第66話 借金王、妖精達と出会う

 そんな調子で森を数日進むと、ついに樹々の間に真っ白な霧が立ちこめた場所に着いた。


「この霧は強力な結界でちね。ボクの魔法でも見通せないでち。迷いの魔法もかかっているから、うかつに踏みこむと……」

「アリーゼ、うしろ!」


 馬から降りて霧を調べていた俺達の頭上に突然、霧を突き破って人の顔ほどもある巨大な蛾の群れがあらわれた。


 その大群は毒々しい鱗粉をまき散らし、俺達の周囲を飛び回る。そして上空から一斉に襲いかかってきた。


 俺はとっさに〈聖剣〉を抜いた。まばゆい光が刀身から放たれ、周囲を圧倒する。するとその光に触れた瞬間、巨大な蛾の一群は小さな瑠璃色の蝶の群れに変わった。さらによく目をこらせば、そいつらは蝶の羽根を背中に生やした小さな妖精達だった。


 妖精達はキーキーした声で口々に叫んでいる。


「ちょっと待つでち……〈意思伝達〉セリスィ・メタドゥース!」


 アリーゼが杖を一振りすると、俺達の耳に甲高い声が飛びこんできた。


「魔法が解けた? 魔法が解けた!」

「ニンゲン? ニンゲン!」

「助けて! 女王様を助けて!」

「すげえな……これって、俺達の言葉も伝わるのか?」

「伝わるでちよ」

「それじゃ……あー、おまえら。俺達を女王様のところに連れてってくれ。わかるか? 女王様のところだ」


 妖精達は俺の言葉にいっせいに反応した。


「わかる? わかった!」

「ニンゲン、ついてこい!」

「いそげ! いそげ!」


 くるくると俺の頭上を飛び回ると、妖精達は立ちこめる霧の壁に向かって飛び始めた。俺達もエルフ馬に飛び乗って追いかける。


 〈聖剣〉を掲げて霧の中に入ると、まるで切り取ったかのように視界が開けた。俺達を先導する妖精達は周囲に光の鱗粉をまき散らし、暗い森の中を照らし出す。それはまるで子供の頃に聞いたおとぎ話のような光景だった。背中につかまったジャンヌがうっとりとつぶやく。


「なんて……綺麗……」

「めったに見られない光景でちよね〜」


 アリーゼのあいづちに答えるかのように、妖精達は空中でくるくる飛び跳ね、踊ったり笑ったりしている。


「女王様! 女王様!」

「いま行くよ! いま行くよ!」

「待ってて! 待ってて!」


 〈聖都〉アヴァロンに近づくにつれて森の樹々は巨大になっていく。しまいには盛り上がった根の下をくぐり抜けて進まなければならない場所もあった。三時間ほど移動したところで休憩を取ることにする。


「おーい、妖精! ちょっと休憩しようぜ!」

「ニンゲン、体力な〜い!」

「置いてくぞ! 置いてくぞ?」


 妖精達はイライラしたようにくるくる飛び回った。中には俺の髪やら頬をグイグイ引っ張る奴までいる。


「みんな、クッキー食べる?」


 そんな連中がジャンヌが食べかけのクッキーをポケットから取り出したとたん、ピタリと動きを止めた。


「食べる! 食べたい!」

「欲しい! ください!」

「わーい! わーい!」


 たちまち奴らは鳩のようにジャンヌの身体にまとわりついた。


「みんなの分はちゃんとあるから、ケンカしちゃだめですよ」


 そいつらにクッキーを小さく砕いて渡す彼女は、なんだかとても幸せそうだった。そのうちジャンヌの肩にとまってクッキーをかじっていた妖精達が首をかしげ始めた。


「なんか、いい匂いがする?」

「なんだろ? なんだろ?」

「んー……女王様? 女王様とおんなじ匂い!」

「わーい、くんくん! くんくん!」

「きゃっ……く、くすぐったいです!」


 妖精達はジャンヌの首筋や胸元にまとわりつき、しまいには服の中まで潜りこもうとしはじめた。なかには眼鏡を引っ張って外そうとする奴もいる。


「にゃはは……途中までは子供向け童話だったのに、突然大人向けのシーンが始まってしまったでちね〜」

「そういう解説をつけるなよ……。こら、ジャンヌから離れろ! ほら、クッキーやるぞ!」

「いかつい男の手からは食べたくないみたいでちね〜」

「ダリル、クッキーを貸してみろ。妖精ども……これならどうだ?」


 クリスはおもむろに胸元を広げ、形のいいふくらみの間にクッキーを挟んだ。ジャンヌにまとわりついていた妖精のうち何匹かがくるりと振り向いた。


「わーい、クッキー! クッキー!」

「こ、こいつら……」


 げんなりする俺を尻目に連中はクリスに張り付いてクッキーを食べ始める。


「クッキー、おいしい! でも、この女は匂いが違う!」

「うん、処女の匂いだけど! クッキーおいしいけど!」

「な……っ!?  ぐっ…………」


 クリスは顔を真っ赤にしつつ耐えていた。


「しょ、衝撃の事実発覚でちね〜! ハアハアしてしまうでち。ダリルっち……ボクのこの火照り、しずめてくれるでちか?」

「あのなあ……!」

「……クリスさん、ありがとうございました! ほら、みんな、もうおしまい! いつまでもわがまま言ったら、お仕置きですよ!」


 なんとか服の乱れをなおしたジャンヌが叱りつけると、妖精達はいっせいに飛び上がった。


「お、お仕置き? お仕置き、こわい!」

「じょ、女王様、おこった? おこった!」

「ごめんなさいー! ごめんなさーい!」

「クリスさん、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……大丈夫だ……」


 いつもポーカーフェイスのクリスが涙目になっているのは、かなり色っぽかった。


「だ、ダリル! あまりこっちをジロジロ見るな!」


 ……へいへい。

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