第68話 借金王、次元の狭間へ消える

「い、いやーーーっ!」


 俺達が破壊神の使徒……悪魔と戦っている間に、妖精の女王に異様な変化が起きていた。ブチブチと肉の裂ける音を立てて、きゃしゃな背中から堕天使のように黒く光る六枚の羽根が突き出している。そして白かった皮膚も徐々に黒く染まりつつあった。


「わ、私の身体が……! 早く……早く殺して!」


 声を振り絞って、妖精の女王は俺達に懇願した。


「……〈死神の連撃〉!」


 クリスが〈黒き鋼矢〉を立て続けに放つ。だが、それらはすべて鉄板に当たったような鋭い音を立てて背中の羽根に弾き返された。


「今の攻撃を防ぐとは……〈天使の光翼〉の亜種でちか? ……〈雷龍の咆哮〉サンテル・ドラコーン・ヴィート!」


 轟音をたてて放たれたアリーゼの紫電の一撃も背中の羽根に打ち消された。


「……女神様の力を! 〈聖光鉄槌〉サンクタ・ルークス・マーレ!」


 ジャンヌの祈りに応え、中空から降りそそいだ純白の光弾の一撃をも背中の羽根が防ぎきったとき、ついに女王の心臓はがら空きとなった。


 三人の仲間が作ってくれたこの隙を逃すわけにはいかない。全身を駆け巡る闘気を切っ先の一点に集める。


「〈破壊の衝角〉!」


 俺は渾身の力で〈聖剣〉を突き立てた。


               ***


 だが、俺が狙ったのは女王の心臓ではなく彼女が首からさげていた破壊神のメダリオンだった。女王の身体を傷つけないよう斜め下から突き上げ、黄金の聖印ごと玉座を貫く。


 倒れていた悪魔が叫んだ。


「ば、ばかな! 女王の死……それが破壊神降臨の最後の鍵だったのに!」

「そんな見え見えのワナに引っかかるわけねーだろ?」


 そしてメダリオンにこめられていた魔力が爆発した。


           ***


 一瞬で瀕死の悪魔は消滅し、さらに衝撃で空間に裂け目が生じる。もっとも間近にいた俺と妖精の女王は、ずるりとその中に引きずり込まれてしまった。


 抜け出そうにも、底なし沼のようにまったく足場がない。俺は肩をすくめて、女王を見た。


「悪ぃな……女王様。一緒に行こうぜ?」

「あなたは……アーサー……? うれしい! やっと捕まえた!」

「へっ!? 」


 いきなりエルフの女王は俺に抱きついてきた。


「ダリルさん!」


 それとほぼ同時にジャンヌが裂け目に飛び込み、俺の首にしがみついてきた。


「あっ、馬鹿! どこに飛ばされるかわかんねーぞ!」

「ぜったい、ぜったい、離れません!」


 続いてクリスも裂け目に飛び込み、俺の腕を抱えこんだ。


「なっ……なんだよ、クリス! もう借金は返し終わったろ!」

「こっ、この鈍感! 間抜け! 大バカ!」

「はあ!? 」


 裂け目に完全に沈み込む間際、アリーゼと目が合った。彼女は見たこともない真剣な顔をしていた。


「ボクは……この裂け目を閉じなきゃいけないでち……。放っておくとまわりの全てを吸いこんでしまうでちから……。だから……ここでさよならでち……」


 目に焼き付いたのは泣きながら、むりやり笑顔を浮かべようとする複雑なアリーゼの顔。それを最後に俺の意識は途切れた。

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