第8話 借金王、言いくるめられる

一息ついて振り返ると……ジャンヌは美しい銀細工の〈眼鏡〉をかけていた。変化はそれだけじゃない。なにより彼女の様子が今までと全然違っていた。


気品に満ち、まるで目に見えない光が全身から放たれているようだった。たとえるなら教会で伝えられる聖人セイント……そんな神秘的な雰囲気を彼女は身にまとっていた。


俺は内心、ドギマギしながら声をかけた。


「さっきの魔法は助かったぜ。その眼鏡、祭壇の箱に入ってたのか?」

「はい! 眼鏡をかけた瞬間、頭の中に声が響いて……。その言葉のとおりにしたら、ダリルさんの傷が治せたんです」


それからジャンヌはなにかに導かれるように、壁にある血でけがされた女神の聖印を泉の水で清め、祈り始めた。するとその聖印は次第に輝き始め、いつしか広間は白く眩い光に満たされていた。


気がつけば、どこからか美しい音楽が聞こえてきた。教会で演奏されるパイプオルガンのような音だ。


「なにが始まるってんだ……?」


俺があたりを見回した瞬間。


突然、目の前に黄金の長衣ローブをまとった女が出現した。右手に鳥の羽根、左手に麦の穂を握りしめ、顔は青いベールに遮られ見えなかった。


そして一度聞けば生涯忘れられないような声が洞窟に響き渡った。あまりにも美しく、気を抜けば魂ごと持っていかれそうな声だった。


『ジャンヌよ。フランスを救いなさい! 王太子を助け、ランス大聖堂で戴冠させるのです!』


声はそれきり途絶え、女は消えた。洞窟に静寂が戻り、我に返った俺は頭をかきながらふたりを振り返った。


「今のは……女神様ってか? まさか、そんなわけねーよなぁ……って、おい!? 」


ジャンヌはひざまずいたまま、目に涙を溢れさせていた。そして眼鏡をはずして涙をぬぐうと、輝くような笑みを俺に向けてきた。


「わたしたち、女神様からフランスを救う使命を与えられたんですよ!! 頑張りましょうね、ダリルさん、クリスさん!! 」

「へっ!? いや、俺は女神様の使命とかの前に借金返さねーと……」 

「まったくだ。フランスがどうなろうと私には関係ない」


 俺は口を濁し、クリスも冷めた口調で受け流す。だがジャンヌは目を輝かせて迫ってきた。


「ダリルさん、いいですか? フランスの王太子様をお助けすれば、きっとたくさんご褒美がいただけますよ? 借金なんて一発完済です! もちろんダリルさんが行けば、自動的にクリスさんも一緒に来ますよね?」

「た、たしかに……。しかしジャンヌ、なんか急に押しが強くなってねーか? さっきまではこう、もっとおとなしい性格だった気が」

「まずは王太子様に会いにいきましょう。さあ、村に帰って出発の準備です!」


首をひねる俺の言葉を聞き流し、ジャンヌはまっすぐに洞窟の出口を指差すのだった。


         ***


洞窟から出るとすっかり暗くなっていた。

だが、女神の神託を受けたジャンヌの足取りは軽かった。やがて月明かりに照らされて村が見えてきた。そのとき、彼女が首をかしげた。


「あれ? こんな時間なのに……ひとつも明かりがついてませんね?」

「…………急ごうぜ。いやな予感がする」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る