第62話 借金王、むせる

 夕暮れを待たず巨人達との戦闘は終わった。生き残ったわずかな巨人達も、北へ向かって逃げていった。


「勝ったぞ!」

「イングランド王国に栄光あれ!」

「スコットランド魂を見せつけてやったぞ!」

「〈聖剣〉の勇者と勇敢な少女に乾杯だ!」


 歓呼の声は止まず、城壁の前には無数のかがり火が焚かれ、そのまま盛大な祝宴へとなだれこんで行った。


「祝杯用に我が王国の特製ウィスキーを二十樽持ってきた。人間どもも飲め! ただし火を噴いてもしらんがな!」


 ドワーフ王が振る舞ってくれた酒は実際、炎のように熱かった。だがスコットランドの寒風の中で飲むにはぴったりだった……そのとき突然背中を叩かれて、思わずむせる。


「どうだ、人間? ドワーフの酒は効くじゃろう!? 」

「……思わず火を噴きそうだぜ」


 振り返ると、ドワーフ王が髭面に満面の笑みを浮かべていた。


「まぁ、おぬしも人間にしては良く戦った。腹に大穴を開けられたそうじゃのう?」

「ああ。生きてるのが不思議だがな」

「腹に穴が開こうと両手足を砕かれようと、それでもなお戦うのがドワーフの戦士よ。じゃから、おぬしも戦士として認めよう。……ジャンヌの父親のことは知っておるか?」

「知ってる。いい親父さんだった」

「では……彼の者の魂に杯を捧げようぞ。〈あなたに健康と幸運の祝福あれ〉スランジバー!」

〈あなたに健康と幸運の祝福あれ〉スランジバー!」


 俺とドワーフ王が杯を打ち鳴らしたとき、スコットランド王が姿を現した。


            ***


「巨人を追い払った勇敢なるスコットランドとイングランドの戦士達、そして勝利をもたらしてくれた〈聖剣〉の勇者と少女、美しき弓使い、偉大なる魔術師殿に乾杯!」


 ロバート王が音頭をとり、祝宴が始まった。あちこちで木製ジョッキが打ち合わされる。さっそく歌う者、踊り出す者があらわれ、俺達のところにも大勢の騎士達が乾杯しようと押し寄せて来た。


 ようやく一段落したところで、ジャンヌがとなりの椅子に座った。


「ダリルさん……本当に……良かったです……」

「おまえがくれた〈鞘〉のおかげだよな」


 彼女はそっと俺の腹に触れた。


「あんな大きな穴が空いたのに……なんともないんですか?」

「ああ。見てみるか?」

「え……!」


 上着をまくると、彼女はとっさに顔を手のひらで押さえた。


「ほうほう。ジャンヌっちを羞恥調教中でちか? マニアックなプレイでちね〜」

「どこがだよ! ……にしてもアリーゼの魔法、凄かったな」

「にゃは。じゃ、ご褒美にダリルっちの腹筋を堪能させてもらうでち。ぺたぺた〜」

「お、おい! くすぐったいだろ!」

「ハアハア……興奮して身体が火照ってくるでち……」

「あ、アリーゼさん! だ、ダメですよ!」

「ほらほら、ジャンヌっちも触るでちよ〜」

「え? じゃ、ちょっとだけ……」


 ジャンヌまでおずおずと手を伸ばしてきた。


「なっ、なにをしているおまえ達……!? 」

「あ、クリスっち。今ならダリルっちの腹筋を触り放題でちよ?」

「む…………」


 だが、妙に真剣な表情で近寄ってきた彼女の背後で誰かが咳払いをした。


「こほん……皆様、女王陛下がお呼びです」

「お、おう?」


 俺達の醜態にあきれたような顔でメアリ配下の文官が立っていた。


「報奨金に関するお話とのことですが」

「す、すぐ行く!」

「いいところだったのに邪魔が入ったでちね……」

「助け舟だっつーの!」


 俺は上着を元に戻しつつ、文官の後に続いた。

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