第5話 借金王、家庭料理を味わう

結局、酔いつぶれたジャンヌは揺さぶってもまるで起きる気配がなかった。しかたなく背負って彼女を運ぶことにする。


途中、背中に当たるジャンヌの柔らかな胸や耳元でひびく甘い寝言は、心を無にしてやりすごす。一文無しの俺としては、ここで彼女の家を追い出されるわけにはいかない。家に着くと、ジャンヌの妹と弟達がまとわりついてきた。


「おねぇちゃん、なんで寝てるのー?」

「おまえ、ねーちゃんを離せー!」

「おなかすいたー! おなかすいたー!」


チビどもをあしらいつつ家に入ると、美味うまそうな煮込み料理の匂いがただよっていた。俺はジャンヌを二階の寝室のベッドにおろし、台所に行ってみることにした。


台所ではジャンヌの親父が鍋の味見をしていた。俺に気がつくと、無言で小さな木皿にスープをすくって差し出してくる。口をつけてみると、塩漬け豚に大豆というシンプルな具材だったが絶妙な味つけだった。


親父は俺の驚きの表情を見て、ニヤリと笑った。


「イングランド人にしては味がわかるようだな」

「いつも料理は親父さんがしてんのか? ジャンヌは?」

「あの子は母親の血をひいて味オンチでな。まかせると死人が出る」

「そ、そんなにか!? しかし四人もガキがいて、料理までやるのは大変だろ?」

「そうでもない。わしは冒険者の頃から仲間達の料理を作っていたからな。この鍋はある冒険で手に入れた魔法の品で……」


それから料理ができるまで、冒険者時代の話で盛り上がった。親父さんは俺と同じく、若いころはイングランドを舞台に冒険をしていた。亡くなったジャンヌの母親(人間とエルフ……森に住む美しい亜人種デミ・ヒューマンだ……のハーフだったらしい)とも、そこで知り合ったという。


俺がジャンヌに酒場で聞いた話をすると、親父さんは静かにうなずいた。


「昔からあの子にはどこか特別なところがあった。おまえと森で出逢ったのも運命だろう。……旅立ちの時が来たということだ」

「俺はどこの馬の骨ともわからねー奴だぜ? いいのか?」

「あの子が信じるなら、わしも信じるよ。地下室に予備の鎧がある。調整すれば身体に合うはずだ。念のため着ていくといい」


やがてかまどでパンが焼き上がり、親父さんはチビどもにジャンヌを起こしてくるよう言いつけた。でき上がったスープとパン、食料庫のバターやチーズをふたりでテーブルに並べていると、チビどもに手を引かれ恥ずかしそうにジャンヌが二階から降りてきた。もうすっかり酔いは覚めたらしく、俺を見ると顔を真っ赤にして謝り始めた。


「さ、さっきは……すみませんでした!」

「いや、飲ませた俺も悪かった。気にすんなって」


親父さんが面白そうに口を挟む。


「母さんは酒豪だったんだがな……。ジャンヌは駄目だったか?」

「すっごく美味おいしかったけど……私、もう飲まない!」


生真面目に宣言するジャンヌの様子に大笑いしつつ、俺達はテーブルを囲んだ。そして女神カルディナに感謝の祈りを捧げ、にぎやかな食事が始まった。

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