光が失われていき、ただの石ころになった。

 放り投げたら、暫くして、光を戻していった。色は赤に変わっていた。


「あいや、こんなところに洞窟があったんすねぇ」


 セーラが声を発すると、奥の方まで反響していった。


「……知らなかったのかよ」

「イブキさんだって、ちきゅーに住んでいるからと、全ての土地を把握しているわけじゃないでしょ」

「まあな」

「ナビは、それよりかは知識ある程度ですわ。元はヴェーダの巨像にいる妖精だし、エムストラーンは行ったことのない土地だらけっス」


 聞き覚えのない言葉が出てきた。


「おまえ妖精で良かったんだな」

「他のなにに見えるっスか?」

「いや、ナビと言ってたからさ」

「ナビというのは職業っス。難しいこと抜きにして、わかりやすーく言えば、イブキさんのように無職でグータラに暮らしてたんすけど、エムストラーンの危機になに暢気にしてるんだーっ!とおっとさんに怒られて、ちきゅーさんのナビとして無理矢理に派遣された身っスよ。いやぁ、イブキさんのような無職に戻りたい、戻りたい……」

「ナビ解雇したろか」

「そしたら生まれ変わって、新人さんのナビをするだけっスよ……。妖精の生活に戻るには、ちきゅーさんにがんばってもらうしかないですねぇ」


 エムストラーンに平和を取り戻さない限り、ナビのループは抜けられないらしい。


「ヴェーダの巨像って?」

「うちの家っス。エムストラーンの下の下のそれまた下にあるっスよ」

「上じゃないんだな。ユリーシャの光から来たと思ってた」

「あんな所にいたら焼け死ぬっス」

「女神がいるんじゃないのか?」

「イブキさんが想像するようなべっぺんさんはいませんねぇ……」


 アイリスも知らなかったようだ。興味深そうに聞き耳を立てている。


「エムストラーンってどれぐらいの広さなんだ?」

「んーと、中心にユリーシャさまの光があって、4つの大陸に分かれてるっス」

「上からだと……」


 無言だったアイリスが会話に参加する。


「四つ葉のクローバーみたい」

「みたことあるのか?」


 ふるふると横に振って否定する。


「絵で」

「ネオジバングにあるエルザの酒場に、エムストラーンの全体を描いた地図が貼ってあるんすよ。描いたのはちきゅーさんだし、イメージ画であるけど、だいたいあんなもんっス。アイリスさんは、それを見たんっスよ」


 補足すると、アイリスはこくん、と頷いた。


「研究者さんは、エムストラーンは地球の四分の一ぐらいではないか、と言ってましたねぇ」

「この世界の研究をしている奴もいるんだな」

「いるどころか、いっぱいっス。そこにある光っているの、ライトストーンというのだけど、なぜ光るのか、生命反応を感知するとなぜ光を失うのかと構造を調べたがるんスよ。光ってるなら光ってるで、いいじゃないっスか。そのまんまっスよ。なのに、なぜそうなるのかと究明したがるちきゅーさんはほんと不思議っス」


 そういう感性が理解できないと呆れていた。


「気持ちは分かる。エムストラーン、不思議なもの、ばかりだから。幻想的で、わたしは、好き」


 アイリスは言った。


「こっちとしては、それよりバイラスビースト倒して欲しいっス。ねぇ?」


 ルルに同意を求める。ルルは慌てて、アイリスの後ろに隠れてしまった。

 アイリスの足がとまった。


「よろしく」


 宝玉がついた杖先で示した先に、コウモリのような20センチほどの黒い生き物が5匹ほど、天井にぶら下がっていた。


 コーモリカ レベル7

 50ギルス


 とある。「コウモリか?」と思ったのが、そのまま名前になっていた。

 マークは赤ではない。

 黒だ。


「あれはバイラスビーストじゃないけど、近づけば攻撃をしてくるんで、倒していいっス。そういうのは、黒いマークとなるっス」


 聞かずともセーラが説明してくれた。


「食えるのか?」

「あんなの食いたい人いるんすかねぇ……。倒してOK、食べてOKの原獣は茶色になるっス」

「コウモリの唐揚げってうまいらしいけどな」

「うげぇ」


 想像して、吐きそうになっていた。


「毒あるから、食べるの、オススメしない」

「毒あんのかよ……」

「解毒の魔法、あるから、安心」


 杖を上げて、くるんと一回転をする。


「あいつら、俺よりレベル高いけど、大丈夫か?」

「小さいから平気っス」

「とはいってもなあ……」


 毒があると聞いて、怖じ気付いてしまう。


「レベルは参考程度に、考えたほうが、いい」


 アイリスは言った。


「レベル1のライオンと、レベル1のウサギ、どっちが強いと思う?」

「ライオンだろ」

「だったら、レベル1のライオンと、レベル20のウサギは?」

「ウサギ?」


 俺よりもレベルが高いわけだし。


「私なら、ライオンのほうを気をつける」


 いくらレベルが高くても、ウサギはウサギ、ということか。


「そういうことっス。怪我しても毒になっても、アイリスさんが回復してくれるんで安心っスから、思いっきりやられちゃってくださいっ!」

「やられてたまるかっ!」


 俺は剣を抜いて、コーモリカに向かっていった。

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