第二章 王太子救出
第9話 借金王、黙祷する
はたして村に着くと、俺の予感は当たっていた。建物はことごとく焼き払われ、あちこちに死体が転がっている。地面には無数の軍馬の足跡が残されていた。
「イングランド軍に襲われたのか……」
俺がつぶやくと、呆然と立ち尽くしていたジャンヌはビクリと身体を震わせ走り出した。そしてたどり着いた彼女の家の前には……剣と槍を握りしめた親父さんと子供たちの変わり果てた姿があった。
「こっ……こんなの……うそ、でしょ……?」
よろよろとジャンヌは
「みんな、起きてよ……。なにやってるの……ねぇ? ねぇ、起きて!? 起きてよぉっーーー!! 」
ジャンヌは泣き叫びながら、父親と弟妹たちを揺さぶった。だが、その叫びに応えるものは何一つなかった。
「…………」
ジャンヌを見つめるクリスは、つらそうに唇を咬んでいた。普段はクールな無表情なのに、珍しく感情をあらわにしている。一方、かける言葉が見つからなかった俺は、黙ってジャンヌの肩に触れた。振り返った彼女は血がにじむほど強く俺の手を握りしめてきた。
「なぜ……? こっ、こんな……こと……が……?」
「……わからねぇ……。親父さんにもチビどもにも、死ななきゃならねぇ理由なんて一つもなかった……」
ガタガタと身体を震わせる彼女を落ち着かせるため、背中をそっとなでる。その途端、糸が切れた人形のように彼女は俺の胸にしがみついてきた。
「うっ、ぐふっ……。やだっ……やだよぅ……。なんで……なんでみんな死んじゃったの……! だっ、ダリルさん……ひっ、ひぐっ……お、教えて……くだ……さい……」
彼女は泣きじゃくり続けた。俺はただ、その背中をなでてやることしかできなかった――。
眠れないまま夜が明けた。生き残りの村人は見つからず、俺達は村の共同墓地へジャンヌの家族の遺体を運んだ。空いた場所に埋葬し、目印となりそうな石を載せる。
その作業を呆然と見ていたジャンヌが即席の墓の前にペタリと座り込むと、うめくような呟きが聞こえてきた。
「わたし……必ずみんなのかたきをとるから……。絶対にイングランド軍をフランスから追い払ってみせるから……。だから……みんな……」
そしてまた彼女の押し殺した嗚咽が響き始めた。しばらくひとりにしてやった方が良さそうだった。それに旅立ちの準備もしなくちゃならない。俺はジャンヌの家族のために祈った後、彼女の家に向かった。
気がつくと、クリスがついて来ていた。
「……なあ、クリス」
「……なんだ?」
「この村を襲ったイングランド軍は……俺を探してたんじゃないか? つまり、この村が襲われたのは……」
「自分のせいだと? 村人の死体に拷問の痕跡はなかったし、待ち伏せも無かった。村が襲われたのは単なる偶然だ」
そう言って、クリスは軽くため息をついた。
「と言っても……ジャンヌを放ってはおけないのだろう?」
「…………まぁな」
「つくづく甘い男だ、おまえは……」
彼女はからかうように、ふいに俺の頬を指でつついた。
「……ほ、ほっとけ!」
赤くなった俺を見て、クリスはニヤリと笑った。
「ちなみに……今回の〈悩み相談〉も借金に追加しておくぞ?」
「マジかよ!? くそっ……油断もスキもねぇ!! 」
ジャンヌの家は荒らし尽くされ、ほとんど役に立ちそうな物はなかった。幸い地下の食料庫は見つからなかったようで、小麦粉やバター、チーズ、ベーコン、それに岩塩や貴重な黒コショウなどを手に入れることができた。
「あとは……こいつも持っていこう」
それは親父さんが自慢していた魔法の鍋だった。これがあれば、また親父さんの『塩漬け豚と大豆のスープ』を食べさせてやれる。
荷造りをしているとジャンヌが戻ってきた。目は真っ赤に充血し、エプロンドレスは泥にまみれている。だが、その表情にもう迷いは無かった。
「お待たせしました……。さあ、行きましょう! 王太子様をランスで戴冠させ、イングランド軍をフランスから追い払うまで、ここに戻ることはありません!! 」
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