第27話 借金王、戦闘準備をする

鍋が空になると、お湯を沸かしてアリーゼが薬草茶を入れてくれた。


「へえ……強火・中火・弱火・保温と調節できるでちか。しかも魔術師でなくても使えるなんて、便利でちね」

「はっ!? これを量産して売ったら、借金完済できるんじゃねぇか?」

「……ひとつ作るのに材料費だけで二千金貨はかかるでちね。用意できるでちか?」

「む、無理だ……」


がっくりとうなだれる俺の横に、ちょこんとジャンヌが座ってきた。なにが楽しいのか、うれしそうに俺の顔をのぞきこんでくる。


「な、なんだよ?」

「こんなときに不謹慎ですけど……私、ワクワクしてるんです。これこそ父さんが言ってた『冒険』ですよね?」

「まぁ、そうだな」

「それにダリルさん、街にいるときよりもずっとイキイキしてます。冒険してないときのダリルさんはいつも借金に追われててちょっとかっこ悪いけど……こういうところでは本当に頼りになりますし」

「……悪かったな」


ちょっとスネた顔をしてみせると、ジャンヌはクスクスと笑った。


「ごめんなさい。でも、どんな危険な場所でもダリルさんが一緒だと安心できるのが不思議。ずっと昔も……こうして一緒に……いたような……」

「……?」


気がつくと、ジャンヌは俺の肩にもたれてウトウトしていた。つい先日までただの村娘だったわけだから疲れが出たんだろう。そのまま寝かしてやることにした。


              ***


お茶を飲んだあと、偵察に出ていたクリスが戻ってきた。


「おい。そろそろ出発するぞ」

「……なにイラついてんだ?」

「……べつに。さっさとジャンヌを起こせ」


いつもと同じようだが、何となく言葉にトゲがある。ふと気づくと、アリーゼも呪文書越しにこちらをチラチラと見ている。クリスが戻って来てホッとしているようだった。


「ボクとしたことが、完全にふたりの世界で入れなかったでち……。やっぱり天然が最強でち……」


よくわからないことをつぶやいていたが、あいつも眠かったんだろうか?


休憩を終えて一時間ほど歩くと、巨大な空洞に行き着いた。足元から大きな池が広がり、見上げるほど高い天井は明かりも届かぬ暗がりになっている。


池の中央の離れ小島には一本の旗が突き立てられ、その前に全身を黒い鱗で覆ったトカゲの怪物……多頭龍ヒドラがうずくまっていた。


「頭から尻尾まで、ざっと十五メートル。首は八本……多頭龍ヒドラとしちゃ最強クラスだな」

「あ、あれが……多頭龍ヒドラ……」


ジャンヌはカチカチと歯を鳴らして震えていた。よくない徴候だった。パニックを起こしかけている。


「なあ、ジャンヌ。女神様の魔法で恐怖を打ち消すやつとかねぇか?」

「ふぁっ、ふぁい!? え、えーと……」


ジャンヌは眼鏡の真ん中の部分を押さえて、精神を集中し始めた。


「ありました……。他にも皆さんの怪我を防いだりする呪文もあるみたいです」

「そのへんは戦闘が始まる前にかけてくれ」

「わ、わかりました!」

「さーて、ボクも景気よく強化魔法をかけまくるでちよ。みんな並ぶでち」


アリーゼが背負い袋から、いくつもの巻物スクロールを取り出した。


「それ全部、宝物庫から持ってきたのか?」


俺は背負い袋や水袋など戦闘に不要な装備を降ろしつつ聞いてみた。


「王国が滅びるかどうかの瀬戸際でちからね。ケチケチしてる場合じゃないでちよ?」

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