第61話 借金王、死にかける
翌日。朝焼けとともに巨人達はやってきた。
「では……〈黒のアリーゼ〉最大最強の魔術をブチかますでちよ!」
櫓の上に立っていたアリーゼが長い呪文を唱え始める。出現した魔法陣は球形に彼女を包みこみ、乱舞する青い魔素はやがて天空に駆け上る光の柱となった。やがて、まだ薄暗い夜明けの空にキラリと光る何かが見えた。
「…………
次の瞬間、耳をつんざくような衝撃が走り、幾条かの光の柱が巨人達の群れに突き刺さる。同時に沸き起こった大地を震わせる強烈な爆発……それは巨大な土煙を巻き起こした。
やがて視界がひらけると、巨人達の数が四分の一ほど減っていた。だが、奴らの侵攻は止まらない。
「撃てぇ!」
巨人が城壁から三五〇メートルの距離に踏み込むと同時に、長弓兵による射撃が始まった。一瞬空が暗くなるほどの大量射撃で次々と巨人の背中に矢が突き刺さる。
それで倒れる小型の巨人もいたが、大部分の巨人はうるさそうに手で矢を打ち払うだけで歩みを止めない。
「うろたえるな! 女王陛下の御前であるぞ! 撃ちまくれ!」
「イングランド人に負けるな! スコットランド魂を見せてやれ!」
動揺する兵士達を士官達が叱咤するなか巨人達との距離はおよそ二百メートルに迫ってきた。
俺は櫓から降りて来たアリーゼに魔法の巻物からの支援魔法をかけてもらい終え、出撃する騎士を門前で見送るメアリに手を挙げた。
「じゃ、行ってくる。帰ってきたら報奨金頼むぜ」
「わかっている。……武運を」
〈聖剣〉を抜いた瞬間、刀身から放たれた光にどよめきが起こった。周りの騎士達が感動した面持ちで見つめてくる。
「おおっ! それが噂の〈聖剣〉! 我らが国をお護りください!」
「まかせとけ! いいか、走り抜けざま巨人の足を斬りつけるんだ。深追いはするなよ!」
借金返済のためにな……とつぶやく俺の背中を、鞍の後ろに乗ったジャンヌが抱きしめてきた。
「ダリルさんの傷はわたしが全部治します!」
「ああ、頼りにしてる。それじゃ、いくぜ!」
城門から飛び出し、巨人達の側面に回る。馬蹄の響きに気づいた巨人が向きを変えるのを見て、俺達は複数の集団に散開した。
そして巨人の群れの目の前で急激な方向転換を繰り返す。奴らの注意を引きつけ、他の集団の攻撃を助けるためだ。もちろんこちらにチャンスがあれば、すり抜けつつ攻撃する。巨人達の足元を走り回るのは、まるで人間に追われるネズミにでもなったような気分だった。
馬に乗って斬りつけると、ちょうど巨人の太ももの後ろから膝あたりになる。他の騎士達の剣ではかすり傷程度にしかならなかったが、〈聖剣〉》の一撃はそれだけで足を両断するほどの威力があった。
「ダリルさん、うしろ!」
ジャンヌの叫びに振り返ると、さきほど倒したはずの巨人が起き上がり、棍棒を振り上げていた。
「ちっ……!」
回避が間に合わねえ……そう思った刹那。巨人の背後から翔んできた矢が、ぐるりと回りこむような異様な軌道を描き、巨人の目に突き刺さった。
震えるような野太い声をあげ、倒れ伏す巨人。その後ろに見えた城壁にクリスが不機嫌そうな顔で立っていた。剣を振ると、ぷいっと横を向いてしまった。
「よし、どんどん行くぜ!」
だが……次第に味方が巨人に倒され始めた。なんと言っても特殊な巨人達が厄介だった。
まず、緑色の肌をした毒巨人。そいつらは口から毒の霧を吐き、その霧に包まれた連中は泡を吹いて死んでいった。
それから炎の巨人と氷の巨人。振りかざす棍棒から炎の嵐や氷の嵐を巻き起こし、騎士達をなぎ倒していく。
もっとも恐ろしいのは身長八メートルを越える嵐の巨人だ。そいつらは巨大な鎚矛を振り回し、そこから雷を発生させた。その雷撃が当たれば人間も馬も黒こげの炭になっちまう。
「しばらく俺達で引き受ける! みんな、馬を替えてこい!」
だいぶ数の減った騎士達に叫び、俺は最後尾についた。
「ジャンヌ……踏ん張りどころだ。行くぜ?」
「はい!」
自然と巨人達に取り囲まれるような形になるが、さいわい巨人達の毒、炎、氷、雷はすべて魔法の力らしく、〈聖剣〉が放つ白い光の中では消滅した。
やがて馬が倒れ、俺とジャンヌは巨人のただ中に取り残された。ジャンヌをかばいながら、そして彼女の回復魔法を受けながら戦い続ける。だが、ついに均衡の崩れるときが来た。
嵐の巨人の打撃を受けて弾き飛ばされた俺とジャンヌの間にわずかな距離が空く。その瞬間、ジャンヌの上に巨人の鎚矛が振り下ろされた。
俺はとっさに飛びこみ、ジャンヌを突き飛ばした。
「ダリルさんっ!? 」
見開かれたジャンヌの瞳と視線が交錯した一瞬後……鈍い音がして俺の胴体の真ん中に鎚矛が突き立てられた。
巨人がふるう丸太のような鎚矛が引き抜かれた身体には、向こうがぽっかり見えるほどの穴が開いていた。俺は使い古されたぼろ雑巾のように地面に投げ捨てられる。
意識が急速に薄れ、泣き叫ぶジャンヌの声も遠くなる。結局借金も返せずに、こんなところで死んじまうのか……そんな情けない最後の気持ちも消えかけたとき。
――俺の傷穴は凄まじい勢いで塞がり始めた。
みるみるうちに骨や内蔵が再生され、何事もなかったかのように元通りとなる。流し過ぎた血によるふらつきも無く、体力まで全快していた。
俺は、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたジャンヌを助け起こした。
「だ、ダリルさん……っ!? 」
「こいつが〈聖剣の鞘〉の力か……」
ちらりと視界に入った城壁の上では、同じく凍りついたようにこちらを見つめていたクリスが涙(?)らしきものをぬぐって弓を構え直していた。
「さて、生き残りはしたものの……」
俺はふたたび巨人達に向き直る。戦況は圧倒的に不利だった。いよいよ壁を乗り越えようとしている巨人もいる。
そのとき、俺の前に立ちはだかっていた巨人の目が力なく反転し、ゆっくりと崩れ落ちていった。その後頭部に突き立てられているのは二丁の手斧。その斧は自然に抜けて宙を飛び、持ち主の両手にピタリと収まった。
「グワハハハハッ! 間に合ったようだのう!」
そこには哄笑するドワーフ王〈銀の腕〉とその配下のドワーフ兵達が立っていた。
「よしよし。強い巨人だけが残っておるな! あとは任せて休んでおれ!」
ドワーフ王はそのまま哄笑を響かせ巨人達に突っ込んでいった。
「よかった……」
「ああ。なんとか助かったな……」
戦場にぽっかりとできた静かな空間の中で俺は周囲を見回した。壁を登ろうとしていた巨人もドワーフ達に引きずり下ろされ、そのまま斧で滅多斬りにされている。馬を替えた騎士達も戻り、巨人達は急速に数を減らしていった。
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