第67話 借金王、悪魔と戦う
そんな休憩を挟んで、さらに進むこと数時間。唐突に霧が途切れ、俺達は湖に突き当たった。湖の中央には幾重にも絡まりあった巨大樹からできた宮殿がそびえ立っていた。
妖精達は湖の岸辺に隠された小舟のありかを教えてくれた。
「オレ達、ここから先に行けない!」
「ニンゲン、頑張れ!」
「女王様、助けて!」
「……ああ。任せときな」
岸辺を舞う妖精達に手をふって、俺達は湖の中に漕ぎ出した。目指す宮殿……〈聖都〉は不気味なほど静まりかえっていた。
宮殿に近づくにつれ、腐った肉の匂いが鼻を突いた。ジャンヌが顔をこわばらせる。
「この匂いは……」
「ああ。また、イヤなものを見ることになりそうだ」
宮殿は巨木の根をくりぬいて作られていた。回廊のあちこちには葡萄や動物などの美しい彫刻が刻まれている。だがそこには累々とエルフ達の半ば白骨化した死体が転がっていた。
「これもおそらく〈黒死病〉でちね……」
物音ひとつしない、まさに死が支配する宮殿だった。そっとジャンヌが俺の手を握ってきた。
「ダリルさん……」
「ああ。ここで終わらせる」
俺は力をこめてその手を握り返し、進み始めた。
***
静まりかえった回廊の奥にあった螺旋階段を昇ると、謁見にでも使うらしい大広間にたどりついた。天井の不思議な透かし彫りから、木の幹の中なのにうっすらと光が差し込んでいる。
本来なら限りなく美しいだろうこの空間にもエルフ達の死体が転がっていた。さらに薄暗い瘴気のようなものが漂い、視界をぼやけさせている。
広間に踏み込むと、玉座に座った女王らしき人影とローブ姿の人物がいた。
「追いつめたぜ! 黒死病をまき散らし、巨人をけしかけたのはてめぇらだな!」
隣りの人影がローブのフードを跳ね上げる。ロンドンの地下で見たエルフの女魔術師だった。
「ついにここまで来たか、〈円卓の王〉! だが我らの望みの邪魔はさせぬ!」
「ふざけんなよ……自分で自分の仲間を殺しまくっておいて、どんな望みを叶えるってんだ!? 」
そのとき玉座の女王がピクリと身体を振るわせた。その胸にかけられているのは〈鍵十字〉を刻まれた黄金のメダリオン……これまでに何度も見た破壊神の聖印だった。
「私の……民が……?」
「ああ。あんたを守る兵士達も、あんたを慕う妖精達も大勢死んじまった! この広間に倒れてる死体が見えねーのか?」
〈聖剣〉を抜き放つと、まばゆい光が広間に満ちる瘴気を消し去った。ぐったりと顔を伏せていた女王が、初めて気がついたかのように顔を上げる。肌の色は土気色で頬はげっそりとやつれていたが、流れ落ちる滝のように豪奢な金髪とその美貌は損なわれていなかった。
そして広間に倒れるエルフの兵士や女官達を見ると……静かに涙を流し始めた。それは低い嗚咽から悲痛な慟哭となり……最後に透き通った緑色の瞳で俺達を見た。
「お願い、人間達……。私を……殺して……」
エルフの女王の懇願を隣の魔術師が遮った。
「じょ、女王よ!? なにをおっしゃるのです! かの憎き〈円卓の王〉と裏切り者の〈湖の乙女〉を……ぐっ、ぐふっ!? 」
突然、魔術師がのどをかきむしり始めた。やがて、その口からは大量の鮮血が溢れ出す。
「ご、ごぼっ……な、何者……だ? わ、私の身体の中に……巣食っ……て……い……」
ビクン、と大きく身体を震わせた次の瞬間。エルフの女魔術師の口から、地獄から響くようなしゃがれ声が押し出されてきた。
「やらせはせんぞ……〈円卓の王〉……。妖精の女王は……我らが神の降臨する依りしろとなるのだ……!」
そして断末魔の叫びとともに、エルフの魔術師だった女の身体が不気味に歪み始める。それは見るも無惨な変形を繰り返し……ついに巨大な悪魔の姿に変化した。
「
俺の三倍はありそうな身の丈と背中に生えた巨大なコウモリの羽。頭部にそそり立つ山羊の様にねじくれた一対の角。ほとんど黒に近い青銅色の肌と全身に生えた剛毛。
本来なら地上に存在するはずのない異界の存在……かつて迷宮の奥で一度だけ遭遇し、仲間を半殺しにされて俺が借金を抱えるハメになった因縁の相手だ。
そいつの巨大なかぎ爪の生えた手のひらから猛烈な炎が放たれる。だが〈聖剣〉の光の結界はその炎をかき消した。
「正体をあらわしたでちね……
アリーゼの呪文が聞こえ、俺達の身体の動きが二倍以上の速度に引き上げられる。
「そろそろ旅も終わり……ダリル、採算度外視でいいな?」
クリスは一瞬のうちに四本の
「借金は返しただろ! それはおまえの自腹だ!
叫び返す俺が振るう〈聖剣〉は強靭な悪魔の身体をやすやすと切り裂いた。悪魔はうなり声を上げながら巨大なかぎ爪を振り回す。受け損ねて突き刺さった傷口から未知の毒が俺の身体に注ぎ込まれた。
「人々を苦しめていた悪魔よ! 退きなさい!
だがそれもことごとくジャンヌの神聖魔法によって癒されていく。敵意のある魔法を打ち消す〈聖剣〉の結界内では、悪魔が得意とする魔法や特殊能力がほとんど封じ込められていた。
「に……人間……風情……が……」
悪魔が毒づき、ついに倒れ伏したとき。広間を振るわす絶叫が響いた。
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