第56話 借金王、スコットランド王に会う

熱いスープで身体を暖めた俺達は、壁に設けられた門を抜けて先へ進んだ。


半日ほど進むと一面に緑の草原が広がり、遙か遠くに白い岩山が見え始めた。俺の故郷、スコットランド独特の風景だ。


「あの山の向こうが巨人族の住む〈ハイランド〉地方、その手前の人間が住むグラスゴーやエジンバラあたりは〈ローランド〉地方と呼ばれていて……」

「おい。なにかがこちらに近づいてくるぞ」


ここまでむっつりと押し黙っていたクリスが指す先に目を凝らすと、ぼんやりとした砂煙が上がっていた。


「本当だ……なぁ、クリス、そろそろ機嫌直せよ」

「なんのことだ? 私はいつもと変わらない」


とりつくしまもなかった。肩をすくめ、皆を振り返る。


「巨人族の侵攻に関係があるかもしれねぇし、行ってみようぜ?」


砂煙に近づいてみると、その正体は数千人規模の軍隊と難民だった。騎士や兵士達が持つ盾の紋章は一角獣……スコットランド王国のものだった。情報を得るために、とりあえず接触してみることにする。


「おーい! 責任者はいるか?」

「貴様ら、なにものだ?」

「あー、イングランド王国の使者……みてーなもんだ。ほら、これ見ろ」

「そ、その手紙の紋章は!? 」


あらわれた騎士にメアリの書状を見せると、たちまち雰囲気は険悪となり、兵士達に取り囲まれた。まあ、スコットランドとイングランドは百年ほど前まで戦争をしてた間柄で、今も非常に仲が悪いから仕方がない。


引き立てられるようにして連れて行かれた先の天幕には、格子模様タータンチェックのマントを羽織った三十代の赤髪の男がいた。その左右には今にも斬りかかってきそうな剣幕の騎士達がずらりと控えている。やがて、赤毛の男が口を開いた。


「私がスコットランド王ロバート二世だ。イングランドの牝犬の書状を持っていたのは貴様たちか」

「ああ。俺はダリル。イングランド王国の依頼で巨人族の動向を探りにきたんだが……あんた達、なんでこんな所にいる?」

「なに……!? 貴様ら、巨人族の襲来を知っているのか?」

「いや、ロンドンに〈黒死病〉をまき散らした犯人がそう言ってたのさ。巨人族の侵攻が始まるってな」

「我がスコットランドはイングランドのとばっちりを受けたということか?」

「いや、たぶん違う。奴らは……どうもエルフらしいんだが……〈人間〉そのものを恨んでるみたいだったぜ」

「にわかには信じられぬ話だが……。我が宮廷たるエジンバラ、そしてグラスゴーは疫病が蔓延したところを巨人達に襲われた。善戦したがついに陥落……こうして民を率いて落ちのびてきたのだ。最後の決戦はこの平原で挑もうと考えている。ここならば奴らの巨石による攻撃も不可能……」

「それじゃ駄目でちよ〜。〈賢帝城壁〉まで下がるでち。巨人はそこで食い止めるんでちから」


いきなり口をはさんだアリーゼに向かって、ロバート王は激高した。


「馬鹿な! あの壁はイングランド領内ではないか! 我らはイングランドに頭は下げぬ!」

「遮蔽物もない平地で巨人と戦うなんて、自殺したいんでちか?」

「だ、黙れっ! 貴様らイングランド人こそ、我らを巨人と挟み撃ちにして滅ぼす気ではないのか!」

「そんなことするわけねーだろ? こっちが言いたいのは巨人に対してイングランドと共同戦線を張って欲しいってことだ。なんか条件とかねぇか?」


俺の言葉を聞いたロバート王は肩で息をしつつ、必死で怒りを沈め始めた。


「ならば……百五十年前に貴様らが奪ったスコットランド王国の至宝、〈運命の石〉ストーン・オブ・スクーンを返せ。話はそれからだ」

「わかった。メアリに伝えるから、とりあえず壁の近くまで移動しといてくれ」

「…………いいだろう」

「あのっ……疫病にかかった方たちは大丈夫ですか?」


両手を組み合わせたジャンヌがロバート王の前に進みでてきた。


「……ここまで運んでは来たが、手の施し様がない。早晩、大勢死ぬだろう」

「私が治せます! みなさんのところへ連れて行ってください!」


彼女を見て、ロバート王は改めて俺達を不思議そうに見回した。


「……本当か?」

「ああ。彼女は奇跡を起こす。あと薬や予防法も処方するぜ」


俺がうなずくと、ロバート王も回りの騎士達も互いに顔を見合わせた。


「それにしても……イングランド女王をメアリと呼び、私に対しても平然としているお前達はいったい何者だ?」

「あー、ただの冒険者だと思っててくれ。……まあ、俺のことを〈円卓の王〉と呼ぶ奴もいるが」


ロバート王は一瞬けげんな顔をしたが何も言わなかった。俺も流してもらえて助かった。『実はアーサー王の生まれ変わりで……』なんて話を始めたら、頭がおかしいと思われたに決まってる。

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