第8話 借金王、言いくるめられる
一息ついて振り返ると……ジャンヌは美しい銀細工の〈眼鏡〉をかけていた。変化はそれだけじゃない。なにより彼女の様子が今までと全然違っていた。
気品に満ち、まるで目に見えない光が全身から放たれているようだった。たとえるなら教会で伝えられる
俺は内心、ドギマギしながら声をかけた。
「さっきの魔法は助かったぜ。その眼鏡、祭壇の箱に入ってたのか?」
「はい! 眼鏡をかけた瞬間、頭の中に声が響いて……。その言葉のとおりにしたら、ダリルさんの傷が治せたんです」
それからジャンヌはなにかに導かれるように、壁にある血で
気がつけば、どこからか美しい音楽が聞こえてきた。教会で演奏されるパイプオルガンのような音だ。
「なにが始まるってんだ……?」
俺があたりを見回した瞬間。
突然、目の前に黄金の
そして一度聞けば生涯忘れられないような声が洞窟に響き渡った。あまりにも美しく、気を抜けば魂ごと持っていかれそうな声だった。
『ジャンヌよ。フランスを救いなさい! 王太子を助け、ランス大聖堂で戴冠させるのです!』
声はそれきり途絶え、女は消えた。洞窟に静寂が戻り、我に返った俺は頭をかきながらふたりを振り返った。
「今のは……女神様ってか? まさか、そんなわけねーよなぁ……って、おい!? 」
ジャンヌはひざまずいたまま、目に涙を溢れさせていた。そして眼鏡をはずして涙をぬぐうと、輝くような笑みを俺に向けてきた。
「わたしたち、女神様からフランスを救う使命を与えられたんですよ!! 頑張りましょうね、ダリルさん、クリスさん!! 」
「へっ!? いや、俺は女神様の使命とかの前に借金返さねーと……」
「まったくだ。フランスがどうなろうと私には関係ない」
俺は口を濁し、クリスも冷めた口調で受け流す。だがジャンヌは目を輝かせて迫ってきた。
「ダリルさん、いいですか? フランスの王太子様をお助けすれば、きっとたくさんご褒美がいただけますよ? 借金なんて一発完済です! もちろんダリルさんが行けば、自動的にクリスさんも一緒に来ますよね?」
「た、たしかに……。しかしジャンヌ、なんか急に押しが強くなってねーか? さっきまではこう、もっとおとなしい性格だった気が」
「まずは王太子様に会いにいきましょう。さあ、村に帰って出発の準備です!」
首をひねる俺の言葉を聞き流し、ジャンヌはまっすぐに洞窟の出口を指差すのだった。
***
洞窟から出るとすっかり暗くなっていた。
だが、女神の神託を受けたジャンヌの足取りは軽かった。やがて月明かりに照らされて村が見えてきた。そのとき、彼女が首をかしげた。
「あれ? こんな時間なのに……ひとつも明かりがついてませんね?」
「…………急ごうぜ。いやな予感がする」
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