第4話 借金王、借金取りに捕まる

俺達が向かった酒場はちょうど村の中心部にあった。がらんとした店内にはカウンター奥のマスターと、丸テーブルの一角で悠然とワインを飲む皮鎧を着た女がいた。


「綺麗な女性ひと……旅の方かしら?」


思わずジャンヌが口走るほどその女の美しさは群を抜いていた。すらりと伸びた手足に皮鎧をそっと押し上げる形のいい胸。木製のワインカップに絡みつく細く白い指。まっすぐな鼻筋と薄い唇。見つめられればドキリとするような切れ長の青い瞳。銀色に近い金髪は肩口で斜めに切りそろえられている。


まあ男なら誰もがお近づきになりたいと願うだろう、掛け値無しの美女だが……あいにく俺はこいつのを知っている。できれば一生見たくない顔だった。俺はクルリと回れ右しようとしたが、その前に女が声をかけてきた。


「この村で待っていれば会えると思っていたぞ、〈借金王〉? お前が倒したイングランド軍の追っ手の装備は高く売れた……借金完済にはほど遠いが」

「あのな……こっちはおまえに身ぐるみ剥がれたせいで、あやうく野たれ死にするとこだったんだぜ!? 」


俺のいやみに顔色ひとつ変えず、皮鎧の女は優雅にワインを飲み干した。

 

「くそ……聞きやしねぇ。マスター、麦酒エールはあるか?」

「ワインの他にはリンゴ酒シードルしか……」

「じゃ、それを二つ」


俺とジャンヌは皮鎧の女から離れたテーブルに座った。運ばれてきたリンゴ酒にはかすかな気泡が浮かんでいる。


ジャンヌはおずおずとカップに口をつけた。一口飲んで気に入ったらしく、クイクイと結構なペースで飲み始める。


「ところで……さっきの〈借金王〉って、どういう意味ですか?」

「……昔、ちょっとワケありで大金を借りたのさ。で、ついたあだ名が〈借金王〉。あいつ……クリスっていうんだが……は、その取り立て屋だ。俺が稼いだ金をぜんぶ持ってっちまう」


俺が皮鎧の女にあごをしゃくると、ジャンヌは目を丸くした。


「借金って……いくらなんですか?」

「八千金貨」

「………………!? 」


ジャンヌが絶句するのも無理はない。普通の農家が一年暮らすのに必要な金額がせいぜい三十金貨だ。


そのうちジャンヌは何ごとか考え始めた。やがて決心したように残りのリンゴ酒を一気にあけた。そして真剣な表情で俺を見たが、その目は酔いが回ったのかトロンとすわっていた。


「つまりダリルさんは、お金がたくさん必要……なんれすよね?」

「まぁ、そうだが。もう酔っちまったのか?」

「うー……大丈夫れす。あの……笑わないで私の話を聞いてくれまふか?」

「飲めないなら無理すんなよ。話ってなんだ?」


ジャンヌが語ったのは次のような内容だった。最近、村から半日ほどのところにある洞窟の夢を何度も見る。その洞窟の奥には周辺の水源となる泉があり、普段は誰も近づかないらしい。


そして夢によれば、具体的にどんなものかはわからないが、洞窟には凄い宝物が隠されているという。


「女の人のとても綺麗な声が……私を呼んでるんれす。一緒に……行ってみませんか?」

「なるほど……村の警備だけじゃ、借金は返せねーからな。ためしに行ってみるか」


俺がうなずくとジャンヌはにっこり笑い、そのままバタリとテーブルに突っ伏した。ほぼ同時に小さな寝息が聞こえてくる。どうやら彼女はあまり酒は強くないらしかった。

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