第26話 借金王、洞窟で料理をする

さいわい再び青爪鬼トロールに遭遇することはなく、それから一時間ほどで俺達は目的地の鍾乳洞にたどり着いた。


〈浮遊する灯火〉メテオラ・フォス


アリーゼの魔法が内部を照らし出すと、壁一面に露出していた水晶が煌めいた。無数の虹色の光が乱舞する幻想的な眺めに、ジャンヌは心を奪われたようだった。


「綺麗ですね……こんな光景見たことがありません。……ダリルさんは?」

「んー……それよりこれ、借金返済の足しに売れねぇか?」

「馬車も使えない、青爪鬼トロールがうろつく湿原をどうやって運ぶつもりだ?」


クリスの返事はにべもなかった。

一方、アリーゼはコソコソとジャンヌの耳に何か吹きこんでいた。


「ダリルっちは情緒がないでちね〜。こういう男と付き合うと苦労するでちよ?」

「い、いえ……借りたお金を頑張って返そうとするのは偉いと思います!」

「ジャンヌっちはいい子でちね…………手ごわいでち」


水晶の回廊を奥へと進むと、ごく普通の岩でできた洞窟に変わった。ちょうど手ごろな大きさの平らな場所があったので、休憩を取ることにする。鍋を取り出した俺に、クリスがけげんな顔をした。


「このあたりに火をおこせるような木切れはないぞ?」

「まあ、見てろって」


俺は鍋を地面に置き、水を入れた。


「あ、それは……」

「ああ。ジャンヌの親父さんが残してくれた〈魔法の鍋〉だ」


目を丸くするジャンヌに片目をつぶり、俺は合言葉キーワードを唱える。


〈中火〉メソン・プロクス


青い魔素が鍋の周囲を飛び回り、全体を包み込んだ。そこに角切りにしたベーコンと乾燥させたタマネギ、大豆を放り込み、風味づけに月桂樹ローリエの葉を二、三枚浮かべる。さらに岩塩を削り入れ、秘蔵の黒コショウの粉末をひと振り。


やがて鍋はぐつぐつと煮え始め、食欲をそそる香りを放ち始める。皆の喉がゴクリと鳴った。


まもなくできあがった湯気がたちのぼるスープを木のカップに注いでひとりひとりに渡す。ジャンヌは目を輝かせ、アリーゼは鼻と耳をぴくぴくさせる。クリスでさえ満足そうに微笑んだ。この瞬間のみんなの表情を見るのは楽しい。


さらに焼き固められた日持ちのいいパンに、薄く切ったチーズを乗せて配る。


「じゃ、食べようぜ」

「はい!」


一口スープを飲んだとたん、ジャンヌは手を止めた。


「どうした? うまくなかったか?」


ブンブンと彼女は首を振る。その目にはうっすらと涙がにじんでいた。


「す、すみません……父さんの味だったから……。もう食べれないって思ってたのに……」


涙がひとしずくスープの中に落ちた。彼女はグスっと鼻をすすると、カップをしっかりと握りなおした。


「いただきます、ダリルさん! これ、すっごくおいしいです!」

「ああ。また、何度でもつくってやるよ」

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