第57話 借金王、ドワーフの国へ行く

ロバート王の天幕から離れると、クリスがぼそりと耳打ちしてきた。


「なにが〈円卓の王〉だ。……〈借金王〉のくせに」

「ちょ、ちょっと言ってみたかったんだよ! ほっとけ!」


俺は恥ずかしさを紛らわすため、アリーゼに話をふった。


「〈賢帝城壁〉を調べてたのは、このためだったんだな?」

「そうでちよ。ご褒美にボクのお願いを一つ聞いて欲しいでち」

「早くメアリに〈運命の石〉と軍隊の派遣の件を伝えなきゃな……とにかく巨人の兵力を確認しようぜ」

「にゃっ! ボクの台詞を華麗にスルーしたでちね!? 」

「お願いって……どうせエロいことだろ?」

「もちろんでち!」

「だからスルーしたんだよ!」


アリーゼはやれやれと言うように肩をすくめた。


「しょうがないでちね……。ところで、『挟み撃ちする』って話、悪くないアイデアなんでちよね」

「おいおい。なに物騒なこと言ってんだ?」

「挟み撃ちにするのは『巨人』をでちよ。巨人族の力はとんでもないでちからね……〈賢帝城壁〉を使っても円卓の騎士じゃない一般の兵士とボク達だけでは戦力的に厳しいと思うでち。挟み撃ちしてくれる伏兵が欲しいところでちよ」

「挟み撃ちに協力してくれる勢力か……」


俺が首をひねるとジャンヌが手を挙げた。


「あっ、あの……私の父さんが冒険者だった頃の仲間がスコットランドにいるって、ずっと昔に言ってました。しかも、その人はドワーフ族の王様だって」

「ホントか、ジャンヌ!? ドワーフ族なら頼りになるぜ! 連中の首都はアバディーンだったはずだ」


ドワーフは鉱山からさまざまな鉱石を掘り出し、優れた細工物を作る亜人種だ。強力な武器や甲冑作りも得意で、背は人間の半分くらいだが勇猛な戦士でもある。


「協力してもらえるでちか?」

「ドワーフは巨人が大嫌いだからな。たぶん力を貸してくれるはずだ。とにかく、行ってみようぜ」


ロバート王と別れて街道を北上すること五日。俺達はエジンバラを見下ろす小高い丘に到着した。


巨人達はいまだに燃え上がる街をうろつき回り、建物をたたき壊していた。巨人の数は身長二〜三メートルの小型巨人が二百、五メートルの中型巨人が百、八メートルの大型巨人が十体前後。巨人達の破壊は、まるで人間が住んでいた痕跡すら消そうとしているかのように執拗だった。


「ひどい……。どうしてこんなことを……」

「ああ。絶対に食い止めねーとな……」


勇気づけようと、俺は涙ぐむジャンヌの肩にそっと手を置いた。


「感傷にひたっている場合か。さっさと行くぞ」


割り込むように言いすてたクリスは、さっさと馬を歩かせ始めていた。その後を意味深な表情で俺達の顔を交互に見ながらアリーゼがついていく。ふと見ると、ジャンヌは顔を真っ赤にしていた。んー……なんなんだろうな?


          ***


ドワーフ達の王国の首都アバディーンまでは、エジンバラから海岸沿いを北上して三日の行程だった。人間の商人も武具を買い付けに来るので金も言葉も通じる。俺達はにぎやかな街並みを眺めながら城に向かった。どうやらここは黒死病とは無縁だったらしい。


「わあ、建物がみんなちょっと小さいのって……面白いですね!」

「天井に頭をぶつけねーようにな」


目を輝かすジャンヌの頭をぽんぽんと叩くと、アリーゼがぐりぐりと俺の腹に頭を押しつけてきた。


「な、なんだよ?」

「ジャンヌっちばっかりずるいでち。ボクの頭もポンポンして欲しいでち!」

「いや、おまえはちっこいから頭ぶつける心配ないだろ?」

「そっ、それは差別でち! 背も胸もこれから大きくなるんでちからね!」

「わかった、わかった」


仕方なくアリーゼの頭をなでてやると、彼女は満足した猫のように目を細めた。


「コホン。コホン、コホン」

「なんだよクリス。風邪か?」

「天井に頭をぶつけることに関しては……私を最初に心配するべきだろう? ほら、一番背が高いぞ?」

「いや……盗賊のおまえがそんなドジ踏むわけないだろ」

「そっ、そうだな! わ、私が頭をぶつけるはずがない……」


クリスはなぜかシュンとしてそっぽを向いた。んー……よくわからねーけど、なんだこの空気。

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