第21話 借金王、弁当を運ぶ

即席の弁当を持って向かった仮王宮の書庫は(クリスも一緒についてきた)意外なほど広く、天井まで続く書棚が林のように並んでいた。


その奥の巨大な書見台……大量の書物や巻物が積み上げられた山の先に、アリーゼの猫耳が見えた。


「おーい、ちょっといいか?」

「あ、ダリルっち! 本当に襲いに来てくれたんでちね! ……って、クリスっちも一緒でちか」

「ちょっと聞きたいことがあるんだ。ほら、腹は減ってねぇか?」


持ってきた弁当を目の前にちらつかせる。


「ちょうどおなかが空いてたでち!」


いそいそと本の山から出て来たアリーゼは俺が持ってきたパンと黒ソーセージにかぶりつき、あっという間に食べ終えてしまった。油のついた指をなめる仕草は本当に猫そっくりだ。


「……で、さっき聞いた話なんだが」


俺は酒場で聴いた歌の内容を話し、似たような武具の伝説がないか聞いてみた。


「ちょうどさっき、そんなのを見つけたでちよ」


アリーゼは古文書の山からボロボロの巻物を取り出した。


「今から千年ほど前、フランク王国の建国王クローヴィス一世が持っていた〈白百合の軍旗〉ドレープ・ド・ブランフルールって言うんでちけどね。クローヴィス王はこの旗を使って連戦連勝、一振りで新兵が経験を積んだ兵士になり、二振りすると全軍の士気が上がり、三振りで旗に率いられた軍勢は不思議な力に守られ、かすり傷一つ負うことはなかった……らしいでち」

「どこにあるんだ?」

「それは書いてないのでボクの水晶球で探してみるでちよ。でも、どうするんでちか?」

「こないだの貴族どもの腰抜けっぷりを見たろ? このままじゃイングランド軍には勝てねぇ。だがジャンヌがこの旗を持って先頭に立てば、逆転の目はある」

「敵に真っ先に狙われるでちよ?」

「大丈夫だ。いざとなりゃ、俺が身代わりになってジャンヌを守る」


俺は当たり前のことを言ったつもりだったが、なぜかアリーゼは目をパチパチさせ、くやしそうに顔をそらした。


「そんなにハッキリ言われたら、ボクの入りこむ余地はまるでないみたいでち……」

「どうした?」

「なんでもないでち。水晶球の探査は集中力がいるから、ひとりにしてくれるでちか」

「ああ、頼む」


アリーゼを残して書庫を出ると、陰気な声でクリスがボソリと聞いてきた。


「おまえは……ジャンヌの為なら死ねるのか」

「ん? まあ、前衛の戦士の役目ってそう言うもんだろ」

「いや、男と女としてジャンヌを守りたいのか、という意味で……」


妙に歯切れの悪いクリスに俺は堂々と言ってやった。


「ジャンヌが男だろうと女だろうと、クリスだろうとアリーゼだろうと、俺は仲間の為なら身体を張るぜ。当たり前だろ?」


そのとたん、クリスの顔がパッと明るくなった。


「そうか! おまえは私のために死ねるんだな」

「え? いや、それは言葉のアヤで」


俺の訂正はなぜか無視された。すっかり上機嫌になった彼女は微笑みながら俺のほほをつつく。


「今の言葉、私は忘れないからな? あ、借金も死ぬ気で返せよ?」

「結局それかよ!」

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