2話 えええっ! 五日間で10万っスか!

1・クサカーリを笑うものはクサカーリに泣くっス

 はじめ、荒野にある紫色をした花畑かと思った。

 違った。

 ケータイを取り出して、カメラアプリを起動させて、花畑にピントを合わせる。


 クサカーリ

 レベル1、3、1、2、2……。


 そして、『赤』のマークが付いている。


 バイラスビーストだ。


 クサカーリは、遠目からはカラーボールのような球体だ。ズームでみても、目や口など器官類が見られない。

 RPGでいうスライムといったところだろう。

 体を縮ませてバネのようにピョンと弾むことで前へと移動している。ドロドロと液状化はしていない。グミぐらいの固さだろう。 

 ただ、その数が多い。尋常でないほどに多い。

 数にして1000。

 いや、その倍はいそうだ。

 レベルについても、1、2、3とバラバラだ。

 ケータイは、どのバイストをサーチすればいいのかと混乱している。

 121322231112……と変動する数値を見る限り、レベル3以上はなさそうだ。

 右足の地面の下がどす黒くなった。

 乾燥し、ひび割れた硬い土が、のっそりと柔らかい物に変化していく。


「………?」


 怪訝となり、地面を見ようとしたとき、その物体が飛び跳ねた。

 クサカーリだ。

 こいつは地面から出てくるのか。

 俺の目元に直撃した。

 軟式の野球ボールがぶつかった時のような痛みがやってくる。何歩かよろめいたが、倒れないで済んだ。

 思ったよりもダメージはない。数字にして3ぐらいだ。

 俺は腰にある鞘から剣を抜いて、地面にバウンドするクサカーリを目掛けて斬りつけた。

 カスッた。もう一回振ったら、空振りだ。体のほうが振り回されてしまう。

 クサカーリは俺をバカにするように、右へ左へとコロコロと転がっていく。

 さらに振った。運が良かった。クサカーリに当たった。

 クサカーリは動かなくなった。

 姿があるままだ。まだ死んではいない。

 俺は、剣柄を両手に握りしめ、刃を下向いた状態で垂直にあげる。

 ロングソードの刃をクサカーリ目掛けて下ろした。

 キュウ……。

 空気が抜けたような音を立てて、クサカーリは消えていった。


「初勝利ッスね。おめでとうございます。と言いたいところだけど、たった一匹のクサカーリ相手になにやってるんですか。こんなの一撃で終わらせる相手っス、つか、うちでも倒せるっス。みてみろ、やってやるっス!」


 セーラは、握り拳を作って、向こうにいる一匹のクサカーリ目掛けてピューンと突撃していった。


「スペシャルミラクルセーラパーンチ!」


 クサカーリはボン!とジャンプをし、体当たりをしてセーラを跳ね返した。


「うわーっ!」


 くるくると回転してこっちに飛んでくるセーラをキャッチする。


「おまえこそ、なにやってるんだ?」

「あはー、はらほれはー」


 セーラの目はアニメの表現のように、くるくると回っていた。


「い……いぶ……さん……」

「なんだ?」

「か……かた……き……を……」


 ガク……。

 ワザとらしく、死んだ振りをした。


「分かった、分かった」


 俺はセーラをぽいっと後ろに放り投げる。


「ひゃああっ! ナビでなしぃぃぃっ!」


 背中からセーラの叫びが聞えてきた。

 剣を構えながら、少しづつ近づいていく。

 本日のスロットはレベルは5だ。

 お陰でレベル1の時より、ロングソードは軽かった。

 予想していたことだけど、レベル99になるのは、宝くじで1億を当たるよりも難しい確率だ。

 スロットは気休め程度に考えて、意識せずに冒険を挑んだほうが良さそうだ。

 クサカーリの動きは試合時のサッカーボールと比べたら鈍かった。先ほどは焦ってしまった故に二度もカスッてしまった。使うのは足ではなく剣であるが、狙いを定めてぶつけていくのは同じだ。

 元サッカー部部長をなめるなよ!

 斬りつけたが、急所を外したらしくクサカーリは倒れなかった。二回目の攻撃で、やっつけることができた。


「やりましたぁぁっ! イブキさんすげぇ、さすがうちが育てた男っス! わたしが教えることはなにもない!」


 セーラは大げさに喜んでいた。

 相手はレベル1のバイスト。ザコ中のザコだ。

 なんとも情けない勝利だった。


ID 479371××

職業 :戦士(土)

レベル :6

HP :41

MP :0

攻撃力:25

防御力:40

魔法力:0

すばやさ:24

運:6


 ケータイのステータスを確認する。

 スロットの力で、レベルが5つ上がっても、運は4しか上がらないのが、俺の不運な人生を教えている気がする。


所持金:3ギルス


 お金の項目が増えていた。

 さっきまで0だったので、二匹のクサカーリで得た賞金だ。


「たった3円かよ……」


 買えるとしたらスーパーのレジ袋ぐらいだ。



「たかが3円、されど3円っス」

「10万円するレベル1のクサカーリを紹介してくれ」

「んなの見つけるのは、イブキさんが5日間で14万ギルスを稼ぐよりも低い確率ッスよ」


 ナビと手数料が痛かった。


「ナビ料を負けてくれないか?」

「嫌っス」

「ケチ」

「エムストラーンは諦めて、ちきゅー世界で、ここ掘れウホウホとお尻を売ったらどうっスか? 好きな人ならたまらんでしょ」

「首を吊った方がマシだ」


 27歳の男を買う奴がいるとも思えない。


「嫌なら、うちの言う通りにして、地道に稼いでいくしかないっス」


 セーラは、クサカーリが密集する箇所を指さす。


「あそこにいるぎょーさんのクサカーリを全滅させたら、幾らになると思いますか?」

「1万円もしないだろ」


 あれだけの数を倒しても、5000以下な気がした。


「レベル低いザコっス。イブキさんでも倒せるし、経験値だって積む事ができるっス。なので、全滅させちゃってください」

「面倒だから断る」

「5日間で10万円が稼ぐ必要があると、泣きついてきたの誰でしたっけねぇ」

「……俺」


 大家に言われた次の日。

 俺は朝早くに異世界転送機からエムストラーンへ行って、「方法を教えてくれ!」とセーラに土下座をしてお願いした。


「イブキさんが、こんなに早くに来てくれてビックリだし、むしろ大家さんに感謝したいっスよ。だけどレベル1の人が、5日で14万ギルスは無茶っス、難易度高すぎ、激ヤバっス。そこを何とかってすがってきたから、うちもイブキさんのために一肌脱ごうとしてるんですよ。なのに『面倒だから断る』はないでしょ。けーべつするっス、自分のケツを金にしろっス」

「剣を握れる自信がない」


 2匹倒すだけでも苦労をしていた。あんなに大量の敵を相手にできる自信はない。


「イブキさん防御力高いから、多少の攻撃食らっても平気でしょ。武器を使い慣れてないからこそ、大量のクサカーリで練習して、一人前になる必要あるんです。クサカーリを笑うものはクサカーリに泣くっス」

「分かったよ」


 やるしかない。

 セーラに無茶な要求をして、自分は無茶なことをしないなんて、愚か者だ。

 俺一人でエムストラーンを彷徨ったところで、14万ギルス稼ぐ当てはないのだ。いや、ナビ料を抜けば11万で済むのか。

 セーラがいなければ、俺はどうしようもなくなる。今のところ30%分の価値はあるんだ。

 信じよう。


「さあ、いったいった。制限時間は2時間っス! よーいスタート!」

「さすがに2時間は無理だろ!」

「人間やればできるっス。限界超えていきましょう!」

「お、おう」

「声が小さいっス、返事はっ!」

「はいっ!」


 俺は、クサカーリが密集する場所に向かって走っていった。



 2時間は無理だった。


「お疲れっス」


 遠くで見守っていたセーラがやってくる。


「3時間53分だから、まだまだっスねぇ」


 それでも俺はやりとげた。


 所持金・4689ギルス。


 この金額が、俺のがんばりの証明だ。

 何千匹ものクサカーリを相手にしたんだ。

 あのバイラスビーストがなぜクサカーリと名付けられたのか良く分かった。

 戦っている内に、剣で草刈りをしているような気分になっていた。

 セーラの言う通り、剣の練習をする上で最高の相手だった。最初の時は、一匹を倒すために、5回ぐらい斬りつけてやっと倒していたけど、何百匹と相手にするにつれ、ひと振りするだけで3匹以上のクサカーリをいっぺんに倒せるようになっていた。

 だから、草刈りをするように簡単に倒せるようになった、という意味でもある。

 金以上に意義のある労働だった。

 所持金の中にナビ料はすでに引かれている。

 なので時給で計算すれば1000円ほど。この単純作業を5日間繰り返したところで、14万には遠いものの、悪くない稼ぎだ。

 そう、アルバイトとしてならば。

 久しぶりに肉体を使った。足がガタガタ。立つことができず、地面に大の字で倒れてしまっている。

 エムストラーンでの肉体でも筋肉痛があるのなら、明日はとんでもないことになっているだろう。

 けれど、いい疲れだ。

 高校生の頃、ボロボロになるまで部活動をしていた日を思い出す。

 あの時の若さを、少しでも取り戻した気がした。


「お……おい……」

「なんっスか?」


 セーラは俺の口元に近づいてくる。


「み……水……く……れ」


 喉がからからだった。


「あー、そういや用意してなかったッスねぇ」

「しておけ……よ……」

「しょうがないじゃないっスか。元々は街に出て、時間をかけて案内をする予定だったんですよ」

「し……死ぬ……」

「あー、こんな所で死なれても困るっス。どうしましょう?」


 キョロキョロとする。

 干涸らびた大地が広がっていて、水らしきものはどこにもなかった。


「うーん、うちのツバでも飲みますか?」

「おしっ……こ……のほうが、まだ……ま……し……」

「ひゃああああっ! 変態! 変態!」


 両手で俺の顔をポカポカと叩いた。

 なんでもいいから、飲めるものが欲しいと言っているだけだ。


「ちょっと立てるっスか? 街にいきましょう。水もたくさんあるっス」

「ちょっと休ませてくれ」

「うーん、いいっスけど……」


 セーラの声のトーンが変わった。


「良くないっすねぇ……」



 セーラの目線の方向に顔を向けると、クサカーリの姿があった。

 それもでかい。

 一メートル以上はある。


『クサカーリネオ レベル5』


 とあった。

 金額は500ギルス。

 クサカーリのボスの登場というわけか。


「倒せますか?」

「倒すしかないだろ」


 そうでなければ、やられるだけだ。

 地面に剣を突き刺して、それを支えにして立ち上がった。


「うおおおおおお!」


 ふらふらになりながらも、ネオクサカーリに向かっていった。


 ぶよん!


 斬りかかるも、バネのように弾かれた。

 俺は何歩か後ろによろけた。

 体勢を整えている間に、クサカーリネオが消えていた。

 俺の周りに、真っ黒い影が出来ていた。


「上っス!」

「分かってる!」


 俺は、身体を横に転がしていった。

 間一髪。潰れることはなかった。

 素早く立ち上がり、剣で斬っていくも、ぶよんと弾かれてしまう。


「くそっ、もっと力があれば!」


 体力が弱まった状態では、ダメージを与えられなかった。


「逃げるのも手っス!」

「逃げられる手もない!」


 足はガタガタだ。走っても三十メートル程で転んでしまう。背中を見せるのは、クサカーリの餌食となる。

 倒す以外に道はない。

 だが、レベルが低く、剣一本しか武器のない俺には、倒すアイデアが浮かんで来なかった。

 どうするか……。


「ケルヒール!」


 そのときだ。

 どこからか少女の声が聞こえた。


 パァァァァァァァーーっ!


 俺の全身は光に覆われた。

 一瞬だ。

 光が消えると、身体が軽くなった。

 疲れが取れている。ガタガタだった足の揺れが止まり、ちゃんと二本の足で立つことができる。

 剣柄を強く握れた。

 俺の中にある力が沸いてきている。


「回復魔法っス!」


 説明しないでも分かっている。


「助かった!」


 誰かは分からないけど、感謝しよう。


「くらえええええええっ!」


 俺は助走をつけてジャンプをし、クサカーリネオに渾身の一撃を与えた。

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