第63話 借金王、借金を完済する
案内された天幕にはロバート王とメアリ、そしてドワーフ王がいた。
「では、復興資材の供給に関する契約書はこちらになります」
「うむ」
文官達が差し出した羊皮紙に羽根ペンでロバート王とメアリが署名する。どうやらグラスゴーとエジンバラを復興させる資材について話し合っていたようだった。
「また工事に関する覚書はこちらに」
「おう!」
ドワーフ王もガリガリと音をたてて羊皮紙に署名していた。おそらく破壊された城壁や建物の復旧に協力するんだろう。
「おまえ達のおかげでスコットランドは救われた……礼を言う」
署名を終えたロバート王が俺達の方に向きなおった。俺は肩をすくめてみせる。
「この国は俺の故郷だからな。当たり前のことをしただけだ」
とたんにロバート王はわざとらしく膝を叩いた。
「見上げた郷土愛! 私は感動したぞ! ならば……このたびの活躍はすべて無償でよいな?」
「へっ!? それとこれとは話がべつ……」
「いやいや! さすが〈聖剣〉の勇者は違う! では、私はこれにて」
ロバート王はそそくさと天幕を抜け出し、祝宴の輪に消えていった。くそっ……そんなだからスコットランド人は世界一ケチだって言われんだよ。
俺があっけに取られてその後ろ姿を見送っていると、メアリが苦笑した。
「ふふ……私もさんざん復興資材を値切られた。まあ、あの御仁から恩賞をもらうのは諦めろ」
そして彼女は居ずまいをただし、俺達に向き直った。
「ダリル。ジャンヌ。クリス。そしてアリーゼ。イングランド王国を代表して、そなたらに礼を言わせてくれ。貴公らの活躍でこの国の民の命は救われた……心から感謝する」
普段は鋼のように鋭い光を放つメアリの目が、優しい光をたたえていた。
「いいえ。わたしたちは当然のことをしたまでです。黒死病に苦しむ人、巨人達に蹂躙される人を救いたい……それだけです」
「……そなたはやはり〈聖女〉と呼ばれるにふさわしいな。血に塗れた我が身が恥ずかしくなる」
遠い目をしたメアリに、俺はおずおずと切り出した。
「ところで……報奨金の件なんだけどよ」
「ああ、一人あたり金貨八千枚だったな。この証書とひきかえにウェスト民スター宮殿で支払おう」
俺は震える手でその証書を受け取った。ついに……俺の借金が完済されるときがきたわけだ。だが、彼女の話には続きがあった。
「そして最後の戦いへの支援は惜しまぬ」
「最後の戦い?」
メアリは天幕にかけられた地図……そこに描かれたイングランドに寄り添う小さな島……アイルランドを指し示した。
「一連の騒動の背後でうごめくエルフの影……おまえ達にはエルフの女王が住まう都、〈アヴァロン〉へ行ってもらいたい」
***
「やったぜ、クリス! 借金完済だ!」
メアリの依頼を引き受けた後、祝宴の輪に戻った俺は小躍りしながら言った。だが、なぜかクリスは浮かない顔をしていた。こいつにしてみれば仕事が一つ終わっただけで、特に何の感慨もないんだろう。
「いや〜、長かったな。おまえはこれからどうすんだ? ……あ、別に俺に話したくはねぇか」
突然、思いがけない力でクリスが俺の腕をつかんだ。
「……アヴァロンには私も行く」
「へ? そりゃ、ありがてーけど……いいのか?」
「……いいんだ。それともダリル。おまえは私が邪魔なのか?」
「い、いや。そんなことねーけど」
「なら、だまっていろ。くそ……あのときおまえが薬を飲んでいれば……」
「薬って?」
「なんでもない! このバカ!」
謎の台詞を言い捨ててクリスがどこかに行ってしまうと、入れ違いに木のカップを持ったジャンヌがクルクルと回りながら俺にぶつかってきた。
「あっ、だっ、ダリルさ〜ん! わ、わらし、フワフワしますぅ〜」
「おいおい、大丈夫か? うわ、これウィスキーじゃねーか!? 」
「ドワーフの王様が……とっておきの奴を飲ませてやるって……くれたんれすぅ〜」
「まったく……ムチャクチャだな、あのオッサン! おーい、アリーゼ! 手伝ってくれ!」
「ダリルっち……女難の相が出てるでちよ?」
「なんだよ、星占いか?」
「見たまんまを言っただけでちけどね」
「……? ま、いいや。さっきのメアリの依頼だが、アイルランド行きの船はリバプールから出てるらしい。さっさとケリをつけようぜ?」
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