2・助けたお礼をしてくれない?

 巨大なクサカーリを倒したことで、スロットの効果が消えてしまった。


イブキアサダ

ID 479371××

職業 :戦士(土)

レベル :5

HP :38

MP :0

攻撃力:22

防御力:37

魔法力:0

すばやさ:20

運:6


所持金・4864ギルス


 レベル1から5にアップしている。


「何千匹ものクサカーリを倒したんすから、そんだけあがりますよ。うちはもっと上がると予想していたぐらいっス。さっきのネオなクサカーリで、さらにレベルが1アップしたっス」


 嬉しいレベルアップだ。


「どうっスか? スロット能力がなくても、やっていけそうっスか?」


 俺は軽く剣を振った。


「ああ。特に重さは感じないな」


 能力の低下は感じられなかった。むしろ、何千匹ものクサカーリと刈っていたときよりも、強くなっている気がした。

 セーラはそれを見通した上で、俺にクサカーリの大群と戦わせたのだろう。


「クサカーリの巣を退治できたし、一石二鳥どころか、三鳥、四鳥ぐらいになったっスね」

「もう少しで、やばかったけどな」

「あはは、親玉がいるとは思わなかったっス」

「親玉というより、合体変身」


 岩場にいた少女が降りてきて、俺たちの前に近づいてくる。

 年は14、5ほど。

 青髪の長い髪。目の色もブルーだ。

 頭の上は、魔法使いが被るような三角帽子。

 ゴスロリっぽいフリルいっぱいの白ワンピースの上は、長いマントを羽織っている。

 両手には、自身の背よりも長い杖を握っていた。

 いかにも、な魔法使いの恰好だ。

 彼女の肩の上にナビが浮いている。

 女形であるけど、水色の肌をしていた。昆虫の様な黒々と染まった目に、頭の上は触覚が二本生えている。

 セーラのように服は着ておらず、素っ裸で、乳首や下にあるべき生殖器は見られない。


「なんすか?」

「おまえも脱げばツルツルなのか?」

「ついてますよ!」


 ナビにも、色々あるようだ。


「ネオは何十匹の、クサカーリが合体して、巨大化したもの。生き延びたクサカーリが、地中で集まっていた、の。それで、チャンスを狙って、あなたを倒そうと。失敗したけど」


 たどたどしい喋りだった。


「あははは、そうだったんだ。合体するなんて知らなかったっス」

「おい」


 ナビだからなんでも知っているという訳ではないようだ。

 少女の足元からクサカーリがひょっこりと現われた。飛び出ようとするタイミングで、少女はそれに目を向けることなく杖で一刺しする。


「こんなザコに苦戦して、恥ずかしくないわけ?」

「ないな」


 俺は笑った。


「?」


 少女は首をかしげる。


「これが初戦初勝利なんでね」

「それで2000以上ものクサカーリを倒したんだから、たいしたものっスよ」

「キミは、エムストラーン入りたての初心者をバカにする玄人さんかな? 会社にもいたな、そんなことできないのかって、やり方を教えもせずにバカにするだけの先輩が」


 無言だった。言い返されると思ってなかったのか、バツが悪そうにしている。


「すまない。けっしてバカにしたわけじゃないんだ。キミがいなければ、俺はあんなザコにやられていた。ありがとう、助かったよ」


 手を出したけど、握り返しては来なかった。

 どうしようか迷うように、その手を見つめていた。

 人付き合いが苦手らしい。

 俺は、手を戻した。少女は、ホッとした様子だ。


「ついでといっちゃなんだけど。飲み物を持ってないか? 喉がからからなんだ」


 回復魔法は、喉の潤いまでは癒してくれなかった。


「ん」


 了承、したのだろう。

 少女は、マントを開くと、裏側には沢山のポケットがあった。薬品やら、草やら、色々なものがしまわれてある。

 その中の透明な液体が入ったビンを取り出して、俺に手渡してくれる。


「これはなんだ?」

「ただの水」

「いくらだ? ギルスを払うぜ」

「いい。それに……」

「ん?」

「お金はすでにもらっている」

「どういうことだ?」


 いいながら俺は蓋を開けて、一気に飲んでいった。


「はぁ、生き返ったぜ!」


 ただの水とは思えない美味さだ。


「うちも、うちも、喉渇いてるっス!」

「俺のしょんべん飲むか?」

「ふざけるなっス!」


 ビンにはほんの僅かだけ水がある。15センチのセーラはそれで十分なのだろう。ビンをセーラに向けると、彼女はその中に入っていって、瓶底に溜まった水を飲んでいった。蓋をすれば、セーラを閉じこめられそうだ。


「さっきのコトだが……」

「ぷっはーっ! ちっちっちっ、イブキさん、それはナビの役目。うちが説明するっス」


 セーラが瓶から出てきた。


「魔法使いさんが回復呪文を使ったことで、戦闘に飛び入り参加したことになったっスよ。そのお陰でイブキさんはクサカーリネオをやっつけられました。彼女は貢献したのです。ですよね?」

「ああ」


 俺は、頷いた。


「クサカーリネオの獲得賞金は500ギルツ。イブキさん250ギルツ。魔法使いさんが250ギルツと分けられました。経験値も同じく半々っスね、えっへん」


 なぜか自慢げにしている。


「つまり仲間がいれば、独り占めできないんだな。で、俺は半分の250ギルツだけ……と」

「それにナビ料も引かれるっス」

「ああ、倒した時点で、セーラにも30%いってるんだな」

「へっへっへ、まいどっす、ダンナ。ですので、計算いたしまして、イブキさんの取り分はえーと……」

「175ギルツ。円にしたら150円」


 セーラより先に、少女が答えた。


「っス! っス!」


 正解、と指さしていた。

 仲間がひとりいるだけで、500円が150円と大幅に減ってしまう。

 金が必要なときは、一人で戦ったほうがいいのかもしれない。


「本当になにも知らないのね」


 少女は表情ひとつ変えずに言った。


「言っただろ? 俺は昨日チュートリアルして、今日が初エムストラーンなんだ」

「よーく、分かった」


 役に立たないことも、とボソッと呟いた。

 風のない乾燥された大地のため、その声は俺の耳に入ってしまう。

 それに気付いていない少女は、スッと手を出した。


「ビン回収」

「ああサンキュー、助かったよ」


 空になったビンを返す。


「じゃあ、俺たちはこれで」

「助かったっス。わたしたちはネオジパングに行くんすけど、魔法使いさんはどうっスか?」

「あ、わたしたちもそこに……」


 彼女のナビが耳元に来て、こそこそと何かを告げていく。


「え? でも……えー、あー、でも、うーん、それは」


 なにか提案しているようだが、でも、でも、と乗り気ではないようだ。


「分かった。たしかに好都合だもんね」


 少女は、こっちを見る。


「助けたお礼をしてくれない?」

「俺たちにできることなら、するけど。なんだ?」

「三時の方角に洞窟があるの。地下があって、何階まで続いていて、とっても深くて、そんな洞窟。そこ、ひとりじゃ無理だったから」


 仲間になって、一緒に来て欲しいということだ。


「それはイブキさんには無茶じゃないっスか?」

「目的は、攻略じゃないから。そこに目的のものあって、それ取るだけ。お金の取り分は2、8でいい」

「それ、少なくないか?」


 いくら俺のレベルが低いとはいえ、取り分が悪すぎる。


「違う。私が2」


 逆だった。それは大きい。


「いいのか?」

「別にお金、興味ないし」


 と少女は頷いた。


「その代わり、ゼクロスの卵は、私のもの」


 それが彼女の目的のようだ。



「フレンド登録をしましょう。そうじゃなきゃ、お金の取り分を変更することができないようになっているっスよ」


 初めてフレンドだ。

 それも中学生ぐらいの美少女とくれば、30近くのオッサンでも心が踊ってしまう。

 中身が男である可能性は捨てきれないけど、見た目が可愛いのだから「それでもいい」と思えてきてしまう。男というのは単純だ。


アイリス

ID 669038××


 フレンド登録が完了すると、彼女の名前とIDが出てきた。

 アイリス、が少女の名前のようだ。

 他の情報はなかった。


「職業は分からないのか?」

「分かるっスよ。アイリスさんが、自身のステータスをシークレットにしてるんです」

「俺は?」

「見放題っス」

「不公平だろ。それとも、見せられない理由があるのか?」

「別に。ルルお願い」


 アイリスのナビは、ルルと言うようだ。


「うちはセーラっス。ルルさん、同じナビどうし仲良くしよっス」


 セーラが挨拶をすると、ルルはアイリスの背中に隠れてしまった。


「ありゃりゃ、嫌われたっスかねぇ」

「おまえがうるさいからだろ」

「失礼な。うちは上品でお淑やかなレディーっスよ」


 どこがだ。


「ルルは……恥ずかしがり屋、だから。どんな人でも、こう……で……」


 というアイリスも、同じく恥ずかしがり屋のようだ。


「顔、見せてあげて……」


 というと、アイリスの肩から顔半分だけ姿を覗かせた。


「はーい、ルルさーん」


 セーラが手を振ったら、驚いて顔を引っ込めてしまった。

 そんなナビでも仕事はしたようだ。ケータイからピッとした音が鳴った。


アイリス

ID 669038××

職業 :魔法使い(光)

レベル :13

HP :67

MP :80

攻撃力:30

防御力:43

魔法力:70

すばやさ:32

運:43


 彼女のステータスが出てきた。

 所持金の方は見ることができないようだ。


「それと……」

「なんだ?」

「冒険終わったら、フレンド、解除する、から」

「なんでだ?」

「フレンド、いらない」


 基本はナビとふたりで冒険をして、必要になれば仲間を探す。

 それがアイリスのスタイルなのだろう。


「分かった。俺のほうはそのままにしとくから、嫌なら解除しといてくれ」


 こくんと、アイリスは頷いた。


「名前」

「ん?」

「イブキでいい?」


 呼び捨てだった。

 見た目では、俺の方が圧倒的に年上だけど、地球上では逆にアイリスの方が上の可能性がある。


「いいぜ。こっちもアイリスでいいな」

「ん」


 よい、と小さく頷いた。


「ちなみに俺は、地球でも浅田一吹だし、顔だって同じだ」

「そうなの?」


 意外そうに、伏せていた目が上がった。


「珍しいかな?」

「よく、分から……ない」


 人付き合いを避けて冒険をしているのか、他のちきゅー人をよく知らないようだ。

 俺はセーラに頼んで、地球にいるときと寸分違わない姿にしてもらった。

 自分の顔にコンプレックスを持ってはいないし、見た目が同じ方が気が楽だ。

 ただし、唯一の例外はある。

 歯だ。

 治療後の被せ物や詰め物は異物扱いとなる。異世界に行けば、消えて無くなってしまう。


「そうなると穴だらけだし、歯を失う人もいますからねぇ」


 なので、虫歯ゼロの状態だ。

 それなら、歯医者に矯正を勧められた歯並びを整えてもらっても良かった気がする。


「見かけも、年齢も、このままなんで地球で俺を見かけたら、声をかけてくれ」

「無職がなに言ってるんすかねぇ。向こうからお断わりっしょ」

「うるさい」


 小突こうとすると、「べーっ」と舌を出して逃げられた。


「アイリスは、違うようだな。さすがに青い髪をした美少女なんて、いるわけがない」


 困った様子で、三角帽子のツバを下ろして、顔を隠す。


「イブキさん、ちきゅーでの姿や生活の話題は禁句っス」

「あっ、そうなのか、すまない」

「いえ」


 無神経だった。

 この世界では別人になりきっている人が多いのだろう。本来の自分を知られたくないし、現実を忘れたがっている。

 アイリスはエムストラーンでは、十代前半の魔法使いの美少女。

 だけど、中身はひきこもりの中年男性かもしれないのだ。

 彼女は、他人とコミュニケーションを取るのが苦手のようだ。表情の起伏が乏しく、会話が不得意で、社会性を感じられない。

 地球では、色々と訳あり、なのだろう。


「私は……その……」


 恥ずかしそうに言葉を置いて、


「……廃人だから」


 と、ぼそっと言った。

 それだけでも、言いたくなかったことのようだ。

 その後に、なんで喋ってしまったのだろうと、後悔の色を浮かべていた。


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