第10話 借金王、猫耳娘に出会う

俺達は王太子に会うため、まずはジャンヌが住んでいた村一帯を治める領主の城へ向かうことにした。


「領主様なら、きっと王太子様もご存知ですよ!」

「そんな簡単に会わせてもらえるか? それにおまえの村を守れなかった奴だぜ。いわゆる『無能領主』って奴だと思うんだが……」

「そ、それは…………きっと大丈夫です! 私には女神カルディナ様がついてますから!」

「……まぁ、しょうがねぇよな。他にツテはねぇわけだし」


ジャンヌは一瞬顔を曇らせたが、胸を張って気丈に微笑んだ。俺もこれ以上、つまらないことを言っても仕方がない。借金を返す為にも、先へ進むしかないようだった。


                ***


数日後。

俺達は村の領主……ロベール・ド・ボードリクール伯爵の居城に到着した。城とは言うものの、攻城戦で立てこもるような城壁や側塔を持つ本格的なものじゃない。いわゆる貴族の居住する邸宅というやつで、3階建ての石組みの屋敷だった。


ちょうど近隣の住民の陳情を聞く日だったらしく、屋敷の門戸は開け放たれ、自由に謁見の間に出入りすることができた。俺達は我慢強く行列する住民の最後尾につく。そしてようやく俺達の順番が来た。


ロベール伯爵は、でっぷりと太った見るからに覇気のない中年男だった。朝から続く陳情に顔をしかめ、ぐったりと椅子に沈み込んでいた。紹介状も献金もない俺達をちらりと見て、ため息をつく。


だがそんな伯爵の雰囲気にもめげず、ジャンヌは生き生きと話し出した。


「伯爵様! 私は女神様に王太子殿下をランスにて戴冠させるという使命を与えられました。どうか私を王太子様に会わせてください!」


シーンと静まり返る謁見の間。やがて伯爵の大きく息を吸い込む音が聞こえた。


「王太子殿下は貴様らのような怪しげな連中にはお会いになら〜ぬ! イングランドの密偵かも知れぬではないか〜!」

「違います! 私たちは本当に女神様から使命を……!」

「うるさい、うるさい、うるさーい! 衛兵! こ奴らをつまみ出せ!! 」


衛兵達が荒々しく俺達の腕をつかむのを、『まぁ、やっぱりこうなるよな……』とひとごとのように見ていたとき。


「お取り込み中、失礼するでち〜。ちょっといいでちか?」


場にそぐわない呑気な声がして、思わず伯爵も衛兵も俺達も振り返った。その先に立っていたのは、黒一色の長衣ローブに杖を持った赤い髪の少女。髪の間からは猫のような耳が飛び出しており、肩に小さな黒猫を乗せている。彼女は輝く緑色の瞳で面白そうにこちらを見ていた。


「なんだ貴様は!? 」

「ベルリン魔術大学からフランス王国宮廷魔術師に推薦されたアリーゼ・フォン・シュバルツカインでちよ。王太子殿下のところに案内して欲しいでち」


少女は立派な装飾が施された手紙を鞄から取り出した。取り次いだ従者の手からそれをひったくり、読み始めた伯爵の顔がみるみる青ざめる。


「し、失礼致しました……シュバルツカイン……殿。王太子殿下はシノンの仮王宮におられまして……」


そこに突然、全身に生々しい傷を負った騎士が飛びこんできた。イライラした様子で伯爵は怒鳴りつける。


「なにごとだ! 騒々しい!」

「お、王太子殿下が……イングランド軍に捕えられました!」


その凶報に場は凍りつき、次の瞬間、悲鳴と怒号が飛び交う大混乱が始まった。


               ***


収拾がつかなくなった伯爵の城を抜け出し、ひとまず目立たなさそうな酒場に落ち着くと……なぜか先ほどの猫耳娘もついてきていた。


「おいおい。あんた、なにしてんだよ?」

「にゃはは。それよりそこの彼女。名前を教えて欲しいでち」

「わ、私ですか? ……ジャンヌです。えーと……アリーゼさん?」

「アリーゼでいいでちよ。その眼鏡をちょっと見せてくれるでちか?」


眼鏡を受け取った猫耳娘は小声で呪文を唱えた。


〈魔力感知〉コンフィル・マギカ


彼女の緑色の瞳が青く染まり、じっと眼鏡を見つめ始めた。


「この強烈な魔力……聖遺物アーティファクトでちね? どうやって手に入れたんでち?」


いままでのいきさつを話してやると、彼女は俺達を見回した。


「ははあ……ジャンヌっちは女神様に使命を与えられたというわけでちか。これからどうするんでち?」

「捕えられた王太子を助けにいくぜ。成功すれば王太子にコネができるだろ。あんたも王太子に用事があるなら、一緒に行くか?」

「ふむ……いいでちよ。どういうわけか、みんなとは初めて会った気がしないでちからね」


アリーゼがうなずくのを見て、クリスが立ち上がる。


「城の人間に変装して情報を集めてくる。ここで待っていろ」

「やっぱり俺の借金が増えるのか?」

「当然だろう?」


薄い笑みを浮かべてクリスは酒場を出て行った。俺は興味深そうに猫耳を振るわすアリーゼに説明した。


「あいつはクリス。俺の借金取り兼……盗賊だ」

「ええっ!? クリスさんは泥棒さんなんですか?」


素っ頓狂なジャンヌの声に酒場の客達が振り返る。

俺はあわてて彼女の口を塞いだ。


「こ、声がでけぇよ、ジャンヌ。盗賊って言うのは冒険者の分類アーキタイプだ。他人の家に盗みに入る連中じゃない」

「……す、すみません」

「で、俺はダリル。戦士だ。アリーゼは魔術師だな?」

「そうでちよ。ベルリン魔術大学が誇る超絶天才美少女魔術師、〈黒のアリーゼ〉とはボクのことでち」


 ふふ〜ん、とアリーゼは胸を張る。ジャンヌと違い、その胸のふくらみは控えめだ。しかし、つややかな赤い巻き毛になめらかな頬の曲線、少しつり上がった緑色の瞳、そして真っ白な肌と整った顔立ち……たしかに美少女ではある。


と、俺の視線に気づいたアリーゼが悪戯いたずらっぽく微笑んだ。

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